鈴木淳也のPay Attention

第110回

いま決済業界で最もホットな「BNPL」最新事情

米カリフォルニア州サンノゼにあるPayPal本社

PayPalは9月8日、“あと払い”サービスを提供する「ペイディ(Paidy)」の3,000億円(約27億ドル)での買収を発表した。2021年第4四半期にも買収の完了を見込んでいる。ペイディに関しては一部で株式上場を見込んでいるとの報道も出ていたが、最終的にオンライン決済大手による買収という形で落ち着いた。

世界で起きている“あと払い”の市場、業界用語的にいえば「BNPL(Buy Now, Pay Later)」の最新事情について4月に紹介したが、そのトレンドはわずか半年足らずで大きく動いている。

以前のレポートでは、コロナ禍における“懐事情”と「オンラインシフト」という顧客の行動変化が合わさる形でBNPLの市場が2020年以降に急成長を見せているという内容で、既存のクレジットカードなどの仕組みに縛られない新しい決済サービスを“新興系企業”が牽引するという、どちらかといえばニッチを攻めた印象が強かった。

だが2020年後半からはPayPalを含む既存の大手決済サービス事業者がBNPLに相当する「Pay in 4」のような支払いオプションを提供するなどニーズのキャッチアップを始めるようになり、2021年に突入するとBNPLの盛り上がりつつある市場で事業者同士の“陣取り合戦”の様相を呈するようになった。そして8月に突入すると主力事業者同士の業務提携や買収が次々と発表されるようになり、市場は複数のスタートアップによるビジネスの拡大期から、一気に大手を中心とした形でのシェア争いへと傾いている。

このBNPLの世界の最新トレンドについては、筆者の日経クロステックの連載で7月に掲載された「クレカと似て非なる後払いサービス、『BNPL』が米欧豪で話題沸騰の裏事情」で詳しく説明しているが、本連載ではそのダイジェストを振り返りつつ、8月以降のアップデートならびに、いまBNPLで関係者らが“どの部分”に注目しているのかにフォーカスしていきたい。

「BNPL」を提供する世界のサービス事業者の例。「NP後払い」を提供するネットプロテクションズが6月に開催したプレスミーティングで配布された資料だが、今回の内容的にはすでに古い情報となっている(出典:ネットプロテクションズ)

BNPLの基本をおさらい

気付くと現時点で決済業界最大のホットスポットになってしまったという印象の「BNPL」だが、最低限理解するポイントとして押さえておくべきなのは、次の3つだ。

  • “クレジットカードとは異なる”与信が行なわれる“あと払い”サービス
  • “あと払い”の契約は購入時に行なう
  • 期限内に返済すればユーザー側の負担は一切ない。手数料を支払うのは商品やサービスを販売する加盟店

以前の記事でも触れたが、海外のクレジットカードでは与信枠の判定が厳しいケースが多く、クレジットヒストリーのない若年層やごく一般的な消費者では「大きな買い物をするのに与信枠が足りない」という場面が少なくない。そこでクレジットカードとは別枠で利用額が判定されるBNPLを利用が進むという背景がある。

BNPLという言葉が一般化する以前、米国ではこの手の“あと払い”販売の手法を「Point-of-Sale Financing」や「Point-of-Sale Loan」のように呼んでいたが、販売時点で“あと払い”のサービス契約が行われる点にBNPLの特徴がある。クレジットカードのように、あらかじめ作成したアカウントに対して与信枠が設定されるサービスも増えているので必ずしも合致しないが、もともと貸し倒れリスクを加味したうえで“あと払い”を提供する事業者がサービスを提供し、加盟店の販売機会を増やす手法で成長してきた。

そして3つのポイントで最も重要なのが「ユーザーの負担がない」という点だ。日本のクレジットカード利用は翌月一括払いのマンスリークリア方式が一般的なので馴染みが薄いが、海外のクレジットカードはリボルビング払いが基本であり、早期に完済しないと手数料負担がどんどん重くなる。海外のBNPLではPayPalが提供しているような「Pay in 4」のような仕組みがあり、購入時に商品金額を4分割した1回目の支払いを済ませてしまえば、あとの3回分を2週間ごとにやってくる支払いタイミングで返済する限り、手数料負担なくユーザー側の追加出費は一切ない。手数料を負担するのは加盟店であり、この点はクレジットカードとも共通だが、「支払いタイミングをずらしつつもユーザー側の負担はない」というのがBNPLの特徴といえる。

米国では割とメジャーな「0% APR Credit Card」。この例だと18回の支払いサイクル以内に返済を完了すれば金利手数料は請求されないが、条件期間を過ぎると一気に金利が上昇する。このような形で残債を持つ利用者はBalance Transferで条件のいいカードを乗り換えることでやりくりしていくことになる

世界各国で進むBNPL市場の合従連衡

前回は海外BNPLのメインプレイヤーとしてAffirm、Afterpay、Klarnaの3社を題材にしたが、その後、8月以降だけで次の発表が行なわれている。正式発表ではないものの、Bloombergが7月13日に報じた「Appleが(Apple Payのサービスとして)BNPLを提供計画」も合わせれば、短期間に割と大きなトピックが続いたことが分かるだろう。Forbesの記事を参考にトピックをまとめてみた。

7月13日:Bloombergが「米Appleが(Apple Payのサービスとして)BNPLを提供計画」と報じる。Apple Cardのイシュアである米Goldman Sachsと共同で「Apple Pay Later」「Apple Pay in 4」「Apple Pay Monthly Installments」の支払いオプションを用意
8月1日:POS・決済サービスの米Squareが豪Afterpayを290米ドル(390豪ドル)での買収を発表
8月11日:Appleが米Affirmとの提携でカナダでのiPhone等デバイス販売の0% APRファイナンシングを提供
8月27日:米AmazonがAffirmと提携でオンライン通販時のBNPLオプションを提供
9月8日:米PayPalがペイディ(Paidy)を3,000億円で買収

この中で割と大きなのがSquareによるAfterpay買収だろう。ロイターがPayPalによるペイディ買収を報じた際に、Atlantic EquitiesのアナリストKunaal Malde氏のコメントを引用して「SquareとAfterpayのディールがBNPL市場におけるポジション確立に警鐘を鳴らしており、それが結果としてPayPalによるPaidy買収に走らせた。今後もこのような動きは続くだろう」と述べている。

前回のレポートでも解説したように、PayPalは6月にオーストラリアにおいてBNPL(「Pay in 4」のサービス)の提供を開始しており、特にAfterpayが牙城としている同国においてSquareが参入してきたことは勢力分布に影響を与える可能性が高いと警戒している可能性がある。ロイターによれば、PayPalはオーストラリアでより小規模なSezzleのような企業への出資を進めており、対抗を強めている。

米カリフォルニア州サンフランシスコにある米Square Inc.の本社。同じビルには米Uber Technologiesの本社が入っており、さらに道路向かいには米Twitter本社が入居するビルが鎮座している。なお、TwitterとSquareともにCEOはJack Dorsey氏だ

決済サービスの特徴として、各国それぞれで異なる文化があり、いわゆるGAFAのような企業が一気に市場を総取りするような状況は生まれにくい。あくまで市場を1つ1つ丁寧に攻略していく必要がある。いうまでもなく、米国やオーストラリアで起きているようなBNPL市場における動きは当然日本にも波及してくる可能性が高く、PayPalのペイディ買収はその“のろし”ともいえる出来事だ。今回の買収に関して、PayPalでは次のように説明している。

買収の意思決定を行なう際には、自社のビジネス機会を重視しています。

ペイパルは日本を重要な成長市場と考えており、日本への投資を深めることを常に意識してきました。実際、グローバルセールスを統括するペギー・アルフォードも二月の投資家説明会で「日本は、世界第3位の経済大国であり、特殊なマーケットでもあります。わたしたちは日本に多額の投資をすることを検討しています」と語っています。

米国をはじめ英国、オーストラリア、フランス、ドイツなど、すでに大きなスケールで国内決済ビジネスを展開している市場においては、自社のBNPLサービスの開発に成功していますが、今回の買収は、ペイパルの後払い決済サービスのグローバルポートフォリオを強化するものとなります。日本においては、これまでの主力であった越境EC事業に加えて、国内決済市場で機能やサービスを拡充することで存在感をさらに高めていくことができます。

さらに、Paidyのブランド力、機能、優秀な人材とペイパルがオンライン決済の分野でこれまで培ってきた専門知識、リソース、グローバル展開を組み合わせることで、私どもにとって戦略的に重要な市場である日本でのビジネス展開をさらに加速させるために強力な基盤を構築することができます。

すでに4月の両社の発表時点でアカウント連携が進んでおり、今回の買収は将来的なサービス統合の可能性を差し引いても、とりあえずはペイディ自体のPayPalへの完全な取り込みと、日本市場へのコミットという側面が大きいのだろう。

BNPLにあるような分割オプションではないが、決済サービスを提供する米Stripeは2021年中に同社の決済オプションに日本独自の「コンビニ支払い」「銀行振込」への対応を表明しており、ある意味でPayPalの決済代行サービスと直接競合する可能性が高いStripeの市場参入は、2022年以降の大きなインパクトになる。このほか、日本には市場の草分け的存在のネットプロテクションズのほか、近年参入してきたLINE、メルペイ、そしてファミペイといった事業者も存在する。このあたりの日本での最新事情は、次週に「BNPL最新事情(国内編)」という形で各社へのインタビューなども交えつつ解説したい。

また、先ほど箇条書きで触れた「AppleのBNPL市場参入」だが、これは9月14日(米国時間、日本時間で15日午前2時)より開催されるAppleのスペシャルイベントで発表される可能性が高いとみている。興味ある方は合わせてチェックしてみてほしい。

海外でBNPLはどういった人々が利用しているのか

先ほどクレジットカードの仕組みの部分で少し触れたように、「0% APR」というのは使い方さえ間違えなければ便利だが、一方でいちど返済が滞り始めると債務が一気に嵩んでいくという一種の罠がある。入り口の敷居を低くするプロモーションで客を呼び寄せて、その後の金利手数料で儲けていくというのがクレジットカードのビジネスの王道だが、ゆえに利用を警戒するという層も少なからずいる。クレジットヒストリーや与信枠の問題など、クレジットカード利用におけるハードルはいろいろあるが、こうした状況を忌諱する人々をBNPLが取り込みつつあるというのは確かなようだ。

Klarnaが本社を置くスウェーデンのストックホルムの街並み

昨年からのBNPLブームは2つのトレンドを含んでいる。1つは元々のBNPLの主要利用層である「ミレニアル以下の若年層での利用がさらに進んだ」こと、もう1つは昨今のコロナ禍による購買行動の変化で「広い年齢層にわたってBNPLが認知されつつある」ことだ。年齢別のトレンドはInsider Intelligenceのレポートで分かるが、「Gen Z」と呼ばれる13-24歳の層で今年2021年時点で4割弱に利用が浸透している。さらに30代までを含む「Millenials」でも3割近い水準に達しており、逆に高い年齢層ほど利用が進んでいないことが分かる。

一方で先ほど紹介したForbesの記事にもあるように、コロナ禍に突入する直前の2019年と、今年2021年では利用状況が激変しており、高齢層まで含めてBNPL利用を大きく後押ししている。

ただ、過去のデータなどを比較する限りBNPLの伸びそのものは大きいものの、全体的な金額ベースではまだまだマイノリティに近い存在だと考える。例えば2019年の米国の最終消費支出は14兆5,400億米ドルだが、Forbesの記事で参照できるCornerstone AdvisorsのデータでBNPLの取扱高は2019年に203億米ドル、大幅に伸びた2021年の予測値でさえ994億ドルに過ぎず、金額全体の1%にも満たない。すでに成熟市場のようなシェア争いが繰り広げられているように見られるが、あくまで成長途上の市場だといえる。

ここで興味深いのはCNBCが8月9日に「Why millennials and gen-Zs are jumping on the buy now, pay later trend」のタイトルで報じている記事における、BNPLを利用する若年層の購買意識だ。この記事で登場するGen Zの若者たちは次々と自身の購買力を超えたとみられる買い物を続けているが、その背景として分析されているのは「1回の支払い(Instalment)の額が少なく、トータルでの支払額が見えにくい」「そのために次々と買い物を重ねていく」といった事象だ。

特にYouTubeやTikTokなど、動画配信プラットフォームを介して若年層をターゲットにした衣服や商品のプロモーションが展開されており、こうしたトレンドをさらに後押ししている話も出ている。

さらに、こうした層はBNPLでは買い物をするものの、手持ちのクレジットカードにはほとんど手をつけていないともいう。これは支払いのシステムにより、クレジットカードよりもBNPLで購入した方が安く見えることも関係しているのではないかという考えだ。

Forbesの記事によれば、過去2年間でBNPLユーザーの43%が支払い遅延の手数料を支払ったというデータがある。「0% APR」のクレジットカード同様に、使い方しだいではユーザー負担のないはずのBNPLだが、それでも手数料を支払うユーザーがこれだけいるというのは興味深い。これが計画的なものであれば問題ないが、もし債務が膨らんだ結果、返済余力を超えた支払いが発生しているのだとすれば、利用をためらっていたクレジットカードの状況と何ら変わりない。その意味で、BNPLが真の意味でこれから成長していくのであれば、利用状況と返済の“しやすさ”をうまく利用者に提示しつつ、お決まりのフレーズ「ご利用は計画的に」を意識させることが重要なのかもしれない。

雨上がりのストックホルムの市場前

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)