鈴木淳也のPay Attention
第109回
ワクチンパスポートの国内利用はどうなるか。先行国の現状
2021年9月3日 08:30
新型コロナウイルスのワクチンを接種したかの証明書、いわゆる「ワクチンパスポート」の現状については、過去の本連載で2回ほどフォローしている。日本の場合、7月26日から「接種証明書」が「海外渡航を目的とした人」を対象に発行開始されており、海外の国々でレストランなど施設の利用時や到着時の隔離期間短縮または免除などの待遇を受けるにあたって、この「接種証明書」が活用できるようにしている。
もちろん、この証明書の有効性を対象国やその施設などが認めなければいけないため、個別の交渉が行なわれている。対象国のリストは逐次更新されているが、本稿執筆の9月2日時点で条件付きなどを含む対象国が33カ国。ただし、ビジネス渡航の多い中国や米国がほぼ対象外となっているため(中国は香港、米国はグアムのみ)、これらの国々をビジネスで訪れる予定の人にとってはあまり意味をなさないのも事実だ。
ただワクチンパスポートに関して注意したいのは、渡航時に接種証明を要求される国は先ほどの33カ国でも限られており、基本的にはコロナに対する陰性証明の方が重要になる。
このあたりは前述の記事の日本航空の担当者の方のインタビューでも詳しく紹介しているが、今後“トラベルバブル”による2国間移動をスムーズにするためにワクチンパスポートが活用される可能性はあるものの、現時点ではフランスやイタリアなどのケースのように「施設の入場などにワクチンパスポートを必要とする」といった場合での利用が中心となる。
一方で、ワクチンパスポートがなくても72時間有効な抗原検査による陰性証明を現地の薬局などで発行することも可能で、不便ではあるがワクチンパスポートが必須というわけではない。
日本のワクチンパスポートの現状とこれから
8月26日、内閣官房長官の加藤勝信氏が会見での記者の質問に対して、ワクチンパスポートの国内活用やデジタル化の見通しについて説明している。
同会見について複数の報道によれば「国内でもワクチンパスポートの活用を検討していく」「デジタル対応は2021年中」という2つのポイントが挙げられていた。ただ同件について内閣官房のワクチン接種担当の方に電話取材を行なったところ、前者については誤解があり、加藤氏の発言は「現在ワクチンを接種済みの方に交付されている『接種済証または接種記録書』を活用している自治体がすでにあり、今後デジタル化でさらにそういう例が増えるのではないか」という趣旨であり、国として利用を推奨したり、その利用を強制するものではないという認識だと述べている。
またデジタル対応については、以前の記事で説明したロードマップにもあるように、まずは現状の紙ベースの印刷物からスタートし、次に書面や郵送での申請ではなくオンラインベースでの申請に対応し、そのさらに次の段階で「紙へのQRコード印字」「デジタル対応」となる。内閣官房の担当者によれば、8月23日時点でマイナポータルでも利用されている電子申請の「ぴったりサービス」を通じた接種証明書の発行申請が可能になる仕組みを開始済みで、対応が完了した自治体からオンライン申請が順次可能になっていくという。
一部の自治体については「ぴったりサービス」なしで独自のオンライン申請システムを構築したケースもあり、そうした自治体では先行してサービスが提供されている。
最後のQRコード印字とデジタル対応については、同時に提供されるものとの認識だ。ただし、デジタル対応にあたって、どのような形でスマートフォンなどから“デジタル接種証明書”を利用できるのかについては明言しておらず、現時点での決定事項はないと担当者は説明している。
例えば、政府が独自の専用アプリを出したり、あるいはLINEのような他のプラットフォームを活用する、もしくは単純に専用のWebページを用意してそこにアクセスするとQRコードが表示されるなど、複数の方法が考えられるだろう。
いずれにせよ、年内には何らかの形で“デジタル接種証明書”を利用可能にするということで、年末に向けて続報を待ちたいところだ。
ワクチンパスポート義務化後は屋外飲食を好む傾向に
前述のフランスなどの例にあるように、海外の一部の国ではワクチンパスポートが義務化されるケースが出始めている。米国の場合、連邦政府自体はワクチンパスポートの可否は規定していないため、フランスなどとは異なり都市単位での規制となる。8月20日にはカリフォルニア州サンフランシスコ市が全米で初となるワクチンパスポート義務化を施行しており、現地メディアで大きく取り上げられることになった。KTVU FOX 2によれば、現在同市でワクチン接種が完了している人の比率が78%に達しているが、人の密集するレストラン、カフェ、バー、ジムといった施設の利用にはワクチン接種証明を提示する必要がある。1,000人以上が集まる屋内イベントにも適用されるため、例えば少し大きなカンファレンスや展示会の参加には、すべての来場者がワクチンパスポートを提示する必要があることを意味する。また10月13日までの猶予期間が設けられているものの、こうした規制対象となる屋内施設の従業員は同期間までにワクチン接種完了が義務付けられる。
複数の現地報道では、現地のレストランに入ろうとして証明書を持参していなかったので断られたり、抗議活動が行なわれていたりする様子が紹介されている。実際に現地に住む友人にその後の様子を聞いてみたところ、写真付きで次のような返答が戻ってきた。
Also, just to let you know, people here in SF are out and about as usual, though not at full capacity - and restaurants are usually between a third and half full indoors, and relatively full outdoors. Traffic on the streets has also picked up since we started getting vaccinated in May of this year.
新しいレギュレーションに対応するため、屋外の飲食施設の拡充が進んでいるという話は以前に紹介したが、ワクチンパスポートを必須とする屋内飲食と特に制限のない屋外飲食について、前者はだいたい3分の1か半分程度の埋まり具合なのに対し、後者はほぼ満席だとしている。
ワクチン接種率を考えれば打っていないので中では食事できないというよりも、証明書の提示が面倒だと感じているのか、あるいは気候や換気面を考えて屋内より屋外を好んでいるだけかもしれない。また、同市での広域のワクチン接種が進んだ5月以降は道を歩く人の数も増えているようで、接種の進展はそれなりに効果はあったという友人の感想だ。
現在のところ、こうした制限は米国ではサンフランシスコのほか、ニューヨーク市で実施されている。このほかロサンゼルス市や、サンフランシスコとは湾を挟んで対岸のバークレー市でも導入が進みつつあるという。サンフランシスコやシリコンバレーを含むSFベイエリア全体では企業従業員のワクチン接種を義務化する通達が出されつつあり、特に接客業では厳格化されつつある。最近になり、AppleやGoogleなど周辺の企業で在宅期間の延長や全従業員のワクチン接種義務化が報じられて話題になったが、カリフォルニアは全体にワクチン接種義務化に一番熱心という印象がある。
こうしたなか興味深い話題としては、レストランや特定の種類の店を探す検索サービスで「ワクチンパスポート提示が必要」「従業員はワクチン接種完了済み」「マスク必須」「従業員は全員マスク済み」といった項目が追加されるようになっている。
例えば店舗検索サービスの「Yelp!」では、8月に入ってからサービス内容の部分にこれら項目が加えられており、検索条件に含めることが可能だ。レストランの座席予約サービスを提供する「OpenTable」も、同様の機能をYelp!に追いかける形で追加しており、検索サービスにおける差別化ポイントとなっているようだ。
ワクチンパスポートを禁止する州も
カリフォルニア州のようにワクチンパスポートを積極利用しようという州もあれば、逆に「ワクチンパスポートの利用を禁止する」という州もある。代表的なのがフロリダ州で、同州知事のRon DeSantis氏は5月、企業やクルーズ船、学校、政府組織などがワクチンパスポートを要求することを禁止し、違反した場合に5,000ドル以下の罰金を科す法律に署名した。
この法律は「SB 2006」と呼ばれ、議会や関係者を巻き込んで大論争を呼び込んだ。この法案を巡っては、クルーズ船を運行するNorwegian Cruise Lineから訴えを起こされている。Miami Heraldが報じているように、この法案は間もなく9月16日に効力を持ち、実質的にフロリダ州内でのワクチンパスポートのような接種証明の確認はできなくなる。
DeSantis氏は同法案導入の背景について、他の州と異なるアプローチで事態を収束させつつ、ワクチン接種を行なっていない人々の権利も守るためと説明している。
パンデミックが明らかになった2020年春以降も同氏は積極的なロックダウンを行なっておらず、こうしたアプローチについて評価が分かれていた。2021年に入ってからバイデン大統領を中心とした政権となりワクチンパスポートに対する連邦政府の取り組みは変化したものの、基本的に州や市など各自治体の対応に任せる状態が続いている。
ゆえに、フロリダのように仕組みそのものを否定する州政府も登場することになり、前述のYelp!のような企業も地域によってサービスのアプローチを変えなければいけない状況となる。こうした地域ごとの対応の差異は米国ならではの事情といえるかもしれない。