鈴木淳也のPay Attention
第105回
ビットコイン狂想曲の裏で走る「決済通貨」への道のり
2021年8月4日 08:30
ここ最近、ビットコイン(Bitcoin)界隈が賑やかになっている。話題の大きなものの1つはその米ドルへの変換レートの高騰だが、単純に1年前と比較するだけでも1BTCが4万米ドル以上と4倍の水準だが、2021年春の時期には6万米ドル以上の取引水準が続いており、今年だけでみても異常な上昇が続いている状況だ。5月に入ると中国国内での“仮想通貨”採掘規制などの事情もあり、40%以上の水準で価格が一気に下落する様子もみられたが、本稿執筆の7月末時点では再び上昇の機運を見せている。結局のところ、何か“材料”を探しては上値をうかがうような動きにあるというのがBitcoinを含む暗号技術を用いた“仮想通貨”の現状といえるだろう。
「“仮想通貨”は商用決済に使えるのか」という試み
問題はこの“材料”という部分だが、「Bitcoinの活用方法が増える、その価値が上がる」といった話題に敏感な印象がある。
例えば7月24日にはBusiness Insiderの「Amazon will soon let customers pay with crypto, showing it's finally taking the tech seriously」という記事が話題になったが、Amazonが支払い手段として“(Bitcoinのような)暗号通貨”を選択可能にし、その技術を本格採用するという。この背景についてはブロックチェーン界隈の話題に詳しい星暁雄氏が分析しているが、The Vergeの報道によれば「ブロックチェーン専門家を募集する求人広告を出したのは確かだが、“支払い手段”としての“暗号通貨”の採用」は否定している。一方で、この界隈で起きている技術革新には興味があり、Amazonにとってどのような価値をもたらすのかを模索している段階だと同社広報担当者は伝えている。
星氏は、英国系のCity A.M.がBusiness Insiderに追随する形で同月26日に報じた「内部情報筋の話として、Amazonはより深いレベルで“暗号通貨”の決済への実装を検討しており、Bitcoinに続いて3つの“暗号通貨”を候補に採用を検討している」という部分については「価格上昇誘導を狙ったSCAM(詐欺)」として否定的であり、City A.M.の報道を否定したAmazon公式コメントを掲載したBloombergの記事を引用している。
結局のところ、Amazonは金融取引に関わる企業としてはごく自然な動きを見せているに過ぎず、自らが積極的に“暗号通貨”への世論誘導を積極的に行なっているわけではないということのようだ。過去には、Facebookが「Libra(リブラ)」構想を発表し、MastercardやVisaなど多くの企業が賛同の意向を示したものの、規制の枠を越えての自由な資金移動を警戒する各国政府や中央銀行などの意向を汲む形でフェードアウトしていき、最終的に「Diem(ディエム)」の名称で比較的小規模なデジタル決済システムへと落ち着いた一連の流れがあり、Amazonとしても別に積極的に火中の栗を拾うつもりはないのだろう。
“仮想通貨”を決済に活用する動きとしては、以前に別誌の連載にまとめている(仮想通貨がじわり勢力拡大、各国のデジタル通貨政策の狭間で)が、世界各国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)の動きと合わせ、議論が活発化しているように思える。同記事中でも紹介したが、CNBCの2月16日の報道においてセントルイス連邦準備銀行総裁のJames Bullard氏は「Bitcoinが現状のドルを脅かす存在ではない」と言及している。
Bitcoinの激しい値動きに目を奪われがちだが、この価格変化でも米ドル自体の価値そのものは変動しておらず、あくまで「資産」であり「商品相場」の1つに過ぎないという考えだ。これは、Bitcoinが特定の法定通貨(Tender Currency)に“ペッグ”する「ステーブルコイン(Stable Coin)」ではないことに起因する。その点ではLibraやDiemはステーブルコインの位置付けとなるが、Bitcoinがもしステーブルコインの流れを汲むものであったとすれば、おそらく現状で違った評価を得ていた可能性が高い。
規制の一方で、Bitcoinなどの“仮想通貨”をうまく取り込めないかという動きは続いている。例えばMastercardは今年2月10日に「Why Mastercard is bringing crypto onto its network」のタイトルで同分野における取り組みの考えをまとめており、「ユーザーに選択肢を与えることの重要性」を説いている。同社は2020年7月22日にBitPayやWirexと共同で「Crypto Card」の提供を発表しており、両社のウォレット内の“仮想通貨”残高をそのままMastercardのネットワーク上で利用できる仕組みを提案している。
同様に、PayPalは昨年10月に自身のウォレット内で“仮想通貨”の売買や決済利用を可能にする仕組みの発表を行なっている。PayPalは5月20日に開催されたデジタル決済とセキュリティにまつわる記者会見の席において、記者からの「Bitcoinを決済に用いるのはボラティリティ(Volatility:変動率)が大きすぎるのは?」という質問に対し、同社で仮想通貨などを担当するCTOのSri Shivananda氏は「Bitcoin決済はまだ非常に初期の段階であり、決済においてもごく一部の熱狂的なユーザーが使っているに過ぎない。利用自体は毎日増加しているがその量は非常に低く、重要なのはここから何を学ぶかという点だ」と指摘している。
つまり、「すぐにトレンドが変化するわけではないが、今後に備えてやれるべきことを事前にやっておく」というテクノロジー企業としての姿勢だ。
「Bitcoinを法定通貨に」、中米エルサルバドルの動き
“仮想通貨”ひいては「Bitcoin」について見逃せない最近の大きな動きが、中米エルサルバドルでの「Bitcoin法(Ley Bitcoin)」の成立だ。条文は同国のサイトで確認できるが、同法成立の背景や規定とともに、「2021年6月8日付けの同法の告知から90日後に有効となる」という一文が末尾に添えられている。順当にいけば、9月7日には法律は有効となり、同国内の店舗や関連機関はBitcoinの受け入れを拒否できなくなる。
この法律は同国大統領に2019年から就任しているNayib Bukele(ナジブ・ブケレ)氏の推進によるもので、今年6月に米フロリダ州マイアミで開催された「Bitcoin 2021」のカンファレンスで正式発表された。
複数の報道によれば、Layer 2のLightning Networkを使ったStrikeの決済ネットワークを用い、Bitcoinで問題となる決済や送金時のスケーラビリティの問題を解決していくという。Bitcoinの法定通貨導入において世界銀行(World Bank)はエルサルバドルへの支援を拒否したものの、9月の本格稼働を目指して教育プログラムの提供や米ドル換金が可能なATMの整備などの動きを加速する。
注意点としては、Bitcoinはエルサルバドルにおいて今年9月から法定通貨になり「受け取りを拒否できなくなる」ものの、他の通貨の流通まで禁止したわけではないことが挙げられる。政情や経済が不安定な国にはありがちだが、信用のない自国通貨よりも他国の通貨が決済に用いられているというケースは世界的に見ればそれなりに存在する。例えば経済崩壊したジンバブエやベネズエラで米ドルが主に流通しているのがその典型だ。
エルサルバドルにおいても、やはり米ドルが国内の流通通貨であり、過去に100年以上にわたって利用されてきた「エルサルバドル・コロン(SVC)」は現在ではほとんど流通していない。ただしこれは経済崩壊というよりも、米ドルを法定通貨とする流れを受け入れた2001年当時に大統領だったFrancisco Flores氏の親米政策の一環という側面が大きい。現在の政権はどちらかといえば米国追従を良しとしない左派政策寄りといわれるが、「米ドルの受け入れで通貨価値は安定するものの、金融政策の自由度がなくなる」というメリットとデメリットを鑑みて、Bitcoinの法定通貨導入に至ったという流れだ。
先ほどのBitcoin法の条文ではBitcoin導入における背景やメリットがいくつか説明されているが、エコシステムが6,800億米ドル規模と巨大でありつつ、国境を問わずに即時決済が可能なネットワークを利用する世界で最初の国家となることが宣言されている。ただ、興味深いのは序文の後のメリットの解説部分の最後の次のような文章だ。
Dado que Bitcoin es una moneda virtual e intangible, invertir en esta trae enormes beneficios. Se conoce incluso como la moneda de Internet. Ello permite optimizar los procesos de pago, con la ventaja que no existe una autoridad central o intermediario, lo que puede representar miles de dolares de ahorro en el pago de comisiones que se aplican por ejemplo a las remesas de los salvadorenos que viven en el exterior, que ascienden a seis mil millones de dolares.
Bajo ese contexto, el bitcoin puede constituir un instrumento financiero de inversi?n que sirva de apalancamiento o negociacion para diferentes inversiones y adecuarse a distintos perfiles de inversionistas, lo que hara crecer nuestro mercado de valores y financiero, lo que en definitiva sera una de los elementos que permitir?n el verdadero desarrollo economico de El Salvador.
要約すると、エルサルバドル国外に住む同国民が自国へ年間60億米ドルの送金を行なっており、Bitcoinの採用によりこのような送金にかかるコストが削減できることが紹介されている。Bitcoinのもたらすメリットを享受することで、結果としてエルサルバドルにおける経済の真なる発展が可能になるというのがその意図する部分だという。AP通信によれば、2020年はコロナ禍によるパニックで一時的に下落が見られたものの、同年を通しての海外からの同国への送金額は59億2,000万米ドルで昨年比4.8%の増加だったという。文字通りに受け取れば、送金だけで無視できない手数料が中継の金融機関に奪われており、Bitcoin導入により海外送金におけるハードルを大きく下げられるということが大きいようだ。また為替変換におけるリスクやロスが少ないこともメリットとして条文では挙げられている。
マネーロンダリングの問題や各種規制を容易に突破するBitcoinのような“仮想通貨”のリスクを各国政府や中央銀行が警戒しつつ、そのボラティリティの大きさから決済ブランドもまた利用方法について模索を続けている現状において、エルサルバドルの試みは一種の壮大な実証実験のような様相を呈している。法定通貨とはなったものの、実際に人々が活用して米ドルをシェアで置き換える存在になるのかといった問題に加え、仮にBitcoinの利用が拡大してセキュリティやスケーラビリティの面で問題が現出してこないのかといった面も含め、今後その真価が試されることになる。
エルサルバドルにおいて銀行口座保有率は3割程度といわれており、いわゆる金融サービスが国民全体に浸透していない「アンバンクト(Unbanked)」な地域に該当する。もしBitcoinが国民全体に浸透するようであれば、それはウォレットの機能が国民全体で利用されることを意味しており、モバイルアプリを通じての金融サービス提供の道が拓かれることになる。前述のCBDCの動きも含めて、場合によってはBitcoinが同国におけるCBDC的な役割を果たす可能性もあり、その意味で今後の経過をウォッチしていきたい。