鈴木淳也のPay Attention

第104回

ワクチンパスポート申請受付開始。その有効性と実際

パリのシャルル・ド・ゴール空港(2019年9月撮影)

先日、日本国内で発行される「ワクチンパスポート(接種証明書)」の概要について説明したが、今回各方面への取材を通じて最新事情が分かってきたので現時点での情報をまとめたい。

デジタルワクチンパスポートの実際。標準のない世界

この接種証明書については7月26日より各市町村で発行開始を予定しており、海外渡航“予定者”を対象に交付が行なわれる。フォーマットについては前回のレポートにあった内容に準拠しており、住民票などの発行システムを活用した紙ベースのものが用意される。

ワクチンパスポート、7月26日から申請受付

7月26日以降に市町村で発行が予定されているワクチン接種証明書の基本フォーマット

発行手順も前回のレポートで説明した通り、「申請書」「パスポート(旅券)」「接種券のうち「予診のみ」部分「接種済証または接種記録書」の4点セットが必要となる。詳細は厚生労働省が公開している資料(PDF)にあるが、基本的にはVRS(ワクチン接種記録システム)に接種データが記録されていることが前提となるため、後者2つの記録書類についてはマイナンバーカードなどの本人確認書類や書類の“写し”で代用が可能。

また接種券到着前に職域接種などが先に済んでおりVRSに記録が行なわれていないケースが存在するため、接種証明書を発行する自治体が入力作業を追っかけで行なったり、接種証明書を出す基準を満たしているか(例えば職域接種に利用されるモデルナ製ワクチンの日付が6月21日より前になっているかといったデータ矛盾)の検証を行なったうえで最終的な発行を判断する。

ただ筆者が調べた範囲で、接種証明書の発行自体は7月26日より申請受付を開始するものの、多くの自治体では対面の発行処理は受け付けておらず、返信用封筒を同封のうえで郵送での申請のみを受け付ける状態のようだ。

窓口での混乱を防ぐためと、事務処理のキャパシティ上の問題が理由と思われるが、7月26日の初日に「接種証明書を発行してもらいました」という状況は、多くの人々にとって難しいと思われる。

ワクチン接種証明書の有効性と疑問

発行開始日が近付いたこともあり、関係各所から情報がいろいろと公開されるようになり、「接種証明書」の実態が見えつつある。前回のレポートにもあるように、今回発行される接種証明書そのものは「海外渡航者」の利用を前提としており、しかも発行条件として“実際に海外渡航予定がある人”に限定されている。

興味半分で発行する人が自治体の窓口に殺到することでの混乱を防ぐことが目的と思われるが、夏から初秋にかけて海外渡航を検討している人も相当数いると思われ、今回の発行タイミングはそのギリギリのタイミングともいえる。

では、この海外渡航者を前提とした接種証明書だが、どれだけの有効性があるのだろうか。本項執筆の7月21日時点で外務省が新型コロナワクチン接種証明書が使用可能な国・地域一覧を公開しているが、イタリア、オーストリア、トルコ、ブルガリア、ポーランドの5カ国と、隔離免除書発行に必要な書類のうちの1つとして認める国として韓国が挙がっている。エストニアについては接種証明書自体の有効性は認めるものの、現時点で入国後の隔離やPCR検査の必要性は求めていないとしており、実質的に意味がない。

共同通信の7月20日の報道によれば、現時点で30カ国以上の国で接種証明書が認められる見込みな一方で、ビジネス上の往来が多い米国と中国での交渉が難航しているとしており、当初利用可能な国は限られる見込みだ。ただ前述の5カ国を見る限り、トルコを除けばすべて欧州連合(EU)参加国であり、移動の自由を認めたシェンゲン圏内の国々でもある。おそらく30カ国に含まれるほとんどの国は欧州域内とみられ、アジア方面の国はかなり限定されるものと予想している。

外務省の公開するワクチン接種証明書が使用可能な国・地域一覧
接種証明書が有効な国の1つとして挙げられているイタリアのフィレンツェ中心部

対象国については現在交渉中であり、今後増加が見込まれる。

このほか現時点で公開されていない情報で不明点がいくつかあったため、内閣官房副長官補室のコロナワクチン接種証明担当に質問を投げてみた。1つは前出の「VRSが未入力」となっているケースの対応だが、仮に接種証明書の申請が行なわれた時点でVRS上で接種データが確認できなかったとしても、当該市町村の住民である限りは接種券番号が用意されており、その場でVRSの入力が行なわれて接種証明書が発行されるという。これは接種券の発行が各自治体に任されており、VRS上での接種情報管理もまた自治体の責任範囲とされているためとみられる。その意味で、「自分の接種情報がVRSに発行されているか分からないので、接種証明書が発行されるかどうかも分からない」といった事態にはならないといえる。

ただし前述のように自治体は窓口の混乱を避けるために申請は郵送のみでの受付としているため、実際に発行された接種証明書が返送されてくるまでに2-3週間程度のラグは発生すると思われる。

もう1つここで重要な事実として、海外でファイザー(Pfizer-BioNTech)やモデルナ(Moderna)製ワクチンを接種した日本在住者、あるいは日本に住所がない海外在住者の場合、今回の接種証明書は発行対象外となる。これは国内発行の接種券を利用していないためで、医療関係者などで接種券なしで先行接種したケースを除き、日本国内で発行される接種証明書は利用できない。

また前回のレポートでも触れたように、現時点での接種証明書ではQRコードが印刷されていない。これはデジタル対応でも重要なポイントとなるが、ワクチン接種証明を行なうためにスマートフォンの画面に掲示する情報はQRコードとなるため、基本的には“紙”の接種証明書のQRコード印刷とデジタル版接種証明書の提供はほぼ同じタイミングになる。

現時点でワクチン接種を証明するQRコードの標準はWHOをはじめ複数の団体が提唱しているが、決め手となる国際標準的な仕組みは存在していない。どれか1つの仕組みを採用することも可能だが、その場合は接種証明書を持ち込んだ先の国や地域が当該のQRコード規格に対応していなければ意味がない。デジタル版でのアプリの提供形態も含め、相手国との交渉が必要な部分でもあり、今後詰めていく必要があると担当者は説明している。

羽田空港の第3ターミナル(国際線ターミナル)

接種証明書そのもののプロセスは問題ないと考えているが、今回筆者が取材の中で一番がっかりしたのが“帰国時”の隔離期間免除に関する動きだ。

接種証明書は渡航先の国でのワクチン接種時の隔離免除などの優遇措置を勝ち取るための仕組みだが、順当にいけば「帰国時の2週間の隔離免除や短縮も検討されてしかるべき」だと思っている。だがこの質問を内閣官房の担当者にぶつけたところ、「(日本国内の)水際対策については接種証明書とは関係なく、担当の厚生労働省に確認してほしい」との回答だった。そこで厚生労働省に同件についての質問を投げてみたところ「現時点で接種証明書による隔離期間短縮などの対応は検討事項にも挙がっていない」と返答されている。

これは日本を訪問する外国人についても同様のことがいえる。つまり「相手国には日本の接種証明書の有効性を示して隔離期間短縮を要求しておきながら、自分の国は他国から接種証明書が持ち込まれてもその有効性を検証しての隔離期間短縮は一切行なわない」ということを意味している。これは国境の相互開放原則を考えれば奇異な話で、もともと接種証明書関係なしに国境を広く開いている米国や欧州などの国々を除けば、この相互開放原則により日本人の海外渡航における隔離優遇措置は期待できないともいえる。

おそらくはアジアやオセアニア方面の国での対応が顕著とみられ、当面は近中距離での日本人の海外渡航は厳しい状態が続くと筆者は考えている。また帰国時の2週間隔離がある限り、欧米への渡航も限定的となり、今年度中は国際線の渡航需要は回復することはないだろう。

ワクチンパスポートアプリと国際渡航のルールエンジン

当面の海外渡航が絶望的な状況にあるなか、来るべきときに備えて着々と準備を進めているのが航空会社だ。前述のようにワクチン接種証明のQRコード標準がなく、前回のレポートにもあるように複数の“ワクチンパスポート”アプリが登場している状態だが、少なくとも今後数年は海外渡航の際の必須アイテムとしてこれらアプリが活用されることになると考えている。

今回は海外渡航に必要な情報を提示する「VeriFLY」「CommonPass」「IATA Travel Pass」の3つのアプリを検証している日本航空(JAL)のCX企画推進部 デジタルCXグループの塚本達氏に、これらアプリの現状と今後の見通しについて話を聞いてみた。

日本航空(JAL) CX企画推進部 デジタルCXグループの塚本達氏

塚本氏によれば、4月にホノルル線とシンガポール線の2回のみ内部関係者を対象に実証実験を行なったCommonPassを除き、VeriFLYについては米国本土路線、IATA Travel Passについては羽田と米ホノルルを往復する路線で継続利用されており、一般での利用も行なわれているという。VeriFlyについては米アメリカン航空、米アラスカ航空、英ブリティッシュエアウェイズといった会社がすでに国際線で利用開始しており、特に米国の航空会社である前2社は中南米路線での活用が進んでいる。

そうした経緯もあり、米国ではCDC(米国疾病予防管理センター)が同アプリを正式に認めているという。JALが同アプリの運用を行って2カ月間ですでに1,000名近くが利用している状況で、渡航者が激減している現状においても入国に際して必要な書類の準備が簡単に行なえるという便利さが大きいと同氏は指摘している。VeriFLYについては現状で1割程度の利用率、一方のIATA Travel Passはまだ非常に限られた数に留まるという。理由として、VeriFlyが対象とする米国本土路線はビジネスマンや米国人の渡航が中心なのに対し、ハワイについては家族でのプライベート旅行の比率が高いため、(陰性証明に対して)アプリでカバーされるPCR検査対象の医療機関でなかったり、仕組みそのものの認知に至っていないことがあるようだ。

前回のレポートでも「ワクチンパスポートアプリ」として紹介したこれら3つのアプリだが、現時点でVeriFLYについてはワクチン接種記録と連動しておらず「新型コロナウイルス“陰性証明書”」の機能のみに留まっている。だがこれらアプリで最も重要なポイントは単に陰性証明を示す部分ではなく、CDCが規定する入国にあたっての申請書類の提出がVeriFLYアプリを通じて行なえる点にある。入国に必要な書類が揃っているかを自己チェックと申請を行なうと、裏側でのチェックが走り、OKが出ればグリーンランプが点灯する。利用にあたって対応するドキュメントの対象範囲が広いため、渡米に関しては現状でVeriFLYが最適だと塚本氏は説明する。

これらアプリの利用に際して重要となるのが、「陰性証明」や「ワクチン接種記録」といったデータの保持そのものよりも、利便性と信頼性にあると同氏は指摘する。例えばIATA Travel Passは都内にある7クリニックのデジタルデータと連係しており、同アプリ上に正しい情報かどうかが表示される。そこで重要なのが実際に信頼できるデータかという点で、この検証で時間がかかるようでは意味がない。

例えば紙の陰性証明が空港のチェックインカウンターに持ち込まれた場合、そのチェックだけで200秒かかるものが、IATA Travel Passであれば長くて10-20秒程度、実際には3-5秒程度で完了するといい、これはバックエンドで医療機関のデータとデジタル連携が行なわれていることに由来する。これは日本への帰国便が出ているホノルルでも同様で、指定のクリニックを受診すればデータ連係が行なわれて素早く正確なチェックが可能となる。7月15日からはシンガポール路線にもIATA Travel Passの適用範囲が拡大され、8月までトライアルが実施される。

羽田空港第3ターミナルのチェックインカウンター群

航空会社にとっては“陰性証明”のデータそのものよりも、そのデータを含めて渡航に必要な条件を旅行者が満たしているかを素早く正確に検証できるかの方が重要だ。

入国に際しての条件は国によって細かく異なっているが、その判定手順は「ルールエンジン」という形でコロナ禍より前から航空会社によって運用されており、陰性証明やワクチンパスポートはそのルールの一部として適用されるに過ぎない。入国ができるかどうかの最終判断は個々の国が決めることで、そのお膳立てをして少しでも入国できないような不都合をなくすのがルールエンジンを利用して事前チェックを行なう航空会社の領分でもある。

現状でCommonPassに不足しているのはこのルールエンジンの部分で、IATA Travel Passについては非公開だが自身がルールを定期アップデートしており(政府機関に一部権限を与えてルールを細かく見直しているという噂はある)、VeriFLYについてはこの仕組みに参加している航空会社各社が自身の所属する国のルールエンジンのメンテナンスを行なっている。世界経済フォーラムが主導するCommonPassは医療機関連携の部分に強みを持っているとされており、将来的にはこうした各国の入国に必要なルールエンジンも他のサービスとの連携で機能を実装してくることになると予想する。

塚本氏は「シンガポールのようにCommonPassとIATA Travel Passの両方を認定している国もあり、将来的には路線や航空会社によってアプリを使い分けるようになることもあるかもしれない。どのアプリも一長一短あり、特定のどれが秀でているわけではないと認識している」と述べている。

なぜ「デジタルワクチンパスポート」が求められるのか

「COVID Certificate」の名称でワクチンパスポートの運用がスタートしている欧州だが、例えばフランスでは施設やレストラン、バー、観光地(エッフェル塔周辺)などの利用に際して「COVID Certificate」の運用を厳格化するルールを発表したことが話題となっている。一方で反対運動も根強く、最終的に罰金などの規則を緩めた形での運用が行なわれる見通しになり、この点でも後に続く可能性のある他国の参考例となりつつある。

日本では経団連によるワクチンパスポートの積極活用による経済活性化を訴える提言が知られているが、導入にはいくつものハードルがあるうえ、その効果も疑問符が多く、おそらく日本で素直に導入されることはないだろう。少なくとも今回の接種証明書の趣旨とは外れており、内閣官房の担当者も国内利用への応用は否定している。

フランスのパリ中心部でセーヌ川沿いからシテ島を望む

ただ、ワクチンパスポートの仕組みをデジタル化すること自体は大きな意味がある。先ほどのJAL塚本氏の説明にもあるように、判定の時間短縮と、人間が判定した場合に発生する「エラー」がデジタルデータの世界では存在しない。均一的な結果が出ることに意味がある。また利便性の面からいえば、現状は実証実験ということでワクチンパスポートに相当するアプリがあったとしても、海外渡航においては紙の陰性証明書が別途必要になる。将来的にオールデジタル化すればそうした“保険”は不要になるわけで、利便性は大幅に向上する。

よく聞かれる話だが、このデジタル対応に関して他国に大きく劣っていると思われるのが日本だ。もともとアジアは出入国審査が厳しい国が多いとされているが、その中でもとりわけ日本が厳しいといわれる。これは現状のコロナ禍においてさらに顕著になっており、仮にデジタルアプリで渡航先の国ではすぐに入国できたとしても、帰国時には紙の各種証明書の提示が求められ、さらにその内容のチェックは個別に目視で行なわれるわけで、係官の裁量によって書類の表記内容に問題があるとして日本人であっても強制送還されるケースがたびたび報告されている。

つまり属人性や主観が強すぎることで評価にばらつきが出るので、実際に日本に到着するまで無事に入国できるかどうかさえ分からない状況になっている。

入国プロセスのデジタル化はこうした“ばらつき”をなくす効果があるが、日本はまだそのレベルに至っていないのが現状だ。一方で東京五輪開催に際しては特例で関係者の入国条件を緩めて、他の入国者との区分けも曖昧な状態で水際対策が機能していない風景も見られ、対応がまるで一貫していない。パラリンピックが終了する9月中旬まで動けない事情があるのも理解できるが、「行きはよいよい帰りは怖い」ではワクチンパスポート導入以前に非常にお粗末としかいえない。

こうした状況は海外取材が多い筆者としてはまったく看過できない。前述JAL塚本氏によれば「8月にアプリのトライアルが終了し、9月いっぱいには次のプラン策定に入る。さまざまなフィードバックを経て実用化を秋以降をめどに進めていきたい。そのための交渉を関係各所と進めている」という。ただ、当面はシンガポールなど2国間での合意によるトラベルバブル方式での渡航が中心となるため、デジタル陰性証明書とワクチン接種証明書が両国政府で相互に使えることが前提となる。

そのうえで、2-3路線をこのトラベルバブル方式で相互接続していくのが目標と同氏は説明する。1つはビジネス路線、2つめはハワイなどの観光路線、そして長距離線などで1-2路線をカバーしていくのが年内の目標だとしている。本来であればグローバル共通規格を導入して複数国への渡航が可能になればベストだが、当面は難しいというのが同氏の考えだ。ただ、このような仕組みの構築においてシンガポールや欧米などのデジタル先進国であれば対応も迅速で、理解が得られると認識している。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)