鈴木淳也のPay Attention

第98回

Adyenが狙うコロナ禍で変化する日本市場

Adyenが本社を構えるオランダのアムステルダムにて、運河にかかる橋を自転車で行き交う人々

オランダのアムステルダムを本拠地とするAdyenが5月19日、日本進出を正式発表した。位置付けとしてオンライン決済を中核とするプレイヤーであり、ゲートウェイからプロセッシング、アクワイアリングまで、加盟店とイシュアの間で決済に必要なソリューションを一通り提供している。

その特徴は同社が「ハイパーローカル」と呼ぶ進出先市場のローカル決済手段を広く取り込む手法にあり、従来ながらの国際ブランドのクレジットカードやデビットカードに捕らわれない決済手段を加盟店に提供し、グローバル企業の現地進出を支援する。オンラインのみならず、POSなどと連動した店頭での決済とも連携するのも特徴で、大手企業のリテール戦略を幅広くカバーする。

今回は同社のバックグラウンドに触れつつ、昨今のオンライン決済を取り巻く市場概況をアジア太平洋地域担当社長のWarren Hayashi氏へのインタビューを基に紹介したい。

顧客のニーズとともに成長するグローバル企業

Adyenは2006年に現CEOのPieter van der Does氏と今年1月までCTOだったArnout Schuijff氏の2名によって創業された。両氏はもともとオランダを拠点に決済サービスを提供するBibit Global Payment Servicesの事業責任者を務めており、Royal Bank of Scotland(RBS)による同社買収を機に独立してAdyenを創業している。

なお、Bibitは2010年のRBSによる資産売却を経てWorldpayの事業部門の1つとして取り込まれ、現在はFISによる同社買収でその傘下となっている。Adyenという社名はスリナム語(スリナムは独立以前はオランダ領ギニアだった)で「再出発」を意味するもので、まさにAdyenの創業経緯に合ったフレーズとなっている。

もともとはオランダ起源の欧州ローカル市場を相手にした企業ということもあり、創業当初の顧客は欧州企業が中心で、そうした企業相手にオンラインでの決済ゲートウェイ(PG:Payment Gateway)サービスを提供するに留まっていた。

同社アジア太平洋地域担当社長のWarren Hayashi氏は「当初はPGとしてクレジットカードやデビットカードを取り扱っていたが、欧州だけを例にしてもローカルなデビットであったり、ウォレット、オンラインバンキングまでさまざまな決済手段が存在している。また顧客がグローバル進出を目指したとき、PGという立場だけではマーチャントを決済システムに接続した後、銀行やアクワイアリングに影響を及ぼすことができない。財務的な問題が発生してもコントロールができないため、自らがアクワイアラとなった。またMastercardやVisaのメンバーとなることで、PGのみならず、プロセッシングやアクワイアリング、リスクマネジメントまで、単一のベンダーで決済にまつわる一通りのソリューションを提供できるようになった」と述べている。

Adyenがカバーする決済関連のソリューション

顧客のニーズを汲み取っていくなかで、Adyenの業容が拡大してきたという背景もある。同社が海外展開するときも、顧客がグローバル企業で、その要望に合わせて進出先を決定してきた。最初は米国だったが、後にアジア太平洋地域に進出するときはシンガポール、香港、ニュージーランド、オーストラリアが選ばれていき、最近ではそこにマレーシアが追加された。「(シンガポールを除く東南アジア地域で)最初にマレーシアが選ばれたのは、これもマーチャントによるリクエストだ。われわれは長年シンガポールでやってきたが、そこから近隣の東南アジア諸国への進出を考えたとき、シンガポールの顧客が『マレーシアに進出したい』という要望を出してきた。その逆のケースもあり、われわれの意思決定に影響を及ぼしている」(Hayashi氏)

オンラインから実店舗へのサービス拡大も、こうしたグローバル対応同様に顧客のニーズを汲み取ってのものとなる。「グローバル展開同様に、リテーラーから小売店側にサービスを拡大してほしいという要望があった。それら企業はもともとAdyenを使ったeコマースを展開していたが、その決済システムをそのまま実店舗にも利用し、これまでオンラインと店頭で別々だった決済システムを統合できないかという要望だ。特に問題となるのが、グローバルでの進出地域が20や30となったときで、それぞれの地域で異なったプロバイダが存在すると非常に厄介な状況になる。そうしたニーズに対応し、決済業界で単一のプラットフォームを提供できるというのがわれわれの強みだ」(同氏)

Adyenアジア太平洋地域担当社長のWarren Hayashi氏

このようにオンラインと実店舗を含むすべての決済に関わるルートを掌握した「ユニファイドコマース」のメリットとして、決済ネットワーク上を行き来する膨大なデータを把握し、エンド・ツー・エンドでの制御が可能になる点が挙げられる。「オンラインと店舗で2つのチャネルが統合されることで、オンライン注文後の店頭でのピックアップや返品できたり、顧客が店頭にない商品でも倉庫内の在庫情報にアクセスできるようになる。またロイヤリティプログラムにおいても、専用のモバイルアプリなどは用意する必要なく、顧客と購買データを紐付けることでオンラインや店頭で購入に使われたカードで相手を認識することが可能で、個々に最適化されたサービスが提供可能になる」とHayashi氏は説明する。

オンライン市場の拡大と日本市場進出

こうしたAdyenの今回の日本進出だが、いくつかの複合要因で決定されたようだ。前出のように、既存顧客から「日本に進出したい」というリクエストが前提としてあり、昨今の新型コロナウイルスのパンデミックによる市場概況の変化がもう1つの要因としてある。

もともと日本は経済規模が大きく、eコマース市場もアジア地域において中国に次いで2番目に大きい。日本人が興味を持つデジタル製品や高級ブランドを抱える海外企業も多くいる。その逆に日本企業がAdyenを使って海外進出を検討するケースも当然あり、進出先としての要件は整っている。

新型コロナウイルスの影響については、オンライン決済の伸長とデジタル化の進展の2つの側面がある。コロナ禍において実店舗は閉鎖要請への対応もあり、eコマースへの急速な対応を迫られた。市場による時期の差こそあるものの、トレンドはどの市場の似通っており、フードデリバリーの活況やオンライン取引の急速な伸びがみられ、リテール分野ではグローバル的に洋服やレジャー関連の需要が大きかったとHayashi氏は説明している。最も重要なのが、実店舗再開後もオンラインの伸びがパンデミック以前の水準には戻らなかった点で、オンライン対応というのがビジネス上大きな位置を占めるようになり、これが結果としてAdyenのユニファイドコマースのソリューションに注目が集まるきっかけになったと同氏は加える。

急成長するeコマース市場

デジタル化も同様で、特に非接触対応のカード決済やQRコード決済などに注目が集まり、全般的に現金を取り扱うことが衛生上よくないという認識が広まった。ウォレット利用拡大もその一例で、プラットフォームがさまざまな決済手段を取り込む必要性に迫られている状況にあるといえる。

「日本はキャッシュヘビーな市場だが、クレジットカード利用が進展したのも過去2-3年のトレンド。パンデミックがデジタル化を進展したといえ、モバイル決済、QRコード決済、ウォレットの利用が進んでいる。その意味で、今回の日本進出は非常によいタイミングであり、最上のサービスを市場に届けられる」とHayashi氏は述べる。

今回の正式ローンチに先立つ2019年に日本法人を設立しているが、2年間の準備期間を必要としていたのも「長期的視点から投資を行なうため、ビジネスや決済文化の違いを勉強しつつ、正しいやり方できちんとサービスを提供するための適切なチームの設置のため」(同氏)ということで、たまたまではあるものの、ちょうどトレンドが変化したベストなタイミングを選べた状態にある。

このように進んだ同社の日本進出だが、今後どのような形でローカライズが進んでいくのだろうか。Adyenが「ハイパーローカル」をうたう地域ごとのローカル対応では、グローバル進出を狙う企業に対して250の決済方法に対応したネットワークを用意している。「特にアジア太平洋地域には多様な決済手段がみられる」(Hayashi氏)ということで、効率面でAdyenが寄与する部分は大きいだろう。これについてHayashi氏は「日本市場は長期的に考えており、日本の特定のローカルな決済方法に対応するのかどうかではなく、Webや店頭を含めさまざまな決済方法に対し、マーチャントにどの決済方法が適切なのかを考えていきたい」と述べている。

Adyenではどの地域でどの決済方法が利用できるのかを調べるページがある
これは一例だが、MastercardやVisaといったメジャーな国際ブランドだけでなく、特定地域のインターバンク決済システムや特定地域のみで利用可能な各種モバイルウォレットにも対応する。なお、JCBはこのリストのすぐ下に表示されている

競合についてだが、グローバル展開という意味ではPayPal(Braintree)やStripeなどの企業があり、これらはすでに日本でのビジネス拡大を進めている。この点についてHayashi氏は次のように説明している。

「『テック企業の競合はどこか?』という質問はよく受けるが、実際に世界の決済市場の80%は銀行に握られており、テック企業が活躍している枠は小さい。eコマースでも実店舗でも、実際には銀行にその取引の多くが占められている。Adyenは『グローバルを志向するエンタープライズ向けであること』『オンラインとインストアのユニファイドコマースを提供できること』『テック企業ならではの足回りの早さ』『コンシューマを対象としたサービス』の4つの特徴があり、この点で市場全体においてユニークだと考えている」(Hayashi氏)

米ニューヨーク市内で見かけたAdyenの広告。ユニファイドコマースの特徴をアピールするものになっている

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)