鈴木淳也のPay Attention

第78回

2021年の「○○Pay」。PayPayの功績、銀行の新展開、カードと経済圏

最近、バリエーション豊かな決済手段を用意する店舗が増えてきた

ちょうど1年前、「現金からキャッシュレスへ。2020年の決済を湯けむりの中で考える」のタイトルで、正月三が日に訪問した草津温泉でキャッシュレス事情を紹介した。草津では2019年末に「湯けむりPayPayキャンペーン」を発表しており、現金主義の地方都市がいかに(PayPayを中心に)キャッシュレスのトレンドに向き合っているかというのを、地元の関係者らの話から考察してみたものだ。

PayPayについては、1月4日にアカウント登録数が3,500万件を突破したことが報告されているが、昨年のレポートではPayPayがいかにその圧倒的な資本力と営業力で日本全土に拡散し、どのように地域経済のキャッシュレス化を推進しているかの一端が理解できるかと思う。

PayPayの功績とは?

PayPayの最大の功績は、これまでクレジットカードであれ電子マネーであれ、キャッシュレス的な決済の仕組みは縁遠かった小売店でさえ、キャッシュレス経済圏に巻き込んだ点にある。決済サービスを提供する事業者は数あれど、個人店舗まで含めて加盟店営業ができているケースは少なく、どうしても大規模チェーンや中規模以上の店舗が中心だった。

また個人経営の店舗だとしても都市部や比較的名の知れた店舗など、地方都市の小規模店舗まで含めたキャッシュレス化はなかなか推進されなかった。

クレジットカードの場合、個人店舗の決済手数料の問題もあるが、何より営業リソースの限界という側面も大きかったと思う。PayPayはこれを人海戦術で回避し、さらに期間限定をうたいながらも決済手数料がゼロで「気に入らなければいつ止めてもいい」という形で多くの加盟店を惹きつけている。

規模の経済とはいうが、いちど加盟店とユーザー数が一定レベルに達することで、PayPay内部で独自の経済圏を構築可能になる。これはポイント経済圏とは異なる概念で、PayPay内外への資金の移動なしに売り買いが成立する経済圏だ。現状、すべての決済サービスは銀行口座間の残高の移し替えで処理が行なわれ、「締め日」のような形で毎月1回ないし複数のタイミングで精算処理を行なっている。この残高の移し替え処理のタイミングで手数料が発生し、最終的に「決済手数料」のような形でその一部が加盟店や利用者へと転嫁される。

だが精算処理が銀行や決済サービス事業者をまたがず、同じ事業者内で完結すれば手数料は実質的に発生しない。

やり取りが自身の決済サービスで完結するようになれば、手数料負担はどんどん減っていく

つまり、PayPayでやり取りされる取引の割合が増大するにつれ、店舗の仕入れから客の支払いまで含めてPayPayで完結するケースが増え、究極的には外部の事業者との精算処理に対して支払う手数料が発生しなくなる。

100億円などの大型キャンペーンこそなりを潜める最近のPayPayだが、同社では「キャンペーンそのものを止めるつもりはない」と明言しており、その最大の目標を「決済回数を増やす」ことに置いている。つまり、少額であれ日常使いを含めたPayPayの利用機会を増やしていこうという作戦だ。

PayPayの決済が増えるほど手数料負担が減っていくわけで、この考えはある意味で中国のAlipayやWeChat Payに近い。将来的に給料や報酬の支払いをPayPayで受けられるようになれば、毎回必ず発生していた銀行口座からの入金手数料やカード支払いでの手数料からも解放されることになる。

「給料がPayPayで支払われるなんてとんでもない」という方もいるかもしれない。だがユーザーのメリットの1つを挙げれば、例えば「給料の週払い、あるいは日払いも可能」となるため、特に即金を必要とするようなアルバイトや季節労働者には割と嬉しい話だと思う。これも、「これまで必要だった銀行への振込手数料が不要になるから」という理由が大きい。

○○Payはクレカとポイントを使った囲い込み経済圏へ

仮にPayPayの目標が実現するようになれば、一番あおりを食うのは銀行だろう。

送金(振り込み)は銀行ビジネスにおける最も重要なポーションの1つだが、折からの規制緩和と市場活性化策により、その領域はPayPayのような資金移動業者によって少しずつ浸食されつつある。

このあたりの考察は別誌で「2021年のキャッシュレス業界 銀行の逆襲が始まるか」としてまとめているが、銀行自身がビジネスの曲がり角に差し掛かりつつあることを認識しているようだ。

一方で、「銀行は本来の役割に回帰すべき」という意見は2020年を通してヒアリングした銀行関係者が異口同音に述べており、特に存在意義が問われつつある地方銀行では「地元経済の活性化と融資事業の強化」に軸を置いているという。

決済サービスやモバイルアプリを強化する動きも顕著であり、「J-Coin Pay」「Bank Pay」「銀行Pay」といったサービス群はその一環となる。モバイル対応強化の理由には、「若年層の取り込み」「ユーザーのタッチポイントの増加」「将来的なATMや支店統廃合に向けたコスト削減策の一環」などが挙がる。

2021年のキャッシュレス業界は、PayPayなどの資金移動業者のさらなる拡大と、銀行の新しいビジネスモデルがその話題の中心になると予想する。

過去数年に比べると地味な動きとなるが、より洗練されて普段使いのできるようなサービスが多数登場することになると考える。

実際、過去に本連載でレポートしてきた各社からは「2021年に多数の新サービスや新機能を発表する予定です」との声をいただいており、おそらくは1月の段階からこれら新サービスの紹介記事が並ぶことになるだろう。

注目の1つは1月にお披露目を控えている「ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)」の「みんなの銀行」で、モバイルアプリに主軸を置いているという点ではKDDIとMUFGの「じぶん銀行」に近く、いかに若年層をうまく取り込んでいくのかに期待している。

銀行Payの1つ横浜銀行の「はまPay」は同行のモバイル戦略強化の一環

一方で、PayPayを除くいわゆる「○○Pay」の事業者は独自の道を行くことになるとみている。もともと楽天ペイが顕著だったが、このサービスでは「楽天カード」「楽天ポイント」の2つを軸に独自の「楽天経済圏」を構築しており、どちらかといえばモバイルアプリを使った決済というよりも「楽天カード」をいかに使わせるかに注視しており、楽天ペイアプリの役割は「楽天キャッシュを含めた楽天経済圏の決済情報管理」にある。

このトレンドに追随したのがLINEで、同社は2020年にVisa LINE Payカードの発行を開始して以来、ポイント還元の軸をカード中心に移しており、決済の主軸はクレジットカードとなりつつある。このあたりの事情は別誌の「2020年のキャッシュレス業界 けん引したのは結局クレカ」にまとめてあるが、「○○Pay」の利用にあたって資金のチャージソースにクレジットカードを利用するケースが多いという事情もあり(ポイントの二重取りが可能)、日本のキャッシュレス経済がクレジットカード中心にまわる遠因にもなっている。

LINEは2020年に主軸をクレジットカード事業に移した。写真はVisa LINE Payカードの五輪限定デザイン

それ以外の事業者、例えばドコモの「d払い」やKDDIの「au PAY」についても、基本的にはクレジットカードとポイント経済圏を利用した囲い込みがその軸にある。

ドコモについてはd払いのソースの大部分がキャリア決済またはdカードということもあり、ほぼ「ドコモユーザーのための決済サービス」と位置付けになっていることが分かる。ドコモ口座問題の件では、dアカウントのキャリアフリー化が事件の直接の引き金となったが、決済サービスの側面においてキャリアフリーの恩恵はほとんど受けていないのが実情だ。

KDDIについてはもう少し事情が異なるが、同社ではauフィナンシャルホールディングスの名称で決済サービスや関連各社を1つに集め、決済サービスを含む金融事業全体を強化していく意向を示している。auユーザーがその中心である点はドコモと共通するが、組織改編を経ての成果が出てくるのにはもう少しかかると思われ、その点が楽しみだ。

キャリア2社はアプリの独自強化も進めている。d払いはO:derとの提携でテーブルオーダー機能にも対応

独自の循環経済圏を作るメルペイ

一連の○○Payのサービスの中で、個人的に毎回面白いと思っているのが「メルペイ」だ。

クレジットカードや“ポイント”のような仕組みこそないものの、そのバックとなっている「メルカリ」のユーザーを“囲い込む”さまざまな仕掛けがユニークだと考える。メルペイの残高チャージには提携銀行口座との接続のほか、Origami買収で得た全国の信用金庫との接続ネットワークが大きな役割を果たしている。

もう1つ重要なのが、メルカリでの品物の売却で得られた残高をそのままメルペイの決済に利用できる点で、つまり「メルカリで売り買いし、余った残高で普段のお買い物もできる」という、一種の循環経済圏を構築できている。

メルペイはQRコードやバーコードでの決済のほか、iDも利用できるため、店舗決済には比較的困らないという事情もある。

さらにユニークなのは、メルカリユーザーがそのままメルペイにスライドしているという事情から「女性比率の方が高い」「20-30代が最大のボリュームゾーン」ということで、他の決済サービスのユーザー層とほとんど被っていないことも大きい(他社は男性で30-40代が中心)。競争の激しい○○Payの世界だが、メルペイが独自のユニークな施策を実行でき、かつ今後も生き残る可能性が高いと考える理由がここにある。

メルペイ利用層の分布
メルカリとメルペイを巡る循環経済

女性がターゲットになると、いろいろ面白い傾向が出てくる。以前にクレジットカードではないオンラインショッピングや通販の世界を紹介したが、この購買層では「あえてクレジットカードを使わない(使いたくない)」「クレジットカードを使いたくても使えない」というニーズがある。典型的なものの1つが「メルペイスマート払い(旧メルペイあと払い)」で、手数料を支払うことで翌月一括または月々定額払いへと変更できる。

「手数料を払うぐらいなら最初からクレジットカード一括払いや残高支払いで済ます」という意見もあるかもしれないが、「メルカリで見つけた商品を(残高は足りないけど)その場ですぐ購入したい」「支払いを自分の好きなタイミングで行ないたい」というニーズがあるのもこの層の特徴で、関係者によれば「決済金額は月々多くて数万円程度」ではあるものの、メルペイスマート払いはうまくこのニーズにフィットしたサービスだといえる。

もう1つ面白いと思ったのが、昨年12月に発表されたホワイト急便(日本さわやかグループ)との提携で、同社直営のクリーニング店舗でメルペイを採用するだけでなく、「メルカリポスト」を設置して商品の発送までを行なえるようになった。

メルカリポストを設置した経緯として同社が説明していたのが、「メルカリで衣料品を出品する前にクリーニングに出すという習慣がある」ことに着想を得たもので、「だったらクリーニングと出品が一度に行なえて、さらにメルペイ残高でQRコード決済することで梱包用キットまで無料提供したら手間いらずだろう」と一連の流れを作ったことだ。ある意味で、PayPayとは異なる形でポイント経済圏とは異なる独自の経済圏を作っているわけで、メルカリという強力な基盤があってこその発想だと思う。

020年12月に発表されたメルペイ(メルカリ)とホワイト急便(日本さわやかグループ)との提携
ホワイト急便の直営店内にメルカリポストが設置され、クリーニングから出品までがワンストップで行なえる

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)