鈴木淳也のPay Attention

第65回

いい意味で「行列ゼロ」 人気レストランはコロナ禍をどう生き残ったか

中華そば 多賀野のラーメン。定番は醤油味のようだが、今回は塩味を選択。唐辛子によるピリっとした味付けもアクセントでちょうどいい

新型コロナウイルスの蔓延が、小売や飲食、サービス業にどのような影響を与えているのか、本連載でもたびたび触れてきた。筆者が「ロケスマ」の名称で全国規模の店舗情報サービスを展開するデジタルアドバンテージの協力を得て分析してみたところ(ITmediaの筆者寄稿記事)、100店舗以上を抱えるチェーン業態の飲食店について、2020年初頭から8月いっぱいにかけて1-2%程度の減少傾向が見られることがわかった。

一方で、飲食店でも近年厳しい状況に直面しているといわれる居酒屋とファミリーレストランについては4%以上の減少がみられ、業態による差が大きいことも分かっている。もちろん、チェーン以外の中小規模の飲食店について、本データに表れておらず、より厳しい状況に直面しているケースもあるだろう。

「1時間以上の待ち行列が当たり前だった人気店が、コロナを機会に突然行列がゼロになる」……そんなドラスティックな変化も、今回の新型コロナウイルスの影響下では実際に起きている。

もちろん、これはコロナを機会に突然お客が来なくなったというのではなく、ITの力を借りて営業スタイルを変えた結果、行列に並ばなくても人気店の料理を食べられるようになったというもの。今回はそうした事例を2つ紹介する。

人気ラーメン店の大行列がコロナを機会にゼロに

「中華そば 多賀野」は、東急池上線 荏原中延駅前にある人気ラーメン店だ。普通の主婦が子育て終了を機に1996年にイチから始めた店が、人気店として多くの常連客を惹きつけ、近年ではミシュランガイドのビブグルマンに4年連続選出されているなど、知る人ぞ知る店になっている。昨年末にはTVでも取り上げられたりと、東京下町の小さな店ながら、わざわざ遠方から尋ねてくる客も少なくない。

ランチどきの3時間しか営業していない店ではあるが、店主の高野多賀子氏によれば平日でも60人以上並んでいることもざらで、ある意味で地元のランドマークといえるほどの名物だったようだ。

東急池上線の荏原中延駅前にある「中華そば 多賀野」の店舗

だが、そうした状況も新型コロナウイルスの到来で一変する。感染者が出て話題が広がった3月以降も客足が途絶えなかったが、4月の緊急事態宣言を機に営業中止を決断する。皆が自粛モードになるなか、それでも店に顔を出してくれるお客はおり、テイクアウト業態での提供を続けることにした。

自粛期間が終わった6月に営業を再開したが、ソーシャルディスタンスがうたわれるなかで従来のスタイルのままで営業を続けるわけにはいかない。

そこで登場したのが入店待ち管理を行なうリクルートの「Airウェイト」だ。

Airウェイトでは来店客に順番待ちのための番号札を発行し、おおよその待ち時間を伝えることができる。スマートフォンなどを持っている客であれば通知を受けることも可能で、わざわざ店の前に並ばずとも指定の時間に店に戻ってくれば、ほとんど待機することもなくすぐにテーブルに着くことができる。

システム自体は営業再開直前の5月末に導入し、6月1日のオープンと同時に運用を開始した。手順としては、店の券売機で食券を購入してAirウェイトで番号を発券する。当初は常連やテイクアウトを目的にやってくるお客を中心にテストを行ない、取材時点まで4カ月をかけてさまざまな来店客に慣れてきたという状況だ。

若年層を中心に問題なく利用できる層もいる一方で、年配の方を中心に戸惑うこともあり、毎回来客には食券購入からAirウェイトを利用するところまで必ず声をかけるようにしたという。

店主の高野多賀子氏(右)と、同店で修行中の榮田潤悦氏(左)
営業再開後は席数も間引いている。待ち行列解消により、店内での飲食が行列のプレッシャーを感じなくなったという客の声もある

最大の効果は営業再開後に行列がゼロになったことだ。待ち時間の目安がわかり、携帯電話でQRコードを読み込めば来店を促す通知も受けられるため、自分の番がやってくるまで商店街をぶらついたり、近くの喫茶店で時間を潰すことも可能だ。特に遠方からやってくる客の場合、こうした待ち時間を無駄にしないのは大きい。

副次効果は、行列を防ぐという感染対策のほか、夏の熱中症対策ができたことだ。高野氏によれば2019年には行列待ち中の熱中症で3名が倒れたということで、今年の夏を行列ゼロで乗り切れたことは大きい。待機時間を喫茶店などの涼しい場所で過ごすことで「(夏の期間でも)温かいそばの注文が増えました」(高野氏)という。

また、オープン直前にふらりと店舗へとやってきて番号札を発行し、そのまま順番が来るまで自宅にいったん戻る地元客も出てきたという。

もともと地元客で多賀野のラーメンを食べたいと考えていても、行列を見て避けてしまうというケースが少なくなかったようだ。それが待ち行列を解消したことで、本来潜在的に抱えていたお客が店に戻ってきたともいえる。

入り口の券売機横に設置されたAirウェイト。毎回利用者に声がけを行なっているという

同店がAirウェイトを導入したきっかけは、高野氏の夫がネットサーフィンで行列問題を解消すべく捜し物をしていたところ、偶然発見したものだという。そこで現在同店で修行中の榮田潤悦氏に調査を丸投げして、セットアップまで行なってもらったというのが一連の流れだ。

IT関連の仕事からラーメン業界へとやってきた榮田氏が、Airウェイトを選んだ理由は「同じような仕組みが5万円や10万円という利用料だったりするなか、Airウェイトはベーシックなプランで月1万円とか安価だった」からだという。

そして感染や熱中症対策をベースに東京都品川区が出している助成金なども申請している。荏原中延駅前は商店街のアーケードが広がっているが、周囲の店舗のオーナーらは名物だった行列が突然消えた店に興味を持ち、実際に何をしたのか尋ねてくるケースも多かったという。

「行列がなくなるのは寂しい」という声もあったというが、現在のところコロナをきかっけにした改善策はうまく機能しているようだ。

コロナで落ち込んだ売上をいかに回復させるか

2カ所目は、東京の八丁堀や茅場町にほど近い新川で飲食店を営む「ワインバー杉浦印房」の話だ。この店舗がユニークなのは、店主の杉浦卯生氏は家業の印鑑工房を継ぎつつ、もともとの志向であった飲食店をスタートさせた点にある。ソムリエールである夫人の杉浦千里氏とともに、ワインと食事を楽しめる小さな食事空間「ワインバー杉浦印房」は2018年3月にスタートした。

ワインバー杉浦印房」の外観。控えめなワインとグラスのシンプルな看板がワンポイントになっている

まず本連載に直接リンクする話でいえば、同店ではオープン直後からAirレジとAirペイの組み合わせによる会計システムを導入しており、キャッシュレス決済に対応していた。ただし特にキャッシュレス対応は告知せず、お客に「クレジットカード使えますか?」と質問された段階でAirペイを提示するというもの。

店主の卯生氏は「やはり飲食店としては現金決済の方がありがたいのは確か」と本音はいうものの、利便性を考えてカードは特に問題なく使えるようにしていたという。ワインという単価の高い商品を扱っていることもあり、客単価も5,000円から1万円程度と比較的高い。そうした理由もあってか、「現金決済とカード決済で半々程度」(卯生氏)というように、他店と比べても非常にキャッシュレス比率は高い。

店主の杉浦卯生氏(左)とソムリエールの杉浦千里氏(右)

話題をコロナに戻すと、同店が開店2周年を迎える今年の3月、世間ではコロナによる不穏な空気が漂い始めていた。陽性患者の出現報告は他国より早かったものの、3月はまだ日本では感染拡大がそれほど深刻になっていなかった時期。一方で欧米を中心に感染拡大が社会問題になり始め、ロックダウンを実施する地域が続出し始めた。

卯生氏によれば、できるだけ被害が先行する海外の情報収集に努め、日本の公式なアナウンス関係なく今後どう動くべきか、この時期に真剣に考え始めたという。実際、東京都からの緊急事態宣言に関する前段階のアナウンスは3月31日だが、同店では3月いっぱいで席数を制限した営業を切り上げ、4月1日からテイクアウト専門店にいったん業態を変更することを決意した。

ワインの選択だけでなく、料理の評価も高い同店だが、単純にいま出している料理をそのまま持ち帰ってもらうだけでは本当の意味で楽しんでもらえない。そう判断し、テイクアウトとして持ち帰ってから食べても店の雰囲気が味わえ、かつ汁物などの温めてそのまま楽しむタイプの商品でなければ、最小限の真空パックや、タッパーウェアで持ち帰ってもらう方針でメニュー開発がスタートした。

実質的に3月後半に準備を始めてから数日でテイクアウト業態への転換が行なわれた。商品の税込み価格を500円、1,000円、1,500円単位で切りそろえたのも、すぐに受け渡しが可能なことを考えてのものだという。同時に、それまでAirペイで利用してこなかった電子マネーも解禁した。テイクアウトでは商品単価が下がるため、クレジットカードではなくSuicaなどの電子マネーを使いたいという要望に応えるためだ。

「お金に直接触りたくない」というムードもあり、この取り組みは喜ばれたという。

またテイクアウトは従来のイートイン業態ではなかった軽減税率の対象となるため、このあたりの切り替えではmPOSのAirレジが活躍している。イートインでの店舗営業自体は7月に再開されているが、テイクアウトも引き続き提供されているため、こうした混在状況ではPOSの存在は大いに役立つ。店舗の広さ自体が専用のレジを置く余裕もないため、mPOSのようなタブレットと小さな決済端末の組み合わせで一通りの作業ができる環境というのは非常に便利なようだ。

メニュー表。写真にメニュー名が書かれたもの
入り口にあるテイクアウト用メニュー。自粛営業時はテーブル席のエリアを潰してテイクアウト客の待機スペースにしていたという

杉浦印房で話を一通り聞いて面白いと思ったのが、コロナを機会に矢継ぎ早にアイデアを出して新商品やサービスを投入し、減少した売上を補いつつ、次のステップを目指している点だ。

ワインバーということもあり、夜間営業のみだった同店だが、テイクアウト開始を機に夕方の時間帯にシフトしており、7月の営業再開後も自粛要請に合わせて深夜営業は中止。そして取材した9月末時点では深夜0時までの営業に拡大した状態でとどまっている(もともとは深夜2時までの営業だった)。5月には独立開業準備中のブーランジェリー経験者を迎えての金曜限定のパン販売を開始し、6月には通販も開始した。

通販を始めたきっかけは「自粛期間中だし、この時期にあえて電車に乗ってまでお店に行きたくない」というお客の要望からということで、当面は既存の流通チャネルに乗せてメインにするようなことはないという。一方で、卯生氏は独立前に食品物流の仕事をやっていたということもあり、流通における問題や可能性なども熟知している。

「通販については、商品の供給も含めた準備が整った段階でターゲットを絞って展開していく」と同氏は述べている。座席数減少や営業時間短縮、そして人の往来そのものの減少も経て目減りした売上は、前出のパン販売なども合わせ、少しずつプラスアルファの要素を積み重ねて売上を回復させているのが現状のようだ。通販はもともとの事業計画にあったというが、そうした新しい試みはコロナを機会に一気に進んだ印象を受ける。

店舗前の立て看板。自家製パンの販売サービスを毎週金曜日限定で行なっている
「ワインバー杉浦印房」のサイト。メニュー紹介や通販情報のほか、Blogを通じて店のスタートから現在の営業状況まで、情報発信を行なっている

今回の一連の取材のきっかけは、リクルートでAirペイの取材を行なっていた最中に「コロナ禍でこれらサービス(Air ビジネスツールズ)を使っているクライアントはどのように苦境を乗り越えているのか」と質問したところ、先方が興味深い事例をいくつか紹介してくれたことから始まっている。

紹介した多賀野と杉浦印房の2店舗以外にも、いろいろ工夫をもって苦境を乗り越えている中小の飲食店や小売店は多いと思うが、機会があったらまた本連載の中で紹介させていただきたい。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)