鈴木淳也のPay Attention
第62回
JR東日本の「QRコード改札」を技術面から考察する
2020年9月11日 10:01
先日、実証実験がスタートしたJR東日本のQRコード改札のテスト風景を動画付きで紹介した。
QRコード改札とはいっても、実際には「改札の読み取り機にQRコードをかざしてうまく通過できるか」というユーザー体験部分やインターフェイスの検証がメインであり、これ自体はシステム的には現行のSuicaや磁気切符となんら連動するものではなく、このシステムの導入をJR東日本が決定したわけでもない。現状の改札の形状と“仕掛け”が、どのように利用者に影響を与えるのかを知るだけだ。
QRコード改札というと、「通過に時間がかかる」「QRコードの取り出しや認識で手間取って滞留を起こす可能性がある」という心配がなされるが、読者の方々が一番知りたい部分だろうということで、テスト風景を伝える写真と、実際に反応速度や距離、角度などが分かる動画を添えて、このあたりの判断材料としてもらえればというのが前回の記事の趣旨だ。
今回はもう少し踏み込んで、技術面からこのあたりのバックグラウンドや、今後どのように駅の改札が変化していくのか、筆者の過去の取材を基に検証していく。なお、これはあくまで筆者の分析と予想であり、JR東日本が何かこの点について言及したわけではないことをあらかじめお断りしておく。
なぜQR読み取り部とICカードタッチ部が分離しているのか
おそらく多くの方が記事中の写真を見て抱く疑問の1つは「なぜQR読み取り部とICカードタッチ部が分離しているのか」というものだろう。
ICカードの読み取り部が斜めになって配置されている件については、今年2月に新南口に新型改札が試験導入されてから現在にいたるまでさまざまなフィードバックが寄せられており、JR東日本によれば「肯定的な意見も否定的な意見も両方あった」というように、まだまだ改良の余地があることを示唆している。一方で、QRコードリーダー部分は今回の実証実験のタイミングで始めて設置された。まだフィードバックを得られるほどの利用されていないが、1時間ほどの現地での取材中、この改札のQRコードリーダー部分にICカードやスマートフォンをタッチして通過しようとして引っかかっている乗客を何人も見かけており、混乱をもたらす構造であることは間違いない。
これを見て当然浮かんでくるであろう疑問は、「なんでQRリーダーにICカードのタッチ機構を付けなかったの?」だ。今回採用されたデンソーウェーブ製のQRコードリーダーだが、形状を見ても分かるように一般的な小売店のレジに設置されているリーダーに近い外観をしており、その発展系であることが分かる。
店舗用QRコードリーダーには非接触ICカード読み取りにも対応した「QK30-IC」というモデルがあり、仕組み上は両者の共存が可能だ(アンテナは筐体の外周部に設置されている)。ゆえに、技術上の問題で2つのリーダーが1つの改札に取り付けられたわけではないことが分かる。
JR東日本研究開発センターのフロンティアサービス研究所主幹研究員で企画・駅サービス設備グループリーダーの石田拓司氏によれば、例えばおサイフケータイなどNFC機能を持つスマートフォンの画面にQRコードを表示させて両者が一体化したリーダーに近付けた場合、「QRコードを認識するより先にNFCが必ず反応してしまう」ということで、反応速度の差からQRコードが優先されにくい事情がある。
また、NFC対応スマートフォンでなくても、そのケースなどにSuicaを挟んでいた場合など、やはりQRコードより先に反応してしまうようだ。
iPhoneでPassbookがリリースされた際に「飛行機のQRコード搭乗券を画面に表示させてゲートの改札にかざそうとしても、iPhoneのNFCが先に反応してしまいApple Payの画面に切り替わってしまう」という問題があったが、それと同じことが起こると考えていい。しかも、AndroidのおサイフケータイやApple Pay Suicaの場合はかざした時点でそれが使われてしまうため、QRコードが利用しづらくなる。
興味深いのは、今回取材時点で用いられたのはQRコードが印字された切符サイズの紙だけだったにもかかわらず、質問に対する回答でスマートフォン関連の言及が多かったことだ。
JR東日本の公式見解では「今回の実証実験はチケットレス化の流れの中で、その可能性の探るものの1つ」という位置付けであり、QRコードが表示されるものであれば問わないというもの。
サンプルとして提供されたのは2種類のサイズの切符だが、例えば普通にプリンターなどに印刷したQRコードでもいいとのことだ。スマートフォンもアプリ上でQRコードを表示させたり、あるいはメールやSMS経由でQRコードの画像やPDFファイルを送信し、それを表示させて通過ということも考えられる。
難しいのは、このように複数の種類の媒体を受け入れるにあたり「紙に印刷されたQRコードを読み取るには光を当てる必要があるが、逆にスマートフォンでは光がスクリーン表面で反射してしまい、QRコード認識に時間がかかるケースがある」(石田氏)ということで、さまざまな条件を想定する必要があるようだ。
私見だが、画一的なICカードのみならず、FeliCa検定などの厳しいテストを経てスマートフォンでの“タッチ”も受け入れているSuicaを、QRコードの仕組みで置き換えることは速度面で現実的ではないというのは確かだ。認識精度や速度が上がったとはいえ(読み取り可能範囲が従来比で2倍になっている)、それでもなおICカードには及ばない。
QRコード切符をどのように処理するのか
今回のテーマに合致するSuicaの話題は本連載で過去3回ほど取り扱っているが、まずQRコードに向かう理由の1つとして挙げられるのが「コスト面」で、従来の磁気切符を置き換える手段の有力候補となっている。
ただ、3つめの記事でも少し触れているように、JR東日本はオープンループ的な仕掛けの導入にあまり積極的ではなく、同時にこのようなQRコードリーダーを組み込んだ改札システムを一気に広げるつもりはあまりないと推察している。ゆえに、仮にQRコード切符が近い将来採用されたとしても、主要駅を中心に改札の一部がリプレイスされる一方で、磁気切符やそれを処理する改札機は残ることになり、結果として「ICカード」「磁気切符」「QRコード」の3種が当面は混在するチケット処理システムになると考える。
JR東日本がQRコード改札を検討する理由。QR採用は退化じゃない
また、今回の実証実験はあくまで「改札を通過する」という点に特化した関係でQRコード内にどのようなデータが包含されるかまでは練られていないが、仕掛けとして「ユニークIDを埋め込んで、それを改札で判定する」という仕組みを採用している。QRコード切符が将来の「Suica」になる?の記事でも触れているが、これはいわゆる「SuicaのID化計画」の延長線上にあると筆者は考えている。
磁気切符では「複製が容易ではない」ということを前提に、入場駅や料金、日付など改札通過に必要になるすべてのデータが書き込まれているが、複製が容易なQRコードではこの方式は採用できない。そのため、各々の切符(デジタル切符を含む)のQRコードにユニークIDを埋め込み、それと対となる乗車券情報をサーバ側で管理し、改札通過のタイミングで問い合わせがあるたびに突き合わせを行なう方法が適当だとみられる。
難点としては、ユニークIDの挙動をすべてリアルタイム監視する必要があることで、例えば特定のユニークIDを持つQRコードが改札を通過した場合、それがいずれかの駅の改札を出るまでは、“同じユニークID”での改札入場を認めないという仕組みを構築する必要がある。これにより、同じユニークIDを持つQRコードをいくら複製しようが、それを何度も再利用したり、あるいは複数人が同時に同じ切符で移動することを防げる。
問題は、このシステムを実現するためにはすべての改札(駅)がオンライン接続され、中央のサーバとリアルタイム通信を行ない、突き合わせが行なわれている必要がある点だ。
現在のICカードのシステムでは、改札の処理情報はいったん駅のサーバに蓄積され、一定周期で中央の処理センターと接続されて同期が行なわれ、無効化されたICカード(ネガティブ)情報を取得したり、収集していたICカードの金額や決済情報をアップロードして集計を行なう。ICカード紛失後の無効化や再発行に時間がかかったり、Web上でデータを参照する場合に情報反映に多少ラグがあったりする理由はここにある。
ICカードの残高がサーバだけでなく、ICカードのチップ上にデータとして残っている(「Value」と呼ぶ)ことで、こうしたローカル処理が可能となっている。もともと反応速度向上のための仕掛けではあるが、近年のネットワーク処理技術の向上により中央管理型のシステムにおいてもある程度の速度が出せるようになったこともあり、「違和感なく導入できるのではないか?」というのが前述の記事の趣旨だ。
今回の実験では、新宿駅のローカルサーバ上に改札通過が可能なユニークIDがあらかじめ登録されており、QRコードで通過が行なわれようとしたタイミングで改札が問い合わせを行って両者の突き合わせするという流れになっている。
つまりローカルネットワークで閉じたクローズドループだが、将来的に駅間を移動するQRコードが登場した場合、中央の処理センターとオンライン接続してユニークIDの挙動を管理したり、あるいは駅間通信で定期的な同期を行なったりする仕組みが必要になるため、何らかの形で従来のSuicaとは異なる仕組みを採用せざるを得ない。
もし後者の駅間通信を行なう場合は、データ量を減らして負荷を下げるために「本日使われる可能性のある切符情報のみを駅のローカルサーバに事前に保持」「改札通過が行われたQRコードのユニークIDのみを最速のタイミングで通知」といった手順を組み合わせることで、完全なリアルタイムではなくても似たような仕組みを実装できる。
いずれにせよ、QRコードの改札への導入は、これまでの磁気切符ともSuicaとも異なるシステム体系を検討しなければならず、それを導入するための布石となる。仮に日本全国がすべてがユニークIDで処理できるようになれば、いずれは磁気切符も不要となり、Suicaも「SF(Stored Fare)」として自身でValueを保持する必要はなくなり、管理体系はよりシンプルになる。
また前述の記事中では大阪メトロの顔認証ゲートの話題にも触れているが、ID管理体系への移行は応用例も広く、さまざまな改札通過手段を利用者に提示することが可能だ。鉄道を含む、公共交通機関を乗り継いでシームレスに移動する社会到来への布石でもあり、このあたりを夢想しつつ次の10年の交通事情の変化を追いかけていきたい。