鈴木淳也のPay Attention

第52回

「セミセルフ」と「キャッシュレス」が急激に増えた背景

完全キャッシュレス型のセルフレジの例。欧米ではよく見かけるタイプのものだ]

以前のレポートで、「セルフレジ」や「セミセルフレジ」の興隆のなかで「現金自動精算機」の市場が拡大しつつあることを紹介した。キャッシュレスの潮流から考えれば逆行するトレンドにも思えるが、今後5年や10年先の世界においても現金そのものを取引の場からなくすことができないのであれば、少なくともその部分だけでも効率化を進めようというのは自然の流れ。また多くの小売店で現金決済比率がいまだ7割前後の水準にあることを考えれば、現金の受け口というのは当然あって然るべきだとも思う。

今回は、このキャッシュレス化への取り組みで縁の下の力持ちとして活躍する「寺岡精工」を紹介したい。前述のレポートでも触れているが、10年前に市場に参入して「セミセルフレジ」の原型を作り出し、長きにわたって普及活動に努めてきたのが同社だ。

昨今、クレジットカード取引のIC対応義務化に合わせて既存小売事業者の機材更新が進んでいるが、同社「TERAOKA」のロゴが印刷されたPOSや決済端末を見かける機会が増えていないだろうか。また、キャッシュレス化の流れの中で新たにクレジットカードや電子マネー、QRコード決済導入を進めるスーパーが増えてきているが、やはり「TERAOKA」ロゴは健在だ。

私事で恐縮だが、筆者がお気に入りで通っているラーメン屋のレジや自動券売機も最近「TERAOKA」製のものとなった。特に後者については、それまでの無味乾燥な商品名が書かれたボタンが並んだものではなく、タッチパネルを導入したより分かりやすいものとなっている。

筆者お気に入りのラーメン屋の1つAFURI(阿夫利)では最近になりすべて寺岡製の券売機となっている

この最新ビジネス概況と市場トレンドについて、寺岡精工ペイメントポータル事業部事業部長の杉山悟氏に話をうかがったので、同社の大崎にあるショールームの様子と合わせて紹介していく。

「セミセルフレジ」のアイデアはどこから出てきたのか?

通常の「セルフレジ」であれば、商品のスキャンから会計までをすべて客が行なう。だが、「セミセルフレジ」では商品のスキャンを店員が行ない、会計のみを専用端末で客が行なう「分離方式」を採用した点に特徴がある。「セミセルフレジ」市場の草分けを自負する寺岡精工だが、これが登場した背景について杉山氏は次のように説明する。

寺岡精工ペイメントポータル事業部事業部長の杉山悟氏

「2010年からセルフレジの提供を始めていますが、(お客がすべての処理を行なうという)フルセルフの仕組みは以前からありました。セミセルフというのは、商品の登録はプロの店員が行なうという仕組みです。一般に、商品登録の時間と精算にかかる時間は半々くらいですから、その精算にかかる半分の時間をなくすことで、単純に並ぶ時間を半分にできるというアイデアです。ところが初年度の評価はそれほどでもなく、『お客様に何をやらせているのか』『店員とのやり取りや会話とか、対面での最後の“ありがとうございました”があってこそのものだろう』という声も多く、肝心のやり取りをセルフで置き換えるのは考えられない、というのが日本では中心だったのです。そのため、初年度では1年かけて2企業……つまり2店舗しか採用されないという状態でした」(杉山氏)

2000年代後半に入って欧米でセルフレジが出始めたころ、この仕組みに興味をもって取り入れに動いた国内業者は少なからずいた。しかし、セルフレジそのものが広く受け入れられたとは言い難く、なかなかブレイクしない状況が続いていたというのは、以前のレポートでも紹介した通りだ。

「一気に変わったのは、それから2年が経過した2013年です。スーパーでは夕方くらいの時間帯になると並ぶ列がすごい状態になり、『だったら帰ろうか』という人も出てくるわけです。そこで(スーパー)各社のチャレンジが始まり、その次に人手不足の波がやってきたのです。行列を捌くためにはレジが必要だが、レジを増やしても店員を増やせない。ならば“店員を減らしてでもレジを増やす”という考えです。その流れで一気に採用店舗数が増えました」(杉山氏)

対面に店員がいながら、客がすべての処理を行なう「対面セルフ」と呼ばれる仕組み
こちらは前出ハッピーセルフの小型版。典型的なセルフレジの形態となる

因果関係の説明は難しいが、以前のグローリーのインタビューで担当者は「市場に可能性があると分かると、大手メーカーが参入してきて盛り上がった」と感想を述べていた。

だが寺岡精工の認識では、大手が参入してくる以前に市場としてはすでに盛り上がりを見せていたという。例えば、大手スーパーなどで東芝テック製品を採用するケースは多いものの、寺岡精工では地域スーパーを中心に全国に広く拡大しており、そうした見え方の違いもあるとしている。

また初期から製品を手がけていたため、顧客のフィードバックを得て製品の改良を進めていたり、精算機能における特許を取得していたりと、同社独自の特徴を備えているという。「一例ですが、セルフ導入以降に“お釣り”の取り忘れが増えましたので、これを音で教えるとか、そういった機能です。競争原理も大事ですが、長年積み重ねてきた蓄積もあるのです」と杉山氏は説明する。

「タッチ決済」対応も視野に

そして「キャッシュレス」だ。「キャッシュレスを推進する」という概念が国の政策として定められたのは2018年4月に経済産業省が出した「キャッシュレス・ビジョン」にさかのぼるが、この少し前の時期には日本国内でApple Payがローンチされたり、電子マネーに対応する小売店が増えるなど、キャッシュレス決済の使い勝手が大きく向上するイベントが続いたことが挙げられる。

寺岡精工自身は2016年より“キャッシュレス”に関する事業を開始し、2017年に米国の決済端末メーカー「Verifone」の国内代理店として同社端末を組み合わせたキャッシュレスソリューションの提供を始め、現在へと至っている。杉山氏自身も3年前くらいからメディアでの講演でたびたび啓蒙活動を続けており、取扱高が過去2年間で10倍に急増したという。

QRコード決済にも対応する寺岡精工のセルフチェックアウトレジ

「われわれの主力はPOSですが、もともと電子マネー対応もなく、現金の取り扱いが中心で、クレジットカードやポイントカードの処理も店員側で行なっていました。それが(Verifoneの)マルチ端末の登場により、すべてお客様自身がその処理を1台の端末で完結できるようになったのです。不正防止のためにグローバルで規格化されているIC対応も、これまでの仕組みではできなかったものが、マルチ端末登場により可能になりました。問題なのは、IC対応の中でPOS内部にデータを残すのが禁止されたことです。例えば決済ブランド付きポイントカードがあった場合、JISの規格では磁気部分にポイントIDやカード番号まですべて書かれているため、そのまま(磁気ストライプで)ポイントカードを読み込もうとすると、すべての情報がPOSに残ってしまいます。そこで、IC化に合わせて処理を“外回り”に変更し、決済そのものは“外回り”で処理しつつ、ポイントIDなど必要な情報だけをPOSに戻してくる仕組みを採用しています」(杉山氏)

「外回り」や「内回り」は決済における用語だが、POSに接続されたシステムにおいて、決済情報をPOSの内部で処理してセンター側とやり取りを行なう方式を「内回り」と呼んでいる。

「内回り」は顧客情報の参照などPOSに絡めたさまざまな機能が利用できる反面、情報保持やセキュリティの厳格性の担保が重要になるため、加盟店側の負荷が大きい。そのため、一般には大手チェーンなどできめ細かいサービスを提供する場合に採用される。一方、「外回り」は決済情報そのものはPOSを暗号化された状態でパススルーし、そのまま処理センターへと送られる。「内回り」ほど細かい制御はできないものの、加盟店側の負担が少ない点が大きい。

寺岡精工が流通分野でターゲットとする地域スーパー、専門店、お土産屋といった店舗の経営体力を考えれば、「外回り」という選択肢が自然だ。

クレジットカードの3タイプの処理が可能なマルチ端末。いわゆる「3面待ち」が実装されている

実際、POSとともにキャッシュレス決済を提供することで、どれだけ(キャッシュレス決済の)利用は伸びているのだろうか。

キャッシュレスの地域差のようなものがあるか杉山氏に聞いてみたところ、「それほどなくなってきている」という。現在、月の決済件数は2,000万件で、導入店舗の拡大とともにその数字は伸び続けている。利用の多くはクレジットカードで全体の70%以上。それに交通系ICカードが続く。

ただ電子マネーは地域差がそれなりにあるようで、JRでSuica未対応エリアにあたる仙台以北では交通系ICの利用が急減するという。

イオンの利用が多い山形県ではWAONの件数が多く、逆に青森では楽天Edyが多くなる。その理由は、以前に青森空港でEdyのキャンペーンが行なわれ、カード所持者が多いことに起因するようだ。ゲートウェイを開発してからはQRコード決済もサポートしているが、全体としては7-8%程度。新型コロナウイルスの影響で現在こそ減ったものの、中国系の決済サービスの利用もそれなりにあるという。

では、同社の顧客で新型コロナウイルスの影響はどの程度あったのだろうか。飲食店の場合、昨年2019年12月をピークに、そこから緊急事態宣言が出た瞬間に決済金額が下がる現象がみられた。一方で、スーパーはそうした状況にもかかわらず堅調に伸び続けており、業態による影響が如実に表れていると杉山氏は指摘する。同社全体でみれば、飲食業態そのものは取扱金額がスーパーの10分の1程度なため、大きな影響はないという。流通でいえばホームセンターも同社の顧客であり、その点も大きかったようだ。

また“接触を避ける”という理由から、クレジットカードなどを使った「タッチ決済」の導入希望も増えている。特にスーパーなどの業態では暗証番号もなく、さらなるスピード会計が可能になるため非常に関心が高いという。

ただ、現状で寺岡精工が取り扱っている2万数千台の端末は、ハードウェア的にはNFCの「タッチ決済」には対応しているものの、同社からのサービスは提供できていない。「時期は明言できませんが、包括契約で必要なイシュア側の承認があと1-2社取れれば、お客様の要望で一気にバージョンアップで対応可能な状態まできています。プログラム的にはすでに対応していますので、あとはプッシュしている先方の反応しだい」と杉山氏は説明する。これにより『3面待ち』が可能になるため、「磁気の利用は推奨しないため小さく表記していますが、(タッチやIC、磁気)利用の指示が画面に表示されます」(杉山氏)という。

「3面待ち」において、推奨されない磁気カード決済は小さく表示され、他の決済手段がハイライトされる

コロナ後の“ニューリテール”を提案する

増え続ける寺岡精工のPOSだが、選ばれる理由として「いくつもファクターはあるが」と杉山氏は前置きするものの、「対応の素早さ」をその1つに挙げている。

前述のセミセルフレジへの取り組みをはじめ、IC対応ソリューション、3面待ちの提供など、比較的早い時期に手をつけて改良を重ねてきた点が大きいのだろう。そのため、今回のIC対応義務化のように“あるきっかけ”さえあれば、ブランドごと他社製POSから寺岡精工の製品に乗り換えてしまうケースも珍しくないという。

同社では本来決済端末のみの一括提供は行なっていないが、政府のポイント還元施策に合わせて中小事業者にキャッシュレス対応の資金補助が出た際には、5,000台の端末の無償提供なども行なった。

寺岡精工のPOSや自販機は競合他社に比べて安価ということが知られているが、これだけが導入を後押しする理由ではない。その製品開発のユニークさにも大きな特徴がある。

例えばラーメン屋の自動券売機の置き換えでは、新製品は従来の食券機のイメージを覆すフルサイズのタッチパネル端末となっている。画像要素のリッチ化や多言語対応に加え、メニューを時間帯や操作する人物によって変更が可能だ。

画像データ自体はローカルにあるものの、データはクラウド連動しており、時間帯や季節に応じたメニューの変更に柔軟に対応できる。例えばトップ画面で言語に「英語」を選択すれば、外国人向けのメニューをプッシュする構成に変わったりといった感じだ。

チェーン展開しているラーメン屋に対し、「精算業務まで店員が行なうと追加で人員が必要になるので、それならば無人化で効率化してしまいましょう」というセールストークを展開する。アイデア的にはスーパーにおける「人手不足」と一緒だ。このほか、フードコートでの「食品ロッカーサービス」や、新型コロナウイルス時代の接客を意識したカウンター向けのシールド製品、レジ袋有料化に合わせた「自動レジ袋販売システム」など、ユニークな製品提案が次々と行なわれている。

飲食店向けの自動券売機ソリューション
レジ袋有料化を見込んだ自動レジ袋販売ソリューション

こうした同社のユニーク提案の1つが「Shop&Go」だ。「レジに並ぶ感覚をゼロにする」というのがコンセプトで、買い物の最後に精算機があり、そこまで含めて全部客自身が商品を手に取ってスキャンし、精算から退店まで無人で行なう。

最近ではカートをインテリジェント化した「スマートカート」を採用する店舗がいくつか日本国内でも出てきているが、Shop&Goでは手持ちのスマートフォンにアプリを入れて買い物を続けていく。イメージ的にはコンビニのローソンが提供する「スマホレジ」の機能に近いかもしれない。

寺岡精工ならではのユニークな点として、商品バーコードのない果物や野菜、量り売りの惣菜といった商品も買い物対象にできることが挙げられる。もともと“はかり”のメーカーとしてスタートした寺岡精工ならではだが、ドイツのBizerbaのように肉などのスライサーと“はかり”のメーカーが自動パッケージングの機器やPOSの分野に進出しているケースを見る限り、業務効率化の到達点として「POS」「キャッシュレス」「新しいリテール店舗の提案」といったソリューションに目を向けるのは自然な流れなのかもしれない。

Shop&Go利用の基本形態。カートにマイバッグとアプリを入れたスマートフォンをセットして買い物をスタート
手に取った商品は自分でスマートフォンのカメラでバーコードをスキャンしてマイバッグに投入。未成年購入不可な商品は警告が表示される
量り売り商品もサポート
バーコードのない生鮮品でも重量計測で個数を自動算出
会計はスマートフォンアプリに溜まった情報をQRコードで読ませることで行なう
寺岡精工が過去に提供してきた“はかり”製品がショールーム内に陳列されている
自動パッケージング装置も提供。こうしたバックヤード向けの製品も多数抱えている

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)