鈴木淳也のPay Attention

第47回

日常使いの急増でカードの“タッチ決済”の普及は進む

“タッチ決済”に対応したVisaカードの例(出典:ビザ・ワールドワイド・ジャパン)

セブン-イレブン店舗で今年6月以降にVisa、Mastercard、JCB、アメックス、ダイナースクラブの5社のクレジットカードなどでの非接触決済(NFC Pay)に対応するという話題を皮切りに、いわゆるEMV Contactlessの動向について3月に紹介した。ここでの話題の中心は「東京五輪の公式スポンサーでもあるVisaが主体となって、アクワイアラ経由で有力小売店の非接触対応を進めている」というものだったが、東京五輪延期の正式発表前の話題であり、原稿執筆時点から3カ月近くが経過して事情が変化している。

今回はこうしたVisaの非接触(タッチ)対応における最新の取り組みに関して、ビザ・ワールドワイド・ジャパンでマーチャント・セールス&アクワイアリングを担当する山田昌之氏、コンシューマーソリューションズ部長の寺尾林人氏、データ・ソリューションズ ディレクターの田中俊一氏の3名にオンラインでのインタビュー形式で話をうかがった。同社の現在の取り組みならびに、今後の課題についてまとめてみたい。

日常使いでの利用が進む

TV CMや街頭広告など、Visaの“タッチ決済”に関するプロモーションが増えたと感じている人がいるかもしれない。実際に周囲でも“その環境”は整いつつあり、それはデータにも表れている。

具体的には3月末時点での日本国内でのタッチ対応Visaカードの発行枚数は2,390万枚で、同決済に対応した(POSや決済ターミナルなどの)端末数は2019年12月末時点で前年同期比3.8倍となっている。後者はVisaが加盟店経由で集計した情報であり、具体的な数は不明なものの、その普及スピードが比較的加速していることは想像できる。

詳しくは後述するが、これは国の施策でクレジットカードなどキャッシュレス対応を進める加盟店が増えたほか、すでにカード決済を導入している店舗も、IC対応や機材更新の過程で端末がクレジットカードのタッチ決済に対応したり、あるいはPOSソフトウェアをもって切り替える準備が進んでいるという状態を意味している。

過去1年間の日本国内での“タッチ決済”対応Visaカードの発行枚数推移(Visaの集計を基に筆者作成)

過去には「鶏と卵」論争でインフラ整備が進まないことを嘆かれていたが、このように現在は“環境”が整いつつあり、より「どの程度活用されているのか」にスポットが当てられつつある。

「Visaでは日常利用を重視しており、こうした日常使いの加盟店が増えているなか、特に直近でスーパーでの利用が増えていることが大きい」と山田氏は説明する。例えば、2019年10-12月の3カ月間だけで決済が3倍に増加しており、ここ最近ではその動きがさらに加速しているという。

スーパーでの利用が増えた要因は2つ挙げられる。1つは前述のように2019年10月にスタートしたキャッシュレス決済でのポイント還元施策に合わせ、昨年度のタイミングでカード決済を導入したり、機材更新で決済手段を増やす店舗が増えている。

典型的なのは昨年3月からIC対応と並行してEMV Contactlessの系列を含む全店への展開をスタートさせたイオンで、筆者が把握している範囲ではほぼすべての店舗で対応が進んでいる。また、これまでカード決済そのものを導入していなかった、エブリイ、Fresco、Jasonといったスーパーもまた、キャッシュレス対応と同時にEMV Contactlessを導入しており、地域展開が中心の中小スーパーにおいてもその領域をカバーしつつある。

3面待ちによるICと非接触対応が行なわれているマルエツプチ

理由の2つめは、新型コロナウイルスの流行にともなう利用者行動の変化だ。寺尾氏によれば、人の移動や外出が制限されたことで航空/運輸、旅行/宿泊、飲食といった業態での取引額が大幅に減少する一方で、スーパーやコンビニ、ドラッグストア、そしてオンライン上での決済は活発となり、取引額全体での影響は軽微または逆に増加している傾向がみられるという。緊急事態宣言が出された4月以降の最新データがないのが残念だが、今年3月までの“タッチ決済”の取引数の伸びは昨年同月比で400-450%となっており、実質的に5倍以上の急速な増加ペースになっている。

以前の記事にもあるように、スーパーにおけるキャッシュレス対応は手数料問題もありシビアな環境にある。こうした状況でなおカード対応が進む背景には「決済時間の短縮」による回転率の向上もあると山田氏はいう。

会計のみ別ラインで行なうセミセルフレジの導入が進んでいるが、このように時間のかかる会計を分離することで夕方などのラッシュ時の混雑を軽減できる。さらに、タッチ決済であればICチップや現金の場合と比べても処理時間が短く効果的だ。日本の場合、Visaの基本的なルールでは1万円以内の会計については「PINコードなし」での決済が可能であり、カードを“かざす”だけで支払いが完了する。これが認知されれば、さらに利用が広がると筆者は考える。

このように利用可能な環境が整い、店頭のステッカーやPOSにおける表示などで徐々に店頭での認知が進むことで、さらに利用が進むという循環で拡大ペースが増加しているのも大きいと山田氏は指摘する。

外食ではマクドナルドが比較的早期に対応したことが知られているが、最近ではゼンショーグループ全体での導入が進んでいるほか、ドトール系列やタリーズなどのカフェでの利用も可能になっている。コンビニエンスストアではローソンが先行していたが、これにポプラと系列の生活彩家、イオン系列としてミニストップ、そして6月以降はセブン-イレブンが続く。「これで実質的にコンビニ市場の8割近くがカバーされる」(山田氏)という。

百貨店ではまだ京王百貨店がカバーするのみだが、前出の流れでイオンモールでの導入が進むほか、森ビルや三菱地所などの商業施設での対応も進んでいる。中小規模の店舗ではSquareなどのmPOSが標準でサポートし、経済産業省のキャッシュレス対応プロジェクトと合わせて導入を後押しする。

日本郵便のキャッシュレス導入におけるEMV Contactless対応は以前にも報じたが、新型コロナウイルスの影響で当初計画よりは遅れているものの、今後残りの8割にある8,500局の郵便局での対応が進んでいく。このほか山田氏が挙げるのはコカコーラの自販機やJapanTaxiのタブレットでの対応で、おそらくは外国人の目につきやすいポイントがカバーされることになる。

地道な活動ではあるが、利用できる場所が増えてロゴが目につくようになり、2,300万枚以上という人口規模で2割以上をカバーするほどにカードが発行されることで、地方都市でも利用が進むようになる。こうした状況を受け、さらに導入店舗が増え、利用者もその機会を得てさらに“タッチ決済”を活用する機運が増すというサイクルが生まれつつあるのが現状だ。「これで東京五輪があればさらに……」(山田氏)という目論見もあったようだが、少なくとも2020年の開催は延期され、来年2021年の動向はまだ見えていない。せっかくの大きな宣伝機会を逃した格好だが、少なくともそれに向けて準備した下地はなお生きている。

大手チェーンや地方スーパーのほか、mPOSなどを通じて中小小売店でも“タッチ決済”の導入は進む(出典:ビザ・ワールドワイド・ジャパン)

“タッチ決済”普及の課題

ここまでの話題は主に新型コロナウイルスの影響が直接生活に波及する今年3月くらいまでのトピックが中心だが、やはり疫病による利用者の決済動向変化や小売店への影響は免れない。

IC対応などもあり店舗側の導入意識も高まっているが、実際に端末を新しく入れ替えないといけないケースでは、中国の武漢などに工場があり納入が遅れるケースもあるという。また日常使いのためにスーパーに人が押し寄せる一方で、店員を減らした状態で運営を続けざるを得ない店舗もあり、当初計画ほどには導入が進んでいないのが現状のようだ。

また新型コロナウイルスの登場により、決済における店舗オペレーションそのものを見直す機運も出ている。前出の写真にあるマルエツプチでの3面待ちが典型だが、キャッシュレス決済では店員がカードに触れることなく、ポイントカードを含めすべて利用者が操作する「カードメンバーフェイシング(Card Member Facing)」という、決済端末が利用者側に設置されている形態がそれだ。

日本を除く海外ではこの方式が主流であり、IC決済であれ“タッチ決済”であれ、店員が利用客からカードを受け取って支払い操作を行なうのは日本特有の現象といえる。

最近は米国のレストランでさえハンディ端末で決済する方式が増えているが、これはICカードや非接触カードの普及に加え、Apple Payなどのモバイル決済利用者が少なからずいることを反映したものと考えている。これが重要なのは、店員にカードを渡すというセキュリティ上の懸念もさることながら、新型コロナウイルスの視点では「不用意にカードを触って感染リスクを増やす」ことに対する懸念もある。

スーパーでの“タッチ決済”の店舗オペレーション例。非接触であれICであれ、必ず店員にカードを渡す必要がある。なお、後日カードメンバーフェイシングの運用に切り替わったようだ

「(店員がカードを受け取るオペレーションは)文化的なもの」と山田氏は説明するが、Visaとしてはカードメンバーフェイシング方式を加盟店にも啓蒙していく一方で、利用者にとっての体験が何が一番いいのかを考える必要があるという。「スーパーでセルフレジやセミセルフレジが増えていますが、今後カード利用者の客層が広がっていくうえで、ICカードのように挿入角度を気にする必要がない“タッチ決済”であれば“かざす”だけでいい。これは店舗側にとっても(お客にどう機器を扱っていいのかを)説明する手間や苦労が減るというメリットがあり、セルフ対応の流れの中で考えていければいいと思います。店舗側の視点では、店員もまたアルバイトであり、入れ替わりが激しく教育が難しい。ゆえにシンプルな形にするのが最も重要です」(山田氏)

余談だが、当初こうした非接触決済が日本に導入され始めたころ、Infox系の端末を中心に「NFC Pay」という専用決済項目がCCT上にあり、「磁気ストライプ」「ICチップ」「非接触」のいわゆる3面待ちが、非接触決済についてはあらかじめ宣言が必要な状態が続いていた。「NFC Payには『タッチ決済』という説明もなく、これが問題という認識はある」と山田氏は述べるが、こうした事情もいわゆるカードメンバーフェイシングを阻害する原因となっている。

「マクドナルドやローソンさんのように自前でソフトウェアを更新して3面待ちを実装できる加盟店は問題ないのですが、こうした環境を広く普及させてオペレーションの簡素化を実現するべく話を進めている」(同氏)

もう1つ新型コロナウイルスで考えられる影響は、利用者のモバイルアプリやオンライン利用へのシフトだ。マクドナルドのモバイルオーダーが人気上昇中だが、同様にUber Eatsをはじめ昨今の外出自粛でデリバリー業態を利用する場合の窓口は、モバイルアプリが中心となる。田中氏によれば、オンライン経由でのEC利用も増えており、外出自粛以降はAmazonや楽天などの利用が増加しているほか、モバイルアプリでのオーダー利用が顕著に増えてきているという。

筆者の個人的意見でいえば、リアル店舗以上にこうしたオンライン経由でのカード利用が今後増えるとみており、このあたりは引き続き注視しつつレポートしていきたい。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)