鈴木淳也のPay Attention

第37回

Amazon Go技術のOEM提供の意味すること

Amazon Go店舗では比較的新しい米カリフォルニア州サンフランシスコのEmbarcadero Center店

米Amazon.comは3月9日(米国時間)、同社が米国4都市で現在展開しているレジなしスーパー「Amazon Go」の基幹技術「Just Walk Out」を外部展開していくと発表した。既報の通り、Just Walk Outは店舗への入場時にクレジットカードを登録し、あとは店内の商品を手にとって退出するだけでカードへの請求が行なわれるという仕組み。

2018年に米ワシントン州シアトルで1号店がスタートしたAmazon Goをはじめ(ベータテスト開始はその1年前)、後には多数の類似フォロワーを生み出すなど、Just Walk Outは新しい買い物体験の提案として大いに注目を集めたが、今後は他の小売事業者がAmazon Goの基幹技術そのものを自社のサービスに組み込むことが可能になる。

どのような技術が提供されるのか

現時点ではJust Walk Outの専用ページができただけで、具体的な部分は不明点が多いが、「Amazon Goの技術をぜひうち(店舗)でも使いたい」という問い合わせは少なからずあったという話は聞いており、今回の動きはその要望に応えた形だと思われる。

基本的なポイントは「クレジットカード登録と課金」「店内の顧客追跡とバーチャルカートの処理」「退店後のレシートなどの処理」の主に3つで、これに必要な要素をAmazonは提供するとしている。そのほか詳細については同ページのFAQに情報がまとめられているが、抜粋すると次のようになる。

  • Just Walk Outで用いられているのは自動運転車と同様に「コンピュータビジョン」「センサーフュージョン」「ディープラーニング」の技術
  • Just Walk Out技術の導入にかかるのは最短2-3週間。新規店舗の場合は工事時点から作業に関わり、既存店の場合は現在の店舗運営への影響を最小限に抑える形での導入を行なう
  • カバーする店舗種類は広く、「顧客の需要が多い」「長いレジ待ち行列がある」「顧客が時間に迫られている」といった用途に効果を発揮する
  • Just Walk Outの提供は、他の店舗が「Amazon Go」を開店できるという意味ではない。あくまで技術を提供するだけ
  • 導入店舗には技術提供と同時に、24時間365日の電話または電子メールによるサポートが提供される
  • 返品などの商品に直接関わる顧客へのサポートは店舗側から提供を行なう
  • 無人運営向けではない。顧客への来店対応から商品の補充、特定商品(酒類など)を販売の際のIDチェックまで店員は必要。Just Walk Outの提供によって店員がより付加価値の高い作業に従事できるようになることが重要
  • Amazonが収集するのは正確なレシートを出すために必要なデータのみで、これは標準的な監視カメラが収集するのと同程度の情報

つまり、Amazonが提供するのはあくまで技術の基本的な部分のみであり、Amazon.comのアカウントやAmazon Goアプリなども必要ないと考えられる。入退店の仕組みは導入各社によって自在にアレンジされ、各社が提供するモバイルアプリや専用のIDカードを通じて課金管理が行なわれることになるかもしれない。

もしかすると専用のモバイルアプリさえ必要なく、NFC対応クレカをタッチするだけで入退店が可能な店舗も出てくる可能性もある。おそらく共通化されるのは棚のような什器や天井にある各種センサーのみで、これさえも今後顧客となる小売店が独自にアレンジできるようになるかもしれない。同件を最初に報じたReutersによれば、すでにいくつかの小売がローンチカスタマー(最初の顧客)としてAmazonと契約を進めているということで、早ければ初夏の時期にJust Walk Out対応1号店のようなものが出現すると予想する。

3月9日に公開されたJust Walk Outの専用ページ

Amazon Goフォロワーたち

以前にNRF 2019のレポートで、Amazon Goのフォロワーと呼べる類似技術をアピールする各社が、世界最大の小売展示会に集合している様子を紹介した。コンピュータビジョンのような画像解析技術に強みを持つ中国企業や、数多くのテック企業が軒を連ねるサンフランシスコ系スタートアップがその中心だが、すでに中国内で商用サービスを開始しているCloudPickや、米国のスタートアップでも店舗展開を始めたAiFiやZippinを除けば(AiFiの本拠地はサンフランシスコではなくサンタクララ)、その多くは技術のコンセプト紹介が中心で、PoC(実証実験)の段階から一歩踏み出せていないのが現状だ。

つまりフォロワーとはいっても、商用展開で2年以上の稼働実績を持つAmazon Goに匹敵するサービスはほとんどないのが現状だ。

米サンフランシスコにデモを兼ねた実店舗を展開するZippin

こうしたAmazon Goフォロワーに共通するセールストークがある。

「うちはカメラ数台とPCさえあれば実現できるので、Amazon Goのように大量のセンサーを天井に配置して数億円の投資をする必要はないですよ」というものだ。

実際のところは不明だが、Amazon Goでは標準サイズの店舗でセンサーや関連設備の設置コストが2-3億円といわれる一方で、これらフォロワーの技術で要求されるのはカメラ1台あたり数千円から数万円のコストに加え、PCや回線設備で数十万円程度。後者については1店舗あたり5台から25台程度のカメラが必要とされるため、最小で100万円未満、かかっても数千万円程度で済むということになる。つまりAmazon Goに比べ1つか2つ桁が少ない設置コストで済むというわけだ。

一方で、これらフォロワーの活動を見るようになってから、実際に商用サービスのローンチまで至ったケースは本稿執筆時点で限りなく少ない。つまり、いまだ外部公開できないレベルのPoCにとどまっている。モノが出てこない限りは技術やサービスを評価しようがないため、正直Amazon Goとの比較以前の問題だと考える。

Zippin店舗の天井。目につく範囲で6台のカメラしか設置されておらず、Amazon Goに比べると非常にシンプル

また、Amazon Goフォロワーたちも設置が安価だとされるコンピュータビジョン技術だけでなく、複数の技術を組み合わせてより正確性を高める工夫を凝らしたりしている。

興味深いと思ったのは、2月半ばにドイツのデュッセルドルフで開催されていたEuroShopで見た技術だ。イスラエルのShekel Brainweighと日立(日立LGデータストレージ)の共同ブースでは、棚の重量センサーとLiDARを組み合わせてAmazon Go的なサービスを実現していた。日立LGのLiDARを使ったAmazon Go的サービスのデモは日本国内の展示会でも紹介されていたが、これはそれをさらに一歩進めたもので、Shekelの持つ重量センサーでさらに正確な商品判定を可能にしている。単純に過敏な重量センサーであれば、顧客が商品を手にとったことで生まれる重量の差異で判定を行なうため、同じ容量の商品の違いを判定できない。ところがShekelは個々の商品が持つ同種内での個体差や商品特性の判定が重量計測から可能で、極めて正確に取り出された商品の個体を判別する。おそらくAmazon Goには存在しない技術で、今後はこうした新技術を組み合わせ、より多種多様なサービスが登場してくるのかもしれない。

Shekel Brainweighと日立がEuroShopで紹介していたAmazon Go的サービスのデモ

小売事業者の「Amazonアレルギー」

Amazon Goの強みの1つはすでに他社を大きく引き離す実績があることだが、一方で小売事業者にとっては「Amazonアレルギー」のようなものがあることが広く知られている。典型的なものが米Walmartと米Microsoftの戦略提携だ。

世界最大の小売事業者であるWalmartは全米の小売店舗の中でも雄のような存在だが、同時にオンラインで存在感を高め、徐々に既存の小売事業者の領域を侵食しつつあるAmazonに対抗する意識も大きい。Walmartは独自に技術ラボやパートナーネットワークを抱えて新しい小売技術や店舗サービスを開発し続ける一方で、MicrosoftのようにAmazonに対抗しうる勢力との提携でバランスを取ろうとしている。

同様の考えを持つ小売事業者は少なくなく、特に悩みとなっているのはAmazonのクラウド事業である「AWS」のシェアだ。今日、企業の情報戦略でクラウド活用は必須のものとなりつつあるが、この最大の有力な選択肢がAWSという点で、「なぜ同業のライバルに利益供与してまで効率化を図らなければいけないのか」とWalmartをはじめとする面々が考えるのも致し方ないことだ。

WalmartのAmazonアレルギーは相当のもので、例えば2016年に同社が買収したJet.comの基幹技術がAWSだったものを、わざわざMicrosoftのAzureへと置き換えさせたほどだ。ゆえに、提携先にAmazonではなくMicrosoftを選ぶという小売業者が出てくる……というトレンドが近年生まれている。

業界内にはAmazonのこれ以上の伸長を警戒する声がある

現在もなお進化するAmazon Go

ライバルが新技術を開発し、Amazon Goへと追いつけ追い越せをうたう一方で、Amazon Go自身もまた日々進化を続けている。筆者がAmazon Goが一般公開された直後に訪れた時(2018年2月)では、レシートを出すまで最低10分、会計まで1時間以上かかっていたのが、現在では1-2分程度まで短縮された状態になっている。

Amazon Goの店舗自身も進化しており、天井のセンサー配置や数、什器が店舗によって異なっていたり、店舗レイアウトも非常に小規模なものから大規模なものまで、いろいろ創意工夫を凝らして実験を重ねて最適化を行なっている様子がうかがえる。中にはドリップマシンやドリンクサーバーまで備えた店舗も出現しており、サービス自体も多様化している。おそらく、あらゆるニーズやテナントサイズに合致した店舗開発を進め、いざとなれば一気に各都市に展開できるだけの準備を進めているのだろう。

今回のJust Walk Outが店舗システムのプラットフォーム化による他社へのOEM供給だとすれば、Amazon Go自身もまた新業態への進出を狙っているのだと考える。

その1つが、先日発表された「Amazon Go Grocery」だ。現在シアトルに1号店が存在するのみで、残念ながら筆者自身は実物をまだ確認していないが、複数のレポートによればコンビニのようなパッケージ商品ではなく、普通のスーパーのような「不定形の野菜や果物のようなもの」まで取り扱っている。

新業態の「Amazon Go Grocery」

1つ残念なのは「野菜などによっては複数本が束になってまとめられて1つの商品として扱われている」という点で、バラ売りや量り売りのような仕組みをサポートしていない点だ。ただ、商品点数や扱い商品の幅が増えた意義は大きく、今後さまざまな用途にAmazon Goが進出するきっかけになるだろう。

文房具や消耗品、雑誌など、わざわざじっくり選ぶ必要のない商品は多い。これに駅や街角のKIOSK型の販売店舗、ビル内の購買コーナー、特定店舗における“店舗内店舗”まで、いろいろ適用できそうな店舗形態は多そうだ。

Amazon Goの既存店舗もそのままというわけではなく、定期的にリニューアルを行なっている。例えば、オープン1年程度にもかかわらず、サンフランシスコ内の2店舗(California St店とKearny&Post St店)は現在閉店状態で春以降のリニューアルを待っている。どのような形で再オープンするのかは不明だが、ライバルが進化するのと同様に、Amazon Go自身も進化を続けているというわけだ。

サンフランシスコでリニューアルオープンを予告する店舗(California St店)

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)