鈴木淳也のPay Attention
第34回
「現金管理自動化」が欧州の小売展示会でもてはやされる理由
2020年2月21日 09:53
世界最大のモバイル業界展示会「MWC 2020」は開催取り止めとなったが、その開催予定日の前週にあたる17日の週に筆者はドイツのデュッセルドルフにあるコンベンションセンター「Messe Dusseldorf」にきている。欧州(あるいは世界)最大の小売展示会を自称する「EuroShop」に参加するためだ。
欧州最大の小売展示会「EuroShop」はこんな内容
国内外の決済や金融、小売、公共交通の改札システムやセキュリティ事情などを調べる筆者は、日々同業者などと情報交換しながら、どのイベントやカンファレンスをまわれば最新事情やキーパーソンに接触できるかを研究している。
一般的なIT向けの巨大展示会とは異なり、これらのイベントはより小規模でローカル向けであったり、世間一般にあまり認知されていないためだ。EuroShopについても2019年中の取材の中で存在を知ったもので、“3年おき”にMesse Dusseldorf主催として同会場で開催される。規模感を説明するのが難しいが、だいたい幕張メッセの全会場を使ったくらいのスペースが、すべて小売関係の展示で埋まっていると考えていただければいいかと思う。
毎年1月に米ニューヨークで開催される小売展示会の「NRF Retail's Big Show」があるが、こちらはソフトウェアとハードウェアを含むシステムのほか、最近では将来的なAI技術の発展とともに小売の仕組みもまた変わっていくことを前提に「Innovation Lab」という展示が行なわれているが、EuroShopはより現実的。つまりは、いま小売が困っている問題の解決に必要な製品やアイデアが溢れており、それを導入するためのトレードショウとしての性格が強い。
ジャンルもITだけでなく、デザイン的なアイデアから、床や天井に使う素材、照明機器、冷蔵庫や調理器具まで、小売店舗やポップアップショップの構築に必要なおよそすべての要素が揃っている。実際、スーパーマーケットで見かけるようなカートだけが展示されたホールが存在する展示会というのも、筆者にとってはこのEuroShopが初めての経験だ。IT畑を歩んできた人間には、日本の小売向けの展示会と比べても異質で面白いものと感じている。
忍び寄る新型コロナウイルスの影
そんなEuroShopだが、昨今話題になっている新型コロナウイルスによる肺炎騒動の影響をやはり受けている。MWCは展示社の相次ぐ撤退と、主催者の総合的判断により開催中止を決定したが、EuroShopは直前に参加者に向けて「We are ready to go!」と元気のいいメールを送ってきつつ、16日より開催を決行した(15日はプレイベント)。実際、現地を訪問してみて「思った以上に盛況だな」という印象を受けたが、同時に少なからずウイルスの禍が広がっていることも実感した。
今回のイベントでは中国企業のブースがそれなりの数出展していたが、ところどころ歯抜けのように空白地帯になっているブースが見受けられた。またホール3の奥は複数の中国企業が集まるエリアとなっていたが、この周辺で特に無人のブースが多かった。業者への発注はすでに行なわれていたのか、パネルや配布物、テーブルなどの什器はすでにブース内に置かれている一方で、まだ梱包も解かれていない状態で放置されているなど、明らかに直前にキャンセルしたことがうかがえる。
筆者は2015年11月にパリで大規模テロが起きた直後の「Cartes」という決済やセキュリティ業界向けのイベントに参加したことがあるが、急遽出展や参加を見合わせたブースが多く、同様の状態になったのを見ている。今回、中国企業が出展や人を送ることを断念した正確な理由は確認できていないが、つまり、そういうことなのだろう。
一連の騒動の影響は、参加者らの行動にも少なからず影響を及ぼしている。
例えば、ホールの移動で扉の開け閉めが発生する場面があるが、扉などに触るたびにアルコール消毒薬や布で手の消毒や拭き取りを行なう人がかなりの数いるのを見かけた。触れるのが嫌なので、肘や肩を使うという人もいる。また、ガジェットの展示会ではないため物品に触れる機会はあまりないのだが、入り口に消毒薬を置くブースはそれなりに多く、こまめに利用を促している。極端な例では、商談ではマナーとなる握手を避ける傾向もあり、握手を求めたら相手に露骨に拒否されたという話も今回は聞いている。
現金自動管理機を必要とするヨーロッパの闇
前置きが非常に長くなったが、ここからが今回の本題だ。「ドイツは現金天国だが、キャッシュレスもそれなりに普及しつつある」というのは、昨年2019年のMWCの帰りにミュンヘンを経由してフランクフルト周辺に滞在した筆者の感想だが、Messe Dusseldorfでカードが使える場面は少なく、フードコートからクロークの利用、そしてプレスルーム内の各サービスまで、すべて現金オンリーだ。
例外はメッセ内に入っているコンビニのみで、会場の至るところに現金を引き出すためのATMが設置されている。これは街中も同様で、本稿を執筆しているいま、宿の近くにある超人気のトルコ料理屋に入ったところ、会計はやはり現金のみということでカードは使えなかった。料理は美味しかったので満足なのだが。
こんなドイツだけあって、現金需要はいまだに多い。今回のEuroShopでも、タブレットベースのmPOSと組み合わせるための「ドロワー」が展示されていたり、現金管理や仕分けのための装置の出展に人が集まっていたりと、なかなかに注目が高い。
ドイツではセルフレジの人気はあまりないようだが、現金自動管理機を組み合わせたセルフレジの展示も行なわれていた。現金自動管理機を扱っていた企業のブースでドイツの普及状況について係員に質問したところ「われわれはフランス企業なのでドイツのことは分からない」と返答されたりしたが、めげずに他のブースも含めて聴き取りを続けていたところ、いろいろ面白い話が出てきた。
現金の自動管理や保管するための機械の需要は必ずしもドイツのような現金大国だけで需要があるわけではなく、フランスを含む各国で大きな需要があるという。その理由を探っていたところ、2つの日本のベンダーに興味深い話を聞くことができた。
1つはブレインという企業の提供するパン屋向けのソリューションで、パンをトレー上に並べることで画像認識で自動的に会計を行なうという仕組みだ。日本などのアジア圏では客自身がトレーを持って商品を棚から取りだし、カウンターに持っていって会計を行なうという手順が一般的だが、欧州では店員に商品名を伝えて会計まで完了する方式が一般的であり、その点でビジネス的な苦戦があるという。また最近では中国や台湾などの企業が価格を武器に売り込みを積極化しているが、同社事業推進部の水野寿教氏によれば「すでに日本国内で400-500店の導入実績がある点を評価いただいている」という。
もう1つ、水野氏が話していた興味深い話題が「会計にあたって写真撮影を行なうため、その記録が残る」という部分が評価されているということだ。ブレインの技術を使うことで、点数が多くても間違いなく商品を認識して合計金額を決められるため、「熟練した店員でなくても誰でもすぐに会計業務を行なえる」効果が期待できるという。
一方で、欧州のパン屋などでは実際に販売する商品をごまかしたり、あるいは本来とは異なる価格で店員が勝手に販売してしまうケースも少なくなく、これが売上のロスにつながっている。画像認識を使った仕組みではごまかしが利かないため、こうした機会ロスや損失を最小限に押さえ込めるということで、店舗オーナーなどの評価が高いというわけだ。
そして、似たような話を別の日本のベンダーにも聞いている。日本で急速に普及しつつある現金自動管理機だが、新しい商機を求めて米国のNRFや今回の欧州のEuroShopまで、さまざまな海外展開を進めている。そこで問題となるのが商習慣や文化の違いで、困難な場面に直面することも少なくないようだ。前述のように、小売店や現金を扱う組織でのオーナーや経営者の立場からすれば、会計が間違いなく行なえ、かつ安全に管理・保管される現金自動管理機はありがたい存在だという。
一方で、こうした機械が効率化によって人の雇用を奪うとして労働組合を中心とした団体からのプレッシャーが大きく、なかなか導入に踏み切れないケースも存在しているという。こうした効率化に抵抗する組織の話は日本でのネガティブストーリーとして耳に入ってくる機会が多いが、実際には欧州をはじめ世界のあちこちで非効率は存在している。
また、店員による現金のごまかしや盗難というケースも少なくないという。極端な例だとは思うが、こうした周囲からの導入プレッシャーのない小規模小売のあるオーナーが現金自動管理機を導入したところ、来客数がそれほど変動していないにもかかわらず、売上が大幅に増えたケースがあったという。つまり、それだけ現金管理で抜き取りやミスが発生しているというわけで、本来の効率化とは関係ない部分で大きな効果が得られているという、メーカーにとっても経営者にとっても複雑な状況となっている。
キャッシュレスはこうした問題を解決する一助になるが、キャッシュレス先進国といわれる欧州においてもなかなか現金が消えず、一見非効率に思えるオペレーションが数多く残っていたりするのも、そこに抱える闇の大きさを反映した結果なのかもしれない。