鈴木淳也のPay Attention

第30回

メルペイによるOrigami買収。「時間切れ」と「加速する市場」

メルペイは1月23日にOrigamiの子会社化を発表した。メルペイはOrigamiの全株式を取得し、2月25日をめどにメルカリグループの一員とする。今回は発表直前までのOrigamiの動きと、買収の背景、今後の展開についてまとめたい。

Origamiのロゴ。Origami本社の旧レイアウトの受付にて

Origamiの狙いはデジタルマーケティングのプラットフォーム化

昨今のモバイル決済各社によるキャンペーン合戦を見る限り、遠からず体力の続かなかったものから脱落していくことになると予想していた方は多いだろう。Origami Payを展開するOrigamiもまたその1社だったと考え、「こうなるのは分かっていたんだから、早めにバイアウト(Buyout)でもすればよかったのに」というのかもしれない。

だが、スタートアップであるOrigami自身も単純に決済のフィールドで体力のある大手と戦っていても勝負にならないことは最初からわかっており、決済に続くビジネスモデルの立ち上げを急いでいた。ただ、市場の流れが想定以上に速く、志半ばにしてタイムアップを迎えたというのが実情だろう。

Business Insiderで小林優多郎氏が「売却は苦渋の決断だった」という関係者の声を紹介している。実際、Origamiは昨年2019年9月にパートナーカンファレンスで、新サービスを発表しているほか、Origami代表である康井義貴氏自身も11月に香港の金融イベントで登壇して日本のキャッシュレス化についての意見を交わすなど、積極的な対外活動はギリギリまで続いていた。会社売却はギリギリまで考えておらず、運転資金に限界が見えたことが最後のトリガーだったとみられる。

小林氏のレポートではOrigamiの評価額の話に触れているが、スタートアップ企業では「バリュエーション経営」が重視されることがある。企業価値が評価されているうちは資金調達とそれにともなう新株発行が可能であり、仮に評価額が大きく毀損されることがあれば、既存株主との兼ね合いで資金調達に合わせての大量の株式発行が難しい。

Origami CEOの康井義貴氏

昨今の新規事業者大量参入と競争激化によって、Origamiの価値は相対的に下がってしまった。事業の継続性や市場における価値を鑑みての再評価が行なわれ、おそらくOrigami Payが登場した4年前の時点と比較して大きく変化している。モバイル決済は先行投資型のビジネスであり、蒔いた種を収穫するまでの期間は非常に長い。後述するが、Origamiが志向していたのは多くの人が目にしているBtoC型のモデルではなく、デジタルマーケティングの仕組みをプラットフォーム化して企業と小売間のネットワークを構築し、この上でユーザーが活動することで新たなビジネスを創出するBtoB型のモデルだ。

だが、直近の同社の収益源のほとんどは「決済時の手数料」(Origami)とのことで、一番競争が激化している部分に依存している。運転資金の確保には資金調達が欠かせないが、こちらはバリュエーションの関係で日に日に確保が難しくなっており、「時間切れ」に至った。

では、もともとOrigamiはどういったビジネスモデルを描いていたのか。ユーザー目線で見える同社は「Origami Payのアプリ」の会社といったところだが、本来志向しているのは企業への足回り部分の提供を行なうテクノロジー企業だ。代表的なものがセゾンのアプリに搭載されているもので、ユーザーはセゾンカードなどの管理を行なうアプリを通じて、そのままOrigami Payによる決済機能も利用できる。

康井氏はこれを「Origamiの国際カードブランド化」と表現していた。

クレジットカードの例でいえば、カードを発行するのはカード会社(銀行)だが、その決済ネットワークの足回りを提供するのはMastercardやVisaといった国際カードブランドであり、Origamiはそういったポジションを狙っていたということになる。アプリそのものを稼ぐツールに活用するというPayPayとは真逆の発想だ。

Origami Payが進めていた各社のモバイルアプリへの決済機能搭載。デジタルマーケティングのためのブランドネットワーク構築を目指していた

Origamiでは加盟店や金融機関各社に“足回り”を提供することで、これら企業は同社のプラットフォームの機能である「決済」「ポイントプログラム」「クーポン」「CRMツール」といったものを利用可能になる。

同社ではこの仕組みを「Origami Network」と呼んでおり、これまで企業が独自に構築してきたり、あるいはデジタル化されずにアナログ的手法で行なわれてきたマーケティング行為を最新ツールで置き換え、よりパートナーのビジネスを活性化させ、ユーザーにはクーポンなどを通じて“分かりやすい”メリットを提供しつつ、キャッシュレス化の恩恵を受けてほしいという発想だ。

昨年9月に発表された「Origami Technologies」はこれをさらに発展させ、個々の活動をデータ化して“見える”ようにすることで、より直接的なOrigamiの商材として活用できる仕組みを想定している。

パートナーへの決済機能提供がOrigami Networkとすれば、その次のステップとして同社が考えていたのがOrigami Technologies。これがOrigamiのビジネスモデルの全体像とみられる

一方で、こうしたBtoBの偏重はユーザー自身への目が届きにくい状況も生み出すため、並行してOrigami Payアプリを活用した対外PR活動も続けなければならない。誤算があるとすれば、Origami Payアプリに極度に依存した状態のままBtoB事業がなかなか立ち上がらず、その前に時間切れが来てしまったことだ。

アプリへのOrigami Pay搭載は、Origamiの出資者でもあるセゾンが最初だが、次の目玉の1つといわれたのがトヨタファイナンスのTS Cubic Origami Payだ

これは諸処の問題でリリースが二転三転しており、最終的にはTOYOTA Walletへの搭載も行なわれたものの、2019年末というリリース時期を見れば遅きに失した感がなくもない。技術的な問題もさることながら、ブランドの相乗りにトヨタ本社側が異を唱えて長らく抵抗していたという話も聞こえてきており、OrigamiのBtoB事業への移行の難しさを垣間見られるものだった。

Origamiとメルカリの両社には共通点がある

結局のところ、周囲の環境の変化にOrigamiのビジネスモデルが追いついていなかった面が大きい。前述の小林氏のレポートの弁を借りれば、「Origamiの買収に手を上げたのがメルカリ(メルペイ)しかいなかった」ということだが、既存の加盟店網とプラットフォームを含め、Origamiそのもののアセットは多くの同業他社には使いにくく、あえて取り込んでまでビジネスを拡大するメリットは少なかったということだろう。

逆にいえば「メルカリ(メルペイ)はOrigamiを買収してメリットがあるのか」ということだが、両社には割と共通点があり、将来的な融合も業界他社の中では最もスムーズにいくのではないかと考えている。

どちらも六本木ヒルズ森タワーにオフィスを構えるお隣さん同士という関係だけでなく、どちらもサービス立ち上げから日の浅い技術志向のスタートアップ企業であり、かつ失礼な言い方にはなるが、「地味な活動が好き」という共通点がある。オフィスの近さは互いの連携を容易にしやすいことを意味し、しかも技術志向で課題を解決し、エンジニアを重用するスタイルは、昨今のモバイル決済事業者の中でも際立っている。

プラットフォーム構築志向も強く、例えばメルペイはMobile Payment Alliance(MoPA)の中心で共通決済基盤を構築していたことが知られている。他社では使えなかったOrigamiのアセットも、プラットフォームと人材含めてメルペイであれば使いこなせる可能性がある。

Origamiとメルカリ(メルペイ)が入居する六本木ヒルズ森タワー

地道な活動が好きというのも個人的に筆者が両社に好感を抱くポイントだ。Origamiはもともとオンラインリテール分野で活動を開始した企業で、その経緯でアパレルや百貨店などのパートナー(加盟店)が多い。日本のモバイル決済事業者は、PayPayを除けば、地方や中小商店の開拓が手薄な印象がある。一方で、Origamiは同社だけが契約を持っているような独自の加盟店も少なくなく、「チェーン店を通じて一気に全国展開」といった派手さとは異なる側面を持っている。

同様に、メルペイも「メルカリユーザーが多いところを狙う」ということで地方商店街をターゲットにした宣伝活動を繰り広げたり、定期的にサービス利用教室を開いて普及活動を進めたりと、ゲリラ的な地味な活動が多い。

メルペイは最近では大阪や関西周辺を中心としたキャッシュレスキャンペーンをよく展開しており、先日は知る人ぞ知る現地の地場スーパー「スーパー玉出」との提携でキャンペーンを展開したりと、「積極的なメルカリユーザーの送客で地域商店を活性化させる」という流れを作っている。全国規模の還元キャンペーンほどの派手さはないものの、後発ゆえの知名度の低さから「メルペイをまず知って」ということでボトムアップ作戦を実施しており、こうした草の根活動感が費用対効果は疑問ながらも、「あぁ、本当の意味でキャッシュレスを根付かせようとしているんだな」という意味で好印象だ。

メルペイが昨年2019年12月にキャンペーンを実施した大阪の地場スーパーである「スーパー玉出」。こうした地道な草の根活動が多いのもメルペイの特徴

「割と相性がいいかも」という感想でまとめた今回の記事だが、Origamiが今後も当初の大志をもって事業を継続できるかは康井氏はじめとする現在のスタッフのモチベーションいかんにかかっている。同氏は日本の現状と世界との対比を理解したうえで、どうすれば便利なサービスが実現できるのか明確なビジョンを持っており、それを説明するのもうまい。スタッフの多くも機知に富んで、毎回参考になる情報をよく提供してくれる。それだけに、メルカリグループの1社となって以降も活躍を続けてほしいと願うところだ。

昨年11月に香港で開催されたHong Kong Fintech Weekのパネルに登場した康井氏。対談するのはEYパートナーのJames Lloyd氏と日本のキャッシュレス化の現状について話す

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)