鈴木淳也のPay Attention
第27回
目指すは飲食店のAmazon Go? 完全キャッシュレス店の“次”を見据えるロイヤルHD
2019年12月27日 08:15
「Gathering Table Pantry」という“完全キャッシュレス決済”をうたう新業態のレストランがある。「ロイヤルホスト」や「てんや」など、グループ全体でチェーンレストランやケータリング事業などを運営するロイヤルホールディングス(ロイヤルHD)の“実験店舗”のような位置付けで、2017年11月に東京都内に第1号となる馬喰町(ばくろちょう)店がオープンした際には、キャッシュレス決済大好きの同業者らを集めてすぐに出向き、忘年会を催したほど興味をもって観察させていただいた。
それから2年、今年2019年12月24日には第2号となる「二子玉川(ふたこたまがわ)店」がオープンし、その前日には報道関係者向けの内覧会が開催されている。こちらの店舗の詳細については当日のレポートがあるので、そちらを参照してほしい。
顔認証決済ファミレスがオープン。楽天とロイホがチェックレスを目指す
最近でこそ見かける機会が増えた“完全キャッシュレス決済”の店舗だが、すでに2年以上この業態での店舗運営を進めるロイヤルHDは、何が狙いでこの業態を始め、2年間で何を得て、そして何を目指しているのか。今回、2号店オープンのタイミングでロイヤルホールディングス イノベーション創造部担当課長の泉詩朗氏と楽天ペイメント 楽天ペイ事業本部 事業管理&オペレーション部 事業戦略グループ 事業戦略チームの石沢元樹氏の2人に話を聞く機会を得た。飲食業界で起きつつある変化と、その背景を探ってみたい。
現金管理はコストとストレスとの戦い
「馬喰町店がオープンしたころはまだ「キャッシュレス」という言葉があまり出ていなかった時期ですが、当初の周囲の評判は冷ややかだったと思います。ウチがいったわけではないですが、『現金お断り』というフレーズが出回ってしまったため、その部分だけが拡散評価されてしまった印象があります」と泉氏は振り返る。
とはいえ、入り口にはキャッシュレス決済のみに対応する旨が大きく書かれ、来客時には店員による声がけを徹底していたこともあり、「現金が使えないのか」というクレームは現時点まで数えるほどしかなかったという。
馬喰町はビジネス街ではないが、日中にはビジネスマンやOL、主婦、高齢者まで来客があり、年齢や属性による偏りも少ないという。当初は(キャッシュレスの)関係者の来店が多かったが、その時期を過ぎて一般客が増えてもクレームはなく、評判も良かったようだ。トラブルが少なかった理由の1つには「クレカや電子マネーまで、都内であればどの決済手段も持っていないという人の方が少ないのでは?」と泉氏は分析する。
このキャッシュレスの部分だが、馬喰町店では当初「楽天ペイ(実店舗決済)」が導入されていた。いわゆる「mPOS(エムポス)」と呼ばれるスマートフォンやタブレットをPOSや簡易決済端末にする仕組みで、これに磁気カードや電子マネーの決済が可能な専用の決済端末をワイヤレス接続する形で利用する。
なぜ楽天ペイ(実店舗決済)が選ばれたのかという点については「当時、一番対応する決済手段が多かった」(泉氏)という理由で、ロイヤルHD側から楽天(現在の楽天ペイメント)にアプローチしたという。楽天ペイ(実店舗決済)はハンディ型で可搬性に優れているという特徴もある。「“キャッシュレス”というだけでも(お客にとっては)ハードルが高く、丁寧に説明しようということ。そして一緒に設定するくらいの余裕と“会話”のためにテーブル決済という方式を選びました」ということで、ロイヤルHD側のニーズに合っていた点が大きいようだ。
馬喰町店でも現在は二子玉川店と同じ「カウンター会計」に移行している。詳細は次項で説明するが、「(QRコードなどの)コード決済」導入が方式変更のきっかけとなっている。
だが根本的な話として、「なぜキャッシュレス決済専門店」を作ったのかという疑問がある。これはロイヤルHD側の都合だが、「キャッシュレス導入によって、レストランの運営がどう変化するのか」という壮大な実験に起因する。
泉氏によれば、キャッシュレス店舗の計画自体は2017年末オープンの馬喰町店以前にも存在し、(電子マネーなどの)現金チャージの問題で2-3回ほど頓挫しているという。今後人材不足がうたわれるなか、店長の働き方に注目し、その業務内容を分析していたところ、周囲の状況の変化とは裏腹に、業務そのものは30年前と何も変わっていないという結論に達したという。
ヒト・モノ・カネで考えたとき、特にカネの部分の負荷が大きく、昔であれば売上の銀行入金の手間があり、仮に業者に回収に来てもらってもその手間やコストがかかる。レジ締め時に金額が会わなければ報告を書く必要があり、仮に23時に閉店しても終電までの数字合わせでストレスとの戦いとなる。店長の精神的負荷が大きく、「それならば現金をなくしたらどうなるのか」というのが完全キャッシュレス店舗のアイデアの根幹だ。
Gathering Table Pantryの馬喰町店がオープン後に業務時間を分析したところ、次のグラフのようになったという。管理や事務作業の負担が大幅に減り、レジ締め業務もないことから閉店作業もスムーズになった。実際、同店の開け閉めは店長が担当しておらず、その負荷軽減効果が大きかったことが実証されたという。そうした経緯もあり、「現金管理の方法を変えれば業務効果が大きい」という認識が共有され、ロイヤルホストのようなグループ企業にフィードバックの形で現金自動精算機が導入される形になった。
現在ロイヤルホストではGloryの自動精算機と接続されたNEC製の一体型POSが2019年1月以降ほぼ全店に展開されている。
ロイヤルホストでは15時くらいに中締めという作業があり、店舗で使われる現金とキャッシュレス決済比率が8:2ほどになっているが、管理業務の負荷が大幅に軽減されたようだ。現金管理も業者が自動精算機の現金管理部分を交換していくだけなので手間がかからないという。なお余談だが、キャッシュレス決済部分については来年2020年3月までに端末が交換され、IC対応を目指しているとのこと。
タブレットとともに進化するPOSと会計システム
Gathering Table Pantry馬喰町店を初めて訪問したとき、個人的に感嘆したのがテーブルオーダーに利用するタブレット端末のアプリのUIだ。Gathering Table Pantryには来訪時にテーブルにタブレットが配置され、ここでオーダーや会計(チェックアウト)の操作をすべて行なう。
タブレット端末でオーダーを行なうレストランは、居酒屋や寿司屋をはじめ、最近では大戸屋など、かなり一般化したように思う。ただ、そのどれもが「イケていない」と個人的に思っており、店舗業務的には効率化されるのだろうが、顧客体験としては「券売機でショボいサンプル写真を参考に、数字や商品名だけが書かれたボタンをポチポチ押していく」という無味乾燥なUIは微妙だと考えている。
一方で、Gathering Table Pantryの商品メニューはデザインにこだわったもので、写真の美しさもさることながら、操作感が抜群によくてストレスを感じない。ファミレスでキャンペーン商品が成功するかはメニューの写真やデザインによる部分が大きいと思うが、それがタブレット上で再現されていると思えばいいだろう。
実はここが今回の取材で最も感心したポイントなのだが、このタブレットのUIは利用者のフィードバックを経て適時変更が加えられており、馬喰町店のオープン時から現在まで細かく改良されているのだという。これは前述の決済方式も同様で、コード決済が次々と出てきたタイミングで楽天ペイ(実店舗決済)を使った店員によるテーブル決済から、セルフ決済+カウンター決済へと変更されている。コード決済のいい点として泉氏が挙げるのは専用の決済端末がいらないという点で、セルフ会計の中の決済手段を選ぶとiPadのインカメラが起動し、顧客が各決済アプリのバーコードまたはQRコードを表示させて画面に見せるようにすると決済が完了するという仕組みになっている。セルフ決済が行なわると、店員のウェアラブル端末にすぐに通知されるため、退店時の挨拶もタイミングよく行なえる。
ただし、この仕組みの実装にあたっては各決済事業者が提供する既存のアプリでは不可能なため、コード決済各社に個別交渉を行なって、iPadのアプリに独自実装しているとのこと。
通常はNIPPON Platform経由でしか提供されていないAmazon Payについても、個別交渉を行なった結果導入可能になった。Amazon Pay自体の決済回数は非常に少ないようだが、他の決済についても顧客の要望に応じて可能な限りカバーしていく意向だという。特にAlipayとWeChat Payについても顧客の要望で後から追加したもので、「馬喰町は問屋街なので中国からの訪問客が多く、そうしたニーズに対応した」(泉氏)という。
当初は2018年初頭に楽天ペイからスタートしたQRコード決済対応だが、セルフ決済機能に対応させた後に各事業者の還元祭りが始まり、一気に利用が広まっていったようだ。当初は全キャッシュレス決済の5%程度だったコード決済比率も現在では3割くらいまで上昇してきた。利用傾向としては、キャンペーンが実施されている間は当該のサービスが圧倒的に利用される傾向が強いが、それが終わると平準化されるという。ほぼ各々のユーザー比率に近い割合で利用されているとみる。
セルフ決済を利用しない場合は、カウンターまで出向いての会計となる。専用端末を使った決済で、テーブル決済からカウンター決済に移行したもう1つの理由として、ランチ対応があるという。クレジットカードや電子マネーがこちらの方式だが、テーブルで素早く決済できてそのまま退店していく様子を見てスマートだと感じれば、カウンター決済よりもセルフ決済を利用するになると泉氏は分析する。
実際、キャンペーンの有無に関係なく3割程度までコード決済利用が広がった背景には、このオペレーションの差があるようだ。また、クレジットカード決済で「NFC Pay」にも対応している理由については「決済端末が対応していたので、そのまま入れた」(泉氏)とのこと。東京五輪の動きもあり、利用動向を含め少し様子をみていくようだ。
こうしたタブレットのUI変更や決済方式に関するフィードバックは、店員を通じて顧客からの意見を吸い上げている。ただ泉氏は「タブレットにリコメンドなどの過度な機能は入れず、接点として人(店員)とのホスピタリティは残していきたい」「決済はあくまで手段であり、店舗側の視点に立ったもの。重要なのはわれわれが変わることで、顧客体験がどう変わるのか」という2点を強調する。
冒頭でも触れたが、このように顧客接点であるタブレットのUIや決済を通じた顧客体験を細かく変更するというのは、レストランチェーンとしては非常に珍しい。Gathering Table Pantryが実験店舗というのもあるが、UI変更にはコストや手間が伴い、チェーン店の場合には横展開というハードルがある。
「POSからの脱却という話があります。POSによって業務が進化したのは確かですが、一方でそのPOSによってイノベーションが起きづらくなっているのも事実です。われわれはコンビニさんのようなお金はないですし、何もないところから環境を作り、スピーディーにまわしていこうと考えました。数年単位のPOSの更新タイミングにとらわれず、『お会計は最後』というお約束も含め、これまで制約でできなかった部分を見直していければと思います」(泉氏)。
目指すのは飲食店のAmazon Go?
進化するレストランのシステムは、セルフ会計の次を目指すことになる。そこで登場するのが、今回二子玉川店で導入された顔認証決済だ。もともと泉氏が2019年2月に開催された展示会で楽天の出展していた技術デモを見たのがきっかけで、同年7月末から8月初旬にかけて開催されたRakuten Optimismのタイミングで導入に向けた話し合いがスタートしたという。
ちょうど二子玉川店を新規オープンする話が出ていた時期でもあり、それに間に合わせることを前提に4カ月ほどをかけて仕組みが構築された。もともとシステム自体の枠組みはあったが、これを楽天ペイに連動させる仕組みが間に合った形だ。
実質的にはバックエンドは楽天ペイそのもので、フロントの部分が違うだけだという。顔認証情報を保持する仕組みがクラウド上にあり、別アプリで登録済みの顔情報と決済時の顔情報をマッチングさせる形で支払いが行なわれる。現在は楽天社員のみを対象とした限られたサービスであり、取材時点では利用人数もごくわずかだという。今後もし仕組みを横展開する場合には「万以上の単位のユーザーを顔情報のみで(充分な速度と信頼性で)マッチングできるのか」「店舗をまたいで顔情報を共有することに課題はないのか」といった部分での検証が必要とみられ、「それら勉強も含めての実証実験」(石沢氏)となっている。
顧客体験を見直すうえで、従来の商習慣が本当に妥当なものかを検討することは重要だ。レストランにおいても、入店でテーブルに案内され、メニューを見てオーダーして、会計票をもって出口付近のカウンターに向かうという流れが、必ずしも正解ではない。「会計というものはサービスの観点からいえば邪魔なもので、別にお客様は会計のために来店されるわけではない。当然“チェックレス”の未来というのは作れると考えています。その技術の1つが顔認証ですが、オーダー前に認証を済ませておいて、食べ終わった段階で会計ボタンを押してすぐ会計ということも可能です。レストランのAmazon Goみたいなものですが、“ゲート”という仕組みが本当にこの業態にマッチするのかも含め、いろいろ検討することはあります」と泉氏は述べる。
最近、入店時にクレジットカードやICカードで認証を行い、退店時に当該のカード経由で会計を行なうAmazon Goのような仕組みのサービスがいくつかあるが、こうした仕組みをさまざまな技術を介して導入できるのではないかというのが同氏の考えだ。
このように技術が発展すると完全自動レストランのようなものもできそうだが、あくまでサービス業としてレストランがどうあるべきかをつねに考えていくと泉氏は述べている。「こういうものは、とかく両極端に走りがちですが、もう少し中間があってもいいんじゃないかと考えています。いろいろなニーズがあり、それを汲み上げていくことが重要です。Gathering Table Pantryのコンセプトとして、名前(テーブルに集まる食料庫)の通り『誰かと楽しみにいく』があり、いまのタブレットオーダーの仕組みも『友人との会話を邪魔しない』という流れでできたものです」(泉氏)。