鈴木淳也のPay Attention
第24回
JR東日本がQRコード改札を検討する理由。QR採用は退化じゃない
2019年12月6日 08:15
JR東日本は12月3日、2020年春にオープンする山手線新駅「高輪ゲートウェイ駅」で導入される新設備やサービス、駅店舗について最新情報を公開した。このあたりは既報の通りだが、本連載での注目は「新デザインの自動改札」と、そこに据え付けられた「QRコード読み取りによる改札システム」だ。この新改札導入に合わせ、QRコードによる改札機利用のモニター評価実験を行なうことにも触れている。
だがJR東日本広報によれば、高輪ゲートウェイ駅の開業後のどのタイミングでQRコード改札のモニター評価実験を行なうのか、また実際にQRコードを用いた切符の導入につながるのかも含め、現時点では未定であり、コメントできることはないという。
今回は「Suicaを使った改札システムの優秀さを海外にアピールする」立場であるJR東日本が、なぜいまこのタイミングでQRコードを使った改札システム導入に興味を示しているのか。その背景について考察する。
磁気切符と自動改札機
日本における自動改札の導入は関西が先行しており、その普及は大手私鉄を中心に1970年代以降だといわれる。関東圏でも東京急行電鉄を中心に関西圏にやや遅れる形で導入が進んだが、域内全体での導入が本格化したのは1990年以降、JR東日本の山手線や帝都高速度交通営団(現材の東京メトロ)での自動改札導入が始まってから。いろいろ理由がうたわれているが、国鉄時代は自動改札導入が人員削減につながるとの見通しがあることから労働組合を中心に反対意見が根強く、1987年の分割民営化を経て今回の主題であるJR東日本の誕生を待つ必要があったからだと考えられている。
つまり、首都圏における自動改札の歴史はわずか30年程度でしかない。最初の10年間は磁気切符が中心で、後にSuicaの登場により非接触ICカードが広く利用されるようになった。
非接触ICカード導入は改札の混雑を解消するだけにとどまらず、駅における人の流れを大きく変えた。チャージ式電子マネー導入により、毎回乗車のためにわざわざ切符売り場に寄る必要がなくなり、券売機の役割は大きく後退した。
Suicaが登場して以降の20年弱の期間を経て券売機は徐々に撤去され、空き空間は商業スペースや通路の余裕を持たせる場所として活用され、やがて多くの人々からその存在が希薄化しつつある。交通系電子マネーの存在はJR東日本を含むICカード運営各社の商圏を駅外にも拡大し、日本のキャッシュレス化を推進する一助になっている。
だが非接触ICカード導入から20年近くが経過した現在もなお「磁気切符」の利用は続いている。1回券や回数券などはICカードの仕組みを利用できないこと、そして新幹線や遠距離移動ではいまだ磁気切符の利用が中心だからだ。
前者についてはコスト面の理由が大きいと思われるが、モナコの市内バスのように1回券であっても使い捨て方式の非接触通信に対応した紙切符が採用されているケースもある(回収して再利用するケースもあるようだ)。
後者については、交通系ICカードに対応しない駅が多数あり、交通系ICのシステム自体が特定エリア内で閉じた仕組みであることから、例えば同じJR東日本の管轄する路線であってもエリアをまたいだ自動改札による出場が行なえないケースがあったりと、まだまだ利用にあたっての課題がある。
QRコード切符導入に至る背景
まだまだ続きそうな磁気切符の世界だが、JR東日本はこれを廃止したがっているという話は最近よく聞く。最大の理由は自動改札機のコストで、特に磁気切符に絡む自動改札機のメンテナンスのコストや作業中のダウンタイムが問題だと認識しているようだ。
都市部の自動改札機は「ICカード専用」「ICカード・磁気切符兼用」の2種類があるが、前者が非接触ICカードの読み取り機構で比較的単純化されているのに対し、後者は磁気切符の読み書きを行なうためのメカニカルな機構を備えており複雑だ。また、最も高機能な自動改札機では自動メンテナンス機構なども備えており、より高コストになっている。処理の都合上、現在は(無人駅を除いて)どの駅にも自動改札で磁気切符の処理が必要となるが、この維持管理が少なからず鉄道会社の負担になっているというわけだ。
そこでQRコード切符の登場となる。
磁気記録された切符とは異なり、QRコードではリーダへの“接触”なく内容の読み取りが可能なため、メカニカルな機構を必要としない。切符の媒体も紙だけでなく、スマートフォンやスマートウォッチのような画面にQRコードを表示させて利用可能なほか、紙そのものも従来ながらの“切符”の外見をしているものでなくてもよく、事前にプリンタなどで印刷した紙でも問題ないので形状を問わない。
今回高輪ゲートウェイに導入される改札ではICカード読み取り部とQRコード読み取り部が独立して存在しているが、デンソーウェーブが提供するQRコード・電子マネーリーダーのようにNFCアンテナとイメージセンサを一体化した形状のシンプルなものもある。国内事業者としては沖縄の那覇市で営業している「ゆいレール」がQRコードを採用していることで知られているが、改札そのものはICカードのOKICAと兼用だ。
沖縄都市モノレールによれば、同社が運営するゆいレールの場合、OKICAとQRコード切符の利用比率は4:6程度とのことで、前者の利用は地元民が大部分だと考えれば、少なくともゆいレール利用者の半数程度は旅行者または地元でもあまりモノレールを利用しない層ということになる。
同社は以前に中国Alipayによる乗車実験を行なったり、市場調査でどの程度インバウンド客が利用しているかを勘案して技術導入を検討していたとみられるが、2017年時点の調査でインバウンド需要は8%程度、Alipayに至っては利用効果が見込めないということで導入を取り止めたという。インバウンド関係なしに切符を利用する層はそれなりにいるということで、JR東日本が管轄とする関東エリアにおいてもSuicaなどの交通系ICカードを利用しない層が少なからずいると想定される。
「今後もICカードではない切符のニーズが続くのであれば、磁気カードの代替となる技術導入を推進したい」とJR東日本が考えても不思議ではない。特に高機能タイプの自動改札機1台で8桁ともいわれるコストがかかっている以上、将来的なコスト削減を目指し、いまから導入に向けた取り組みを進め、5年、10年先の他社を巻き込んだ本格導入に向けた地ならしを進めるタイミングは今だと考えてもおかしくないと筆者は思う。
どのタイミングで新しい改札システムを導入するのか
減価償却などの理由もあり、日本における企業各社の設備投資サイクルはおおよそ7-8年程度といわれている。JR東日本の場合2017-2018年にかけて改札機の一斉更新が進んだため、次のタイミングは2023-2025年くらいだと想定される。
先日、JR東日本がかばんを持ったまま改札を通過できる「タッチレスゲート」の導入を2-3年以内をめどに進めているという共同通信の報道があったが、これは同社が今年2019年半ばに発表した経営ビジョン「変革2027」で触れていたもので、今後7-8年程度をかけて順次実現していく目標の1つだと考えられる。自動改札の更新サイクルと合わせ、もし磁気切符のリプレイスを考えているのであれば、2025年ごろが適当なのではないだろうか。
実際、JR東日本がQRコード改札に興味を持っていた様子はいろいろとうかがえる。例えば今年2019年3月に開催された「リテールテック」では、オムロンブースにおいてQRコードを使った自動改札システムが参考出展されていた。同社は顧客についての話題は避けたが、過去には多くの改札システムを鉄道会社向けに提供しており、この仕組みがまったく白紙状態から突然出現したわけではないと考えるのが妥当だ。これが意味するのは、JR東日本だけでなく、複数の私鉄も含む企業が試みに参加している可能性であり、磁気切符のリプレイスが1社に限った話題ではないことを示唆している。
QRコードは切符そのものの券面への印刷のほか、事前に購入または予約済みだった切符をQRコード提示によって券売機で受け取り、改札に通すための切符を入手するといったことも可能になっている。どのような共通規格を制定するのかは今後のウォッチが必要だが、サイバネ規格との連携も含め気になるところだ。
またユニークコードなどを埋め込めば同じ切符の再利用は不可能になるためセキュリティも一定程度担保される。その意味でQRコード採用は退化ではなく、磁気切符の問題をクリアするための次のステップの1つなのだ。