鈴木淳也のPay Attention

第23回

日本郵便キャッシュレス対応の衝撃

日本郵便は10月25日、2020年2月以降から全国65の郵便局でのキャッシュレス決済の取り扱いを開始し、同年5月までに8,500局まで拡大していくと発表した。これまで現金で支払うしかなかった郵便料金や切手、はがき、そのほか関連の取扱商品がクレジットカードや電子マネーで購入できるわけで、日本がキャッシュレス化を目指すうえで大きな一歩だ。

ただ筆者が一番気になったのは、「なぜいまこのタイミングで?」という部分。

もともと国営企業であり、郵政民営化を経て日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の3つの事業を抱える日本郵政グループを構成する日本郵便。意思決定を含め、さまざまなものが“重い”という印象を抱いたりもする同社だが、「(キャッシュレスを)入れられない理由を考えているようではダメ」とキャッシュレス事業をリードした日本郵便でデジタルビジネス戦略部長の橘佳紀氏は説明する。

もちろん、国として「2025年までにキャッシュレス決済比率40%超え」という目標があり、日本郵便クラスの企業がそれに歩調を合わせる必要があるという理由もある。だが一方で、増え続ける外国人訪問客をはじめ、国内の決済事情は日々刻々と変化している。日本郵便キャッシュレス化の背景について同氏にうかがった。

日本郵便 デジタルビジネス戦略部長 橘佳紀氏

きっかけは現場の声、外国人増加の背景もあり……

冒頭の「なぜいま?」の部分だが、「なんとか東京五輪までに導入したいから」だと同氏は答える。キャッシュレス導入あたってはシステム改修が発生し、端末の全国展開や従業員教育などもあるため、「(東京五輪が開催される)7月前のデッドライン」から逆算しつつ、4月の人事異動がある時期を避け、2カ月程度のマージンを前後に取った結果、2月に第1弾、5月に第2弾という形で決まったようだ。

導入のきっかけとしてはいろいろお題目があるものの、やはり「顧客の要望」という部分にあったようだ。

「数字には出てこないが、現場の声としては(キャッシュレス決済を受け付けないのかという要望が)あった。外国の方であればクレジットカード、日本の方であればSuicaのような電子マネーが使えないのかという形で」と橘氏は述べる。

ゆえにキャッシュレス対応の話はすでに日本郵便の中でも数年前から存在しており、対応しないことによる利便性を提供するうえでのデメリットが顕在化しつつあった。

去年や一昨年くらいからスマホ(アプリ)決済が伸びてきて認知度が向上したこと、またすでにピークアウトしたとはいわれるものの、中国からの訪問客がお土産で切手を購入したり、あるいは購入した商品をEMSを使って送ったり、フリマでゆうパックを使う顧客がいたりと、現金以外の決済手段を求める声はしだいに大きくなっていたと思われる。

物販方面では、特に切手、絵はがき、便せんといったものは根強い人気があり、お土産として重宝されている。そのため、昨年2018年2月ごろに東京駅前の中央郵便局の窓口の1つでクレジットカードの利用を試験的に導入してみたところ、東京駅の真ん前という場所柄か外国人からの評判も上々だったという。

今後日本がキャッシュレス対応していくなかで、現金以外の選択肢に慣れた顧客が「なぜ郵便では現金しか使えないの?」ということで不自由を強いられるのは好ましくない。こうした流れでの日本郵便キャッシュレス化というわけだ。

導入に向けての課題。「切手」もキャッシュレスで買える

とはいえ、これまで郵便がキャッシュレスを導入できなかったのはいくつか理由がある。1つは切手などが売買可能な「金券」に近い商品であり、これを利用してクレジットカードで切手を大量購入して換金することでキャッシング行為が可能であること。もう1つは郵便料金に対して手数料のコストが上乗せされるため、それ自体の妥当性についてだ。

1つめの金券扱いの問題については、「クレジットカード会社などの確認を取り、『切手やはがき、郵便料金それ自体が商品である』という特性を鑑みたうえで許可された」とのことで、郵便局で扱う場合においてのみキャッシュレスでの購入や利用が可能になっている。例えばコンビニなどで切手を購入する場合には「また別途確認と許可が必要」ということで、ある意味で特例措置となっているようだ。一方で前述のキャッシングや資金洗浄的な不正行為を防止するため「購入金額のところで上限を設定するなど、一定の制限はかける」(橘氏)という。

2つめの手数料問題については、郵便事業という特性上、ライバル企業が存在しないなかで「コストだけかかって、売上が伸びないのではないか」という議論はあったという。

ただ今回の場合、「社会に対応する必要なインフラであり。費用対効果ではない」ということで導入が決定されたという。

「キャッシュレスになると事務処理のコストは減っていくので、その点での効果も考えている」と橘氏は付け加える。

実際、郵便局でどの程度キャッシュレスが利用されるのかについて「当面は政府が目指すところの4割は想定している。そこまでの推移も世間の標準的な水準で推移すると考えている」と同氏は分析する。

課題はあるが、顧客の利便性と社会インフラとしての役割を優先したという

NFC PayとQRコードにも対応する決済端末

郵便のキャッシュレス化というだけでも充分興味深いのだが、今回さらに興味深いのは、現状で考えられるメジャーな決済手段をだいたい網羅したうえで、いわゆる「NFC Pay」と呼ばれるクレジットカードのタッチ決済(非接触決済)に対応している点にある。日本国内でまだ数えるほどしか対応店舗がない状況で、これはかなりの英断だ。

橘氏によれば「欧米ではクレジットカードが主流、日本人の方は電子マネー、理想としてはすべて対応が望ましい」ということで、入れられるものをすべて入れたようだ。

NFC Payについても「海外ではタッチ決済が増えており、五輪需要に対応するため」とその理由を述べる。電子マネーでは、nanacoと楽天Edyが未対応となっているが、「返金処理が端末上で行なえない」というオペレーション上の問題を理由としている。

端末にはパナソニック製の「JT-C522」が採用されている。クレジットカードは「磁気ストライプ」「IC」「NFC」の3種類にすべて対応し、スマホ(アプリ)決済では顧客のQRコードやバーコード読み取りが可能なカメラを背面に搭載、プリンタを内蔵する。

決済端末はパナソニックの「JT-C522」。CCTなどの装置も不要で、4G LTEを搭載してスタンドアロン運用が可能なモバイル端末
スクリーン上部のオレンジ色の帯はタッチ決済の目印。処理中は光が点滅する

4G LTEのネットワーク経由でインターネットに接続され、決済処理はこちらを経由して行なう。クレジットカードや電子マネーはCAFIS Arch、スマホ(アプリ)決済はネットスターズのStarPayのゲートウェイを利用する。

基本的にはスタンドアロンのモバイル端末として運用され、郵便局の営業時間中は連続稼働が可能なバッテリ容量を持つ。郵便局のPOS端末とは1対1でBluetooth接続され、商品情報のデータのやり取りを行なう。

このようなネットワーク構成となっているのは、郵便局側のネットワークは専用回線になっており、決済データ送受信のために“穴”を空けるのはリスクを伴うこと、そして全国の郵便局ではWi-Fi環境なども整備されておらず、スタンドアロン運用が前提となっているため。業者の決済手数料や端末選定も含めて入札で構成が決定されたが、パナソニックによれば選定基準の1つに「既存の稼働実績が重視された可能性がある」とのことで、1万を超える拠点での安定運用を何より重視していたと考えられる。

対応する決済一覧とネットワーク構成図(出典:日本郵便)

スマホ(アプリ)決済については、基本的に国内でメジャーとされるものは一通りサポートし、さらに中国からの訪問客の利用を考えてAlipayとWeChat Payに対応したようだ。東南アジア系のQRコード決済なども「追加自体は簡単なので、折りを見て検討する」とのことで、柔軟に対処する姿勢を示す。

忘れてはいけないのは“ゆうちょPay”。

「これは絶対に外せません(笑)」と橘氏は述べる。実際にはゆうちょPayに紐付いてさらに複数の「銀行Pay」が利用できるため、対応するスマホ(アプリ)決済の数は多い。これまで「グループ企業が提供するサービスなのに郵便局で販売する商品やサービスが買えない」と揶揄されていた「ゆうちょPay」だが、来年初頭にはもう後ろ指さされることはなくなりそうだ。

特に郵便局は“ゆうちょPay”の宣伝窓口であり、場合によってはサポート窓口にもなり得る。その意味で、ゆうちょPayのスタート地点はようやく2020年にやってくるのかもしれない。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)