鈴木淳也のPay Attention
第17回
欧州はタッチ決済が常識? 3都市滞在をクレカ+タッチ決済のみで生き残る
2019年10月18日 08:15
9月24~26日の3日間にわたってフランスのパリで開催されていた小売展示会を見てきた。ここでの取材内容は改めて別の機会で触れるが、講演もすべてフランス語で行なわれる小売業界に特化したローカルイベントというのはなかなか新鮮な体験だった。欧州内で開催される展示会を通して現地の小売事情を調べるほか、周辺都市を周遊することで全体的な情報をアップデートすることも旅の目的だ。
今回はパリだけでなく、北欧諸国では唯一訪問したことがなかったアイスランドの首都レイキャビクにも顔を出してみた。また往復の関係上、フライトの値段も安く便の選択肢の多い英ロンドンを今回は経由しており、全体ではロンドン、レイキャビク、パリの3都市訪問となった。
アイスランドでは「アイスランドクローナ(ISK)」という独自通貨が流通しているが、国の経済規模が小さいという事情から通貨流通コストを下げるため以前より“キャッシュレス”政策が推進されていることでも知られており、今回の滞在ではアイスランドを含む3カ国訪問で「一度も現金に触れないでやり過ごす」ことを目標にしてみた。
具体的にはNFCのタッチ決済に対応したクレジットカードとApple Payのみですべての支払いを済ませるというもの。この体験を通じて現地の決済事情に少しばかり触れていただければと思う。
タッチ決済天国のロンドン
トップバッターのロンドンのキャッシュレス体験は非常に快適だ。2012年のロンドン五輪以降に急速に整備された英国の非接触決済端末だが、ほとんどの場所がタッチ決済で乗り切れる。先日、米ニューヨークで「OMNY」と呼ばれる「クレカやApple Payなどの非接触決済対応端末のタッチで乗車できる」改札システムが導入されて話題になったが、これを開発したCubic Transportation Systemsが最初にシステムを導入したのがロンドン交通局(TfL:Transport for London)であり、いわゆる“オープンループ”(注:専用カード等ではなく、クレジットカードなどの非接触決済サービスを受け入れ)の仕組みを使った改札システムの先駆者にあたる。
TfLでは「Oyster」と呼ばれる交通系ICカードを発行しているが、毎年3,000万人以上といわれる訪問者を対象にしたICカードの発行と維持はかなりのコスト負担であり、オープンループ導入後はコストの大幅な削減に成功したという。またTfLでは「料金キャップ制」を導入しており、例えば通常は地下鉄1区間2.40ポンドかかる1ゾーンあたりの移動が1日最大7ポンドまでしか請求されないというルールがある。これはOysterではないクレカなどのタッチ乗車でも有効で、請求は1回ごとではなく1日単位で行なわれる。
交通系サービスに限らず、ロンドン市内ではおよそ旅行者が行くと思われる場所はほぼすべてタッチ決済に対応している。パブでビールを飲むだけでも気軽にタッチ決済が使えるので現金が出る幕はない。英国においては、上限30ポンドまでであればクレカのタッチ操作のみで決済が行なえる。それ以上の金額の場合はICチップ+PIN入力となるが、Apple Payなどの「支払い時に指紋認証などの2要素認証が含まれる決済手段」の場合はこうした金額上限がないため、すべてタッチ決済でやり過ごすことが可能だ。
今回ロンドンを訪問して気付いたのは、「セルフ決済」に特化した店舗が多く見受けられたことだ。例えばマクドナルドには「to go」という持ち帰り専門店が存在しており、店内にはEasy Orderと呼ばれるセルフ注文端末しか存在せず、内装も受け渡しカウンターしかない非常にシンプルな作りだ。
コンビニのTesco Expressではセルフ決済端末のみで運営されている店舗があり、夜間に1人だけいる従業員は監視をしているだけだ。ロンドンの高い地価や人件費を反映したものと考えられるが、今後日本にも波及する可能性のある興味深いトレンドかもしれない。
最北の小国アイスランドはいかにキャッシュレスを実現しているのか
次はアイスランドだ。キャッシュレス先進国とは聞いていた同国だが、この文脈で訪問した記録が英語を含めてほとんど見つからなかったため、割と手探り状態での2泊3日のレイキャビク滞在となった。
1つわかったのは、リアル店舗の決済では訪問した場所すべてで非接触対応の決済端末が存在し、キャッシュレス決済が可能だった点で、このあたりは他の北欧4カ国の事情に近い。スウェーデンのストックホルムのように古い端末が混在してタッチ決済未対応ということはなく、すべて最新のIngenicoやVerifone端末が設置されていた。
ただし、なぜか非接触決済できなかった場面が何度かあり、3回に1回程度は取り扱いを拒否する警告が表示されてICチップ+PIN入力を選択せざるを得なかった。物価の非常に高いアイスランドだが、1,000円以下のタッチ決済でも何度か引っかかっていたため、何らかの理由で連続で同じカードが使えないようにするなどの防護策が採られているのかもしれない。またキャッシュレス先進国といわれるが、街のカフェや市場などで決済風景をしばらく観察していたところ、クレカ(デビット)利用と現金利用で半々程度、カード利用の場合はタッチとIC利用で半々といった具合だ。
スウェーデンやデンマークでも感じたが、思っていた以上に現金利用が多いのはアイスランドでも変わらないようだ。
興味深いのは市内を走るバスで、運行頻度が1時間に1~3回程度と使いにくい公共交通だが、信用乗車に近いシステムを採用している。
交通系ICカードのようなものは導入されておらず、運転席横に現金支払い用の箱が設置されているのみ。ただし現金を投入する客はほとんどおらず、皆1カ月利用のパスなどを所持して乗車しているようだ(一応運転手がパスをチェックしているような動作はしているように見受けられる)。
旅行者の場合は1日券や3日券のようなパス、あるいは市内の美術館などの施設が無料または割引になる周遊パスを購入し、利用開始時間を書き込むことで信用乗車を行なっている。これらパスは各ホテルやゲストハウスで販売されており(レイキャビクでは中心部の宿のほとんどがホテルではなくゲストハウス)、ホテル到着後に購入してすぐに移動できるはずなのだが、筆者が泊まったホテルでは「売り切れ」といわれ、購入できる場所として指示された観光案内所まで20分以上歩かされることになった。
空港とレイキャビク市内の移動は基本的に2つあるバス会社のツアーバスを使うことになるが、これは事前にインターネットでチケットを購入しておき、メールで送られてきたPDFファイルを印刷して提示することで乗車する。
空港にあるバス会社のカウンターでチケットを購入することも可能だが、満員で乗車拒否される可能性があるほか、復路の移動でホテルでのピックアップを希望する場合などは予約が必須となる。前述のように市内交通が全然当てにならないため、レンタカーを利用しない場合はネットでツアーバスを予約する以外の手段はないと考えていい。
有名な天然温泉「ブルーラグーン」など市内から離れた観光地への移動もすべてネットでツアーバスを予約したり、事前に入場券を購入する必要があり、インターネットを効率活用してキャッシュレスを実践しているのがアイスランドの特徴なのかもしれない。なお、こうしたネット予約代行はホテルのスタッフや観光案内所が行なってくれるので、ネット環境がないという人でもサービス自体は利用できる。
Navigo easyとパリのタッチ決済の謎
今回の旅程で最終目的地となるパリでは3泊4日の予定で滞在した。ロンドンからはユーロスターで移動してパリの北駅(Gare du Nord)に到着し、ホテル最寄りとなる駅まで市内移動の1回券を購入してメトロで移動。チェックインして荷物を置いた後、最寄りでは一番大きい駅であるMontparnasse - Bienvenueまで移動して「Navigo easy」と呼ばれる交通系ICカードをメトロ改札前のサービス事務局で2ユーロで購入した。
パリでは「Navigo」という非接触の交通系ICカードシステムが用意されているが、これは基本的には「月曜日から日曜日まで」という1週間利用のパスで、筆者のような短期滞在の旅行者には不向きだ。今回購入した「Navigo easy」はそうした旅行者のニーズに応える新しいパスで、基本的には「1回券」をチャージすることで逐次利用する。
パリでは10回券が14.90ユーロで購入でき(Carnet - カルネという)、1回券を1.90ユーロで購入するよりお得だ。今回はNavigo easy入手後に自動券売機でまず10回券をクレカでチャージしておき、後でさらに1回券を4回分チャージしておいて、旅程全体で使い切った。
Navigo easyの難点はパリ20区の外に出るゾーン2以降の運賃体系に対応していないこと。この場合は別途違うチケットを紙で購入する必要がある。筆者の場合は、最後帰国時にパリ市内からシャルル・ド・ゴール空港までRER Bという近郊鉄道を使って移動する予定だったため、Navigo easyとは別に10.3ユーロで紙のチケットを購入した。Navigo easyも「Roissy bus」や「Orly bus」といった空港へのバス移動のパスは購入登録が可能なのだが、電車による区間運賃には対応していない。
クレカとタッチ決済のみで生き残ると決めた今回の欧州周遊だが、キャッシュレスは達成した反面、パリでの最大の問題は「タッチ決済」だった。ロンドンでは無問題、アイスランドではたまに弾かれるという程度だったタッチ決済だが、なんとパリでは行く場所行く場所でことごとく取り扱いを拒否され、ICチップ+PIN入力の決済を求められた。
特にクレカについてはすべての店舗や自販機で取り扱いを拒否される一方、米国発行のデビットカードを登録したApple Payはパリ北駅到着直後にPaulでランチを購入したのをはじめ、“ときどき”利用できることもある。原因がまったくわからなかったので、時間を見つけてはパリ市内のいたる場所にあるマクドナルドでタッチ決済が通るかの実験を行なっていたが、結果は全滅だった。
市内滞在もあと1時間となり、ほぼ諦め状態でお土産を購入した帰り道に寄ったレピュブリク広場前のマクドナルドでダメ元でタッチ決済を試してみたところ、なんと最後の最後に通ってしまった。Apple Payを除けば、日本発行のクレカでタッチ決済が成功したのはこのマクドナルド店舗が唯一だ。
あとで自身が持つクレカを発行する日本のカード会社の関係者に事情を話して相談してみたところ、「もし1店舗でもタッチ決済が通ったのならば、原因はおそらくパリの小売店側にある」とのことで、日本のカード会社には問題がなく、フランス国内の決済ネットワークを処理する過程で何らかの問題が発生し、取り扱いが拒否されている可能性があるという。もし今後フランスに渡航してタッチ決済を試してみたいという方がいたら、このあたりに注意しておくといいかもしれない。
またパリ滞在中は「現地でQRコード決済がどれだけ広がっているか」を調べるため、AlipayやWeChat Payのアクセプタンスマークをチェックしつつ、店舗での聞き込みを行なったが、シャンゼリゼ通りをはじめ一部店舗で中国からの旅行者を対象にサービスを提供している程度で、全体としては非常に少ないという印象を受けた。
フランス現地では「Lyf pay(ライフペイ)」というQRコード決済サービスが2017年より展開され、Alipay決済の受け入れも可能な状態で存在しているはずだが(PayPayの提携を想像していただくといいだろう)、今回の滞在中に見かけることは一度もなかった。なお、写真のLyf payのマークはParis Retail Weekの会場内で撮影したものとなる。