鈴木淳也のPay Attention
第11回
いま「コーポレートカード」が熱い。なぜ会計ソフトのfreeeがカードを?
2019年8月30日 09:15
先日、FinTech関連の会合に出ていたところ、会計ソフトの「freee」の方々と挨拶する機会があった。「最近事業的に面白いトピックはないか」と尋ねたところ、「コーポレートカードがいま熱い」という。
コーポレートカードとは、カード会社が法人向けに発行するクレジットカードのことだが、その中でも中小企業向けのコーポレートカードが特に人気で、freee内部でも重要な存在になりつつあるという。この話題に興味を持った筆者はさっそくアポイントを取り、同社の金融事業本部でクレジットカード事業責任者兼マーケティング・グロース責任者の佐々木駿氏に、その背景にあるものを聞いてみることにした。
クレカ提供は創業時からのアイデア
同社のコーポレートカードブランドである「freeeカード」発行の起源は2017年9月にさかのぼる。当初はライフカードとの提携でMastercardブランドのコーポレートカードの発行を開始したのがきっかけで、後に2018年2月にVisaブランドでのfreeeカードを三井住友カードとの提携で発行開始している。
その背景について佐々木氏は「freee代表の佐々木(ここで話している佐々木氏とは別の佐々木大輔氏のこと)や役員らは、freee創業以前にも起業を経験したもので、起業の過程でクレジットカードが作れないという問題に直面しています。会社を辞めて設立というチャレンジをするわけですが、会社を辞めたとたんに信用がなくなるためです。本来であればクレカはベンチャーを起業し、チャレンジしようとする人であるほど必要なツールなのですが、それが作れないわけです。そうした経験もあり、『(freeeを)創業したらクレカを発行する』という目標が最初からあり、それがようやく実現したのです」と説明する。
freeeのサービス開始は2013年なので、4年以上をかけてようやく実現したわけだ。
まず前提の話だが、なぜコーポレートカードが必要なのだろうか?
業種にもよるが、最近はGoogleのデジタル広告やAWS(Amazon Web Service)、Office 365など、クラウド系のサービスを中心に、クレジットカードを登録して利用するサブスクリプションベースのものが多い。これらは会社の宣伝ツール、Webを使ったマーケティング活動、業務の生産性を上げるツールだが、クレジットカードがないだけで、こうした便利なツールがとたんに使えなくなる。
コーポレートカードは引き落とし先に法人で登録した銀行口座を指定しただけのもので、与信は会社の実績から判断される。よくあるケースでは、創業したての会社よりも大手企業をやめたばかりの個人の方が信用が高く、限度額の高いクレカを持っていたりする。一連のクラウド利用の決済もこの個人カードを使えばいいわけだが、個人のクレカで会社での支出を一緒くたにするのは会計処理上後々面倒なことになる。
freeeの事情で考えれば、せっかく入出金を自動管理する会計ソフトというツールを提供しているにもかかわらず、個人クレカが絡むだけで手動処理が必要になり、そのメリットを十分に活かせないわけで、先に挙げたように「経験上解決したいピンポイントの問題」としてクレカ発行が挙げられていた。
では提供までに時間がかかった理由だが、「あえてfreeeでクレカを発行する価値を出せなかった」と佐々木氏はいう。
単純にクレカを発行しただけでは「普通にベンチャー企業がカード会社にクレカ発行を申し込んだのと同じ」であり、与信判断で落とされたり、限度額が低かったりと、使い勝手の面で他のカードと差別化が難しかったからだ。後にライフカードとの提携で、本来は与信判断のところで落とさざるを得なかったユーザーも含めて間口を広げ、限度額やサービスの段階こそあるものの、いままで以上に起業する人を応援できる態勢が整ったという。
発行されるクレカの概要は「同社のページ(カード会社と共同開発した事業特化のクレジットカード-freeeカード)」にもあるが、最も簡易な「freeeカードライト」の場合はWebでの申請のみで発行依頼が可能で、本人確認のみが行なわれる。審査基準が厳しくなるほど限度額が高くなる仕組みだ。
評判は冒頭にもあるように上々で、フィードバックとしては「Web上の申請だけでカードが作れた」「いままで持てなかったコーポレートカードが持てるようになった」「自分の(会社の)屋号が入ったカードが届いた」「ビジネス向けカードの存在を知らなかった」といった声があったという。
提供開始から2年弱を経て、2019年7月時点で1万枚あまりのカードを発行しており、同種のカード発行と比較して伸びが早いと佐々木氏は述べている。用途としては前述のクラウドサービスの利用のほか、Amazonで買い物をしたり、モノタロウのクーポンやアスクル、Adobeのソフトウェア、G Suite、そしてfreeeのサービスそのものなど、業務に必要なツールや什器を揃えるための支払いに利用するケースが多いという。
一方で、カードの1契約あたりの限度額は最高でも300-500万円程度であり、法人が業務に必要な支払いをすべてカードで行なっていると足りなくなるケースは当然あるだろう。従業員が10名未満であればいいが、これが何十単位で増えていくと、個々のサブスクリプションを契約していくだけであっという間に限度額に達する。
さらに追加のカードを発行していくのも手だが、こうしたニーズに応えるために現在準備中なのがセゾンカードとの提携で提供予定の「freeeセゾンプラチナビジネスカード」だ。ブランドはAmerican Expressで、その最大の特徴は与信審査にfreeeのデータを利用する点にある。カード会社に生の経理データを渡すのではなく、freee上の取引実績から同社自身が安全度を判断し、与信審査に必要な情報を提供するという流れだ。これにより、限度額の問題をある程度解決できるとみられる。
これからのfreee
そんな同社がコーポレートカードと並んで最近力を入れているのが「資金繰り改善ナビ」だ。中小に限らずキャッシュフローの管理は企業の悩みの種だが、過去のfreeeへの入力情報から今後の資金状況を予測し、もし不足分が出ると予想される場合に資金調達のための手段を提案するサービスだ。
資金融資は銀行が十八番とするサービスだが、実際に審査から融資が行なわれるまでに数カ月単位で時間がかかることも多く、いざ逼迫した場面に遭遇してから融資を依頼しても間に合わないということもあるだろう。
現在freeeでは短期を中心とした「オファー型融資」、請求書を基に現金を貸し出す「請求書ファイナンス」、そして「freeeカード」のメニューを用意しており、状況に応じて“付加サービス”として提供を行なう。クレカは実際に支払ったタイミングと請求タイミングに差があり、うまく使えば少ないキャッシュフローで大きなビジネスをやりくりできる。このテクニックを使ってSaaS型ビジネスを提供するベンチャー企業がキャッシュフローを改善するサービスも存在していたりするが、Webサービス事業者以外にもいろいろ応用できるはずだ。
こうした主に中小企業をターゲットにしたコーポレートカードのビジネスは、ありそうでなかなかなかったものかもしれない。競合としては、同業者のマネーフォワードが提供する「ビジネスVISAカード」があるが、これまで既存のカード会社が提供できなかったサービスを、会計ソフトのデータをうまく駆使して“ニッチ”を埋める形のビジネスに仕立て上げた点で興味深い。
米国ではやはり同時期の2017年にコーポレートカードを提供して急成長している「Brex」などが知られているが、やはり既存の金融サービスでは補えない分野を新興FinTech企業が埋めていく姿が見て取れる。
freeeは立ち上げ直後の企業をカードビジネスで支援していくと同時に、2017年に開始したEnterpriseプランの提供で内部統制が必要な比較的大規模な企業での会計に対応したり、株式上場を考える企業の監査ニーズに応えるサービスをPwCあらたと共同でスタートしたりと、会計ソフトという製品を軸に周辺領域へとビジネスを拡大しつつある。
昔、個人向け会計ソフトのサービスを提供開始したばかりの同社から、現在の姿を想像出来た人がどれだけいるだろうか? これがいま、日本のFinTech市場で起きているトレンドだ。