鈴木淳也のPay Attention

第7回

「決済のエンタメ化」から「体験課金」。ミクシィとイベントとタッチ決済

イベント興行と「決済」

クレジットカードに電子マネー、スマホ決済まで、さまざまな決済ツールが存在するが、多くの方々はその場面に応じて適切な手段を使い分けていることだろう。一方で、こうした使い分けが必ずしもフィットしないのが「特定施設の内部」や「イベント興行」の場面だ。

7月13・14日の2日間にわたって幕張メッセで開催された「XFLAG PARK 2019」

例えば温泉施設やプールを含むレジャー施設など、普段使いの決済手段を持ち歩くにはセキュリティ上不向きだし、なにより大量の水や温水にプラスチックのカードやスマートフォンを直接さらすわけにはいかない。

イベント敷地内では、セキュリティ上の制限、あるいは利用体験の面から、できるだけ統一的な決済手段が提供されることが望ましい場合がある。例えば、入り口で渡されるリストバンドが各種アトラクションのチケットの役割を果たすと同時に、決済機能を持たせることでイベント敷地内での買い物が簡単になる。これはVisaなどがタッチ決済のプロモーションのためにたびたび実験サービスを実施しているが、入退場のチケットだけでなく、物販の決済手段を統一することで行列のないスムーズな体験を提供できることが狙いだ。

ユーザー体験を重視するイベント興行主は、こうした新しい決済システムを自社イベントへと取り込み、試行錯誤しつつ日々改良を加えている。今回紹介するミクシィが主催の「XFLAG PARK 2019」もその1つであり、7月13日と14日の2日間の開催で、のべ4万人以上が来場した非常に大規模なイベントだ。

ミクシィのエンターテイメントブランド「XFLAG」主催のイベントは今回で4回目となるが、入退場のチケット管理に専用のリストバンドを導入しており、今回は新たに「後払い」にも対応したイベント特化型の「タッチ決済」をサポートする。

XFLAGでは複数の友人とイベントを楽しむというコンセプトから、このタッチ決済には「(人数によって演出が異なる)割り勘機能」やポテトのフレーバーをランダムで当てる「ルーレット機能」が搭載されている。実際にイベントの場面で、こうした機能がどのように活用され、効果的に利用されたのだろうか。

ミクシィの持つ「モンスターストライク」などのコンテンツをあしらった演出が目立つXFLAG PARK。写真はモンスターストライクのスピンオフ作品である「モンソニ!」のライブの様子

「タッチ決済」の効果

XFLAG PARKのチケットをオンライン購入するとQRコードが送付され、それを会場入り口で提示すると「ORABAND」というリストバンドへと交換してもらえる。これが入退場のチケットになるとともに、会場内でのタッチ決済に利用できる。ORABANDを実際にタッチ決済に利用するには、XFLAGのチケットを購入したサイトで同機能を「有効」にしておく必要がある。タッチ決済における支払い手段は「クレジットカードを登録する」または「後払い」の2つのオプションがあり、後者を選択すると後日請求が届いてコンビニでの支払いを求められる。

入場時にチケットと引き替えに渡されるORABAND。決済機能を付与するかは個人の判断
入場ゲートに設置された端末。ここにチケットのQRコードを読ませ、ORABANDを発行する

この「後払い」というオプションが今回のタッチ決済における1つの特徴となるが、クレジットカード以外の決済手段を用意した理由について「近年相次ぐクレジットカードのトラブルで、カード番号を登録することに心理的なハードルがある」「もともとクレジットカードを利用しないというお客様もそれなりにいる」といった背景を説明するのはミクシィ ライブエクスペリエンス事業本部LX開発室室長の石井訓象氏だ。

ORABANDでタッチ決済を有効化すると上限金額の3万円に達するまで期間中の利用金額が蓄積され、その金額は先ほどのサイトで逐次確認できる。後払いオプションではこの金額が請求されるわけだが、クレジット処理ということで本来は与信をとったうえで許可する後払いの仕組みだ。

石井氏によれば、今回は登録した電話番号にSMSを送信して認証を行なうことで「与信」としており、少なくとも電話番号が有効であれば請求が可能だろうという判断に基づく。「実際に未回収分があるかどうかはチャレンジ」と同氏はいうが、それも含めていろいろ学べることがあるとも述べている。

ミクシィ ライブエクスペリエンス事業本部LX開発室室長の石井訓象氏

タッチ決済導入の狙いは、会場での物販や飲食物のスムーズな購入と、複数の友人が揃ったときに「支払うという仕組みそのものを楽しんでほしい」という部分にある。

前者について、タッチ決済を実際に有効化していたのは4万人以上の来場者のうち約5,000人(1人が複数のチケットを購入しているケースがあるため概算)、そのうちクレジットカードでの支払いが約60%で、後払いオプションを選択したのは約40%。物販と飲食コーナーでの全体の決済回数のうち、約20%がORABANDを利用したタッチ決済だったという。

タッチ決済を選択した来場者の比率が約12.5%を考えれば、回数ベースで2倍近い水準というのは相応の効果があったといえるだろう。またタッチ決済には3万円という上限があるため、上限に達した利用者から現金やその場でのクレジットカード決済に流れてしまうという問題もあるが、このあたりは今後利用動向を見ながら調整していくことになる。

タッチ決済の利用金額はチケットを購入したXFLAGのサイトで逐次確認できる

エンターテイメントの面では、「割り勘機能」を利用すると購入時の演出が変わるという仕掛けがわかりやすい。会場ではタッチ決済専用の飲食物販売用ワゴンが巡回しているが、ここで割り勘決済を依頼すると、最大4人まで順番にORABANDをワゴン販売員が持つ決済端末(スマートフォン)でタッチしていく。タッチするごとに電飾の変化が派手になり、4人目にはレインボーカラーでLEDが点滅するという仕掛けだ。

購入金額に対して割り勘に参加した人数で割った数字が自動的に各人に請求されるようになっている。もし購入金額が人数で割りきれない数字だった場合、最初にタッチした人に余りの金額が余計に請求されることになる。

飲食販売のコーナーでは「クレジットカードまたは現金」のコーナーか、「タッチ決済も利用できる」コーナーの2種類が用意されている。数としてはタッチ決済対応のコーナーの方が多く、スムーズに人が流れるようになっている
タッチ決済に利用する読み取り端末は入場ゲートのものと同じ。ここにORABANDに据え付けられたRFIDタグをNFCで読み取らせる
タッチ決済のみに対応したワゴン販売。割り勘に参加した人数が多いほどワゴンや販売員の頭にセットされたLED電飾が派手に点滅する

体験をビジネスにする

今回のイベントでは「後払いにも対応したイベント特化型のキャッシュレス『タッチ決済』システムのサービスを開発」というキャッチフレーズで大々的に宣伝されている、前述石井氏によれば「僕らは別に決済をやりたいわけではない」という。

「3年前に社内で決済をやりたいとなった時、レッドオーシャンになるのはわかっているし、投資が膨大な一方で儲からないと考えていた。ここは僕らが勝負する領域ではなく、そうした環境が整った時代にどうやって『アプリケーション』の部分で勝負できるかを考えるのが重要だと思いました」とシステム開発の背景を説明する。

「決済自体をエンタメ化して、それによってお客様がライブエクスペリエンスの中で楽しんでもらえる仕組みを作ることで、そうした土台を作っていきたい」と石井氏がいうように、「決済」というのは「イベント」という体験スペース全体のスパイスの1つに過ぎないというわけだ。

このようにユーザー体験が重要になっていく理由に、興行ビジネスの限界があるという。「僕らはゲームのイベントで興行を行なっていますが、いわゆる興行ビジネスではその中での物販や飲食で売上を得るというモデルで成り立っている。いろいろ聴き取りを行なっていると、社会的地位を得てお金を稼げるようになったお客様は、逆に関連グッズを買わなくなってしまう。家に家族がいるのでグッズはいらないけど、アーティストなどの体験に対しては支払いたいというニーズです。つまり体験へ課金するという懐が大きくなってきており、これを受け入れる仕組みがないと興行ビジネス自体が厳しくなっていくのではないかと考えています。もし決済することによって体験を得て、決済すること自体が楽しいと感じてもらえれば、客単価が上がるなかで興行も成り立っていくのではないのかなと」(石井氏)

決済は体験へとスムーズに誘導するための仕掛けであると同時に、決済自体を楽しんでもらうのもまた体験だということなのだろう。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)