西田宗千佳のイマトミライ

第269回

マイクロソフトが目指す「エージェント世界」 CopilotがUI

11月19日、米マイクロソフトは、シカゴにて同社の技術イベント「Microsoft Ignite 2024」を開催した。

Igniteは企業向け施策に関するイベントであり、個人向けの機器やサービスではなく企業向け施策が中心だ。そのため、個人から見ると多少縁遠く感じる部分はあるだろう。

だが、ここでマイクロソフトが目指していることは、PCの使い方の変化という意味で大きな価値を持っている。

今後、企業向けのPCとシステムのあり方がどう変化するのか。基調講演でのコメントや発表内容などから考えてみたい。

演算力を背景に「エージェンティックワールド」を構築

Igniteの基調講演にて、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOはこう切り出した。

マイクロソフトのサティア・ナデラCEO。画像はIgnite基調講演動画より

「スケーリングの法則は続いている。AIのパフォーマンスはムーアの法則を超え、現在は半年で倍増している。懐疑論はあり、そのこと自体は良いことだと思う。だが重要なのは、テストの時間や推論の時間にもスケーリングの法則が効き始めており、それが新しいイノベーションを生み出しているということだ」

2010年以降、GPUの高速化により演算能力の「スケーリングの法則」は拡大中

生成AIへの投資はいまだ続いている。GPUを中心としたハイパフォーマンスな演算力へのニーズも止まる気配がない。生成AIは大規模なサーバーによる演算力向上に支えられているが、その結果として、新しいコンピューティングモデルが生まれ、業務への活用が進もうとしている。

その「新しいコンピューティングモデル」としてマイクロソフトがアピールするのが「エージェンティックワールド(Agentic World)」だ。

ナデラCEOはこれからのコンピューティングを「エージェンティックワールド(Agentic World)」と呼称

ナデラCEOはその様を、「私たちの代わりに行動できるAIエージェントのタペストリー」と称する。

AIエージェントとは、こちらが与えた命令に従って働いてくれる、ある種の自動ソフトウェアと定義できる。マイクロソフトの生成AIであるCopilotから命令を与えると、その命令を解釈して一定の作業を、人間の代わりにまとめて行なう。人間の側から見れば、すべてを自分が行なうのではなく、「機械にやってもらう」ことでより効率的な作業が可能になる……ということだ。

エージェントの活用によって、各人の働き方をさらに強化する

AIエージェントによって、これまでできなかったことがいきなりできるようになるわけではない。今までは手間やスキルの問題で難しかったことを、もっと低コストかつ気軽にできるようになり、結果としては「よりできることが増える」と考えるのがわかりやすい。いわゆる自動化や、複雑な作業のセルフサービス化といった領域だ。

別な言い方をすれば、生成AIによって命令をプロンプトで伝えるだけでなく、その解釈と業務遂行のための仕組みを整えることで、スケーリングの法則によって生まれた演算力から生まれる生成AIの力をユーザーメリットまで引き寄せるための仕組みが「AIエージェント」ということになるのだろう。

マイクロソフト的に言えば、生成AIであるCopilotがエージェントを使うUIになり、全体としてユーザーへの価値を構築する、というモデルになる。

多数のエージェントがMicrosoft 365に組み込まれて活用されていく
Copilotはエージェントとセットとなり、UIとしてシステムの価値をユーザーに提供する存在に

このような「エージェントモデル」を重視するのはマイクロソフトだけの方針ではない。多くのプラットフォーマーがAIエージェントモデルの開発に取り組んでいるもの。マイクロソフトはそのトレンドをリードする立場にある。

今回マイクロソフトは、自社サービスの中で使うレディメイドのエージェントである「Agents in Microsoft 365」を複数用意した上で、さらに「Copilot Studio」でオリジナルのエージェントを作っていけるようにする。

例えば、コミュニケーションツールである「Microsoft Teams」には、書き起こしに加えて自動通訳のエージェントが追加される。それらの会議ログやシェアされたプレゼンテーションファイルなども内容を理解し、Copilotが解説してくれるようになる。会議をメモし、アジェンダを整理する「ファシリテーター・エージェント」もある。

そうした多層的なエージェントの連なりこそが、ナデラCEOのいう「AIエージェントのタペストリー」なのだろう。

現状我々は、生成AIを使いあぐねている。ともすれば、検索エンジンや要約ソフト代わりに使ってしまいがちだが、それでは真価は出づらい。エージェント的な使い方をいかに拡大していき、日常的な利用の中で価値を高めていくかが重要なのだ。

ただ、その点はどうしても企業向けのソリューションから始まるものであり、導入する企業とそうでないところでの温度差が生まれてしまうのは否めない。

Copilotを軸にデバイスも変わる 「小型クライアント」も

エージェンティックワールドは複数のレイヤーで構成されている。

1つは冒頭で述べたように「クラウドを中心としたシステム」。そして、その上にCopilotをUIとして使うPCなどの「デバイス」があり、さらに全体をセキュリティが担保する……という仕組みである、

Copilot自体とそれを動かすデバイスは、強固なセキュリティの中で活用されていく

Microsoft 365には積極的にCopilotとそこで活用するエージェントが搭載されていく。

Microsoft 365各アプリのCopilotも順次強化

さらに今回、マイクロソフトは、企業向けのMicrosoft 365について、Copilot機能の「オンデバイス化」に着手すると発表している。NPUを搭載した「Copilot+ PC」を利用している場合、そのNPUを使ってCopilotの推論処理を行なうわけだ。まずは数カ月の間に、OutlookやWordなどでの文章補完的な機能から実装していくという。

Copilot+ PCは6月に発売されたものの、オンデバイスAIを活用するキラーアプリがなかなか出てこなかった。主軸機能の1つである「Recall」も、機能のテスト公開時期が始まらずにここまできた。現状では12月からのテスト提供開始、とされている。

だが、企業向けとはいえ、オフラインでCopilotの機能が使えるようになるのは大きな変化だ。Copilot+ PCは個人向けの側面が大きかったが、今後は企業向けでの浸透も広がっていくことになりそうだ。

また今回マイクロソフトは、新しいハードウェアも発表している。「Windows 365 Link」がそれだ。

Windows 365 Link。小型で安価なWindows 365用シンクライアントで、'25年4月出荷予定
Windows 365 Linkを持つナデラCEO

Mac miniやミニPCのような小さなボディが特徴で、価格も349ドルと安価。来年4月より、いくつかの市場(明言はされていない)で発売される。

ただ、これは通常のPCとは違う機器である。クラウド経由でWindowsを提供する「Windows 365」向けのシンクライアントなので、ローカルにはOSやデータは蓄積しない。マイクロソフトとWindows 365の利用契約をした上で使うものだ。Windows 365自体が企業向けであり、個人が使うことはあまり想定していない。

こうした機器をマイクロソフトが出す理由は、それだけ、企業側でのデバイス管理が負担であり、それを軽減するシンクライアント需要を喚起したい、ということなのだろう。

企業のシステムがマイクロソフトのクラウドであるAzure上にあり、その上で作業の多くがAIエージェントとして動作するのであれば、データをローカルに置く必然性は薄い。

もちろん、ローカルにあるPCを操作した方が操作性は上がるし、データの扱いや性能面での自由度もある。だが、多数のクライアントの管理が必要な場合や、リモートワークで個人デバイスから企業内のシステムを使うことになるなら、クラウドベースのPCを選ぶ利点も多い。

Windows 365の広がりをアピール。企業向けのソリューションとしては価値も高い

マイクロソフトは最近、リモートデスクトップ系アプリを「Windows.app」に名称変更した。MacやiPad向けのアプリもこの名前になり、IgniteではAndroid版も発表されている。これもまた1つの流れ、ということなのだろう。

Meta QuestとWindowsが連携強化 12月よりテスト公開

一方、個人向けの発表もある。

12月よりマイクロソフトはMetaと共同で、XRデバイスである「Meta Quest」とWindows 11の連携を強化する。

以前より、Meta Questでは独自の「リモートデスクトップ」機能を使い、Windows PCやMacを接続、画面を仮想空間の中に表示して広い作業スペースとして利用できた。

だが今後は、Windows 11搭載PCおよびWindows 365を使い、特別なソフトをインストールすることなく、簡単に接続可能になる。リリースでは「Windowsの全ての機能が使える」という表現になっているのでわかりにくいが、要はリモート利用が可能、という話だ。

この機能はIgniteで初めて発表されたものではなく、9月に開かれたMetaの年次イベント「Meta Connect 2024」ですでに方針が公開されている。

9月末のMeta年次イベント「Meta Connect」での写真より。Windowsをマルチ画面で、Meta Quest 3の中から利用可能

現状のリモートデスクトップ機能もワイヤレスで利用できたが、専用のソフトをPC側にインストールする必要もあり、多少ハードルがあった。また、クラウドサービスであるWindows 365の利用も想定されてはいない。

しかし今後は、Windows 11搭載PCとWindows 365について、特別なソフトなどを用意することなく、Meta Quest 3およびMeta Quest 3Sに接続して使える。

また、従来はMetaのソリューションの場合「1画面」での接続が前提だったが、マルチ画面を仮想空間に持ち込むことも可能になる。

12月から「パブリックプレビュー」の形で機能提供が行なわれる予定なので、気になる方は試してみてはいかがだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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