西田宗千佳のイマトミライ
第259回
シャープはなぜ「EV」に参入するのか 「もう一つの部屋」の可能性
2024年9月9日 08:20
シャープが「自動車事業」への参入を発表した。発売時期・参入形態などは明確にされておらず、「数年後を1つのめどとして加速中」(シャープ・専務執行役員CTO兼ネクストインベーショングループ長の種谷元降氏)という。
シャープはなぜEV進出を決めたのか、その背景にあるのはなにかを考えてみよう。
技術公開で新規事業加速、その軸となる「EV」
シャープは9月17・18日の両日、技術関連展示イベント「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」を開催する。
同社は昨年もTech-Dayを開催しているが、今年で2回目。狙いは、同社が持っている技術を社外に公開することで、新しい事業の創出を加速することだ。
同様の考えを持つ企業は多い。CESやCEATECなどの大型テクノロジーイベントは、企業の仲立ちを果たすことが目的の一つだ。一方で近年は、より直接的な関係を構築するため、大企業が1社でイベントを開催することも増えている。シャープのTech-Dayの狙いもここにある。
その中で1つの目玉として発表されるのが、EV(電気自動車)のコンセプトモデルである「LDK+」だ。
5mほどで、車内は広めの構造。後部の席には65型のディスプレイが取り付けられているという。
シャープ広報によれば、今回展示されるものは「自走しない」とのことだが、冒頭で述べたように同社は自動車事業への参入意図を明確にしており、LDK+も1つの形態・案に過ぎない。
実のところ、「自走しないEVのコンセプトモデル」を家電系のメーカーが作るのは珍しい話ではない。LG、サムスン、そしてパナソニックも、CESなどのイベントではEVのコンセプトモデルを展示している。エレクトロニクスの応用分野としてEVにフォーカスするのは自然なことだ。
ただ、それらは「EV向けの事業を社外にアピールする」ことを目的としており、EV自体への参入を目指したものではない。
しかしシャープの取り組みは違う。明確に「EVへの参入」とコメントしているし、それを支える存在もある。
というのは、今回のEV参入を支えるのは、シャープの親会社にあたる鴻海精密工業(Foxconn)だからだ。
シャープは「Foxconnグループのプラットフォームを使う」と明言している。Foxconnは「MIH」というEV向けの車台(プラットフォーム)をすでに持っており、ライセンス供与も始めた。MIHはコンソーシアム化しており、プジョーやデンソー、村田製作所なども参加している。
ただ、Foxconnのプラットフォームを使うとはいうが、具体的に「MIHである」と明言されてはいないので、その点はご留意いただきたい。
とはいえ、シャープにもEVが作れる環境は整っていることだけは間違いない。同社は今後の産業として、車両と通信を行なう「V2X」技術にも着目している。そう考えれば、EV全体を手掛けたい、と考えるのもよくわかる。
EVはシンプルな技術と思われやすい。
しかし実際に走って販売できるものを作るには多数のノウハウが必要だし、アフターサポートや保険など、ビジネス上必要となる仕組みも多い。それをカバーするには相応の体制が必要となるわけで、「シャープだけ」でEVを製造販売できる、と考えるのは難しい。
ソニーもホンダとの合米事業である「ソニー・ホンダモビリティ」で市場参入する。
シャープがEVを手掛けられるのも、Foxconnの後ろ盾があり、そこから他企業との協力関係を活かして製品化を進めていくのだろう……と予測できる。
「もう一つの部屋」というEVコンセプト
今回シャープが公開したコンセプトモデルは「LDK+」と名付けられている。LDK=自宅にさらに部屋を追加する感覚のEV、という狙いからつけられた名称だ。
実のところ、EVのコンセプトとして「もう一つの部屋」を打ち出すものは少なくない。
今年1月のCESでホンダが公開したコンセプトモデルの1つ「スペース ハブ」も、広い空間での居住性を重視したものだ。
ソニー・ホンダモビリティの「AFEELA」はトラディショナルな自動車に近いデザインだが、内部には大きなディスプレイがあり、映像視聴環境としての快適さも打ち出している。
一般論として、自動車は「ライフサイクルの中で実際に乗っている時間が短い」道具でもある。自家用車の場合、所有している期間のうち自動車に乗っている時間は数%と言われている。
内燃機関で動く自動車の場合、燃料を使い続けなければ中にいるのは難しい。一方で大型のバッテリーが搭載されているEVは、バッテリーや外部電源からの電力で、空調などを動かしやすい特徴がある。
まだこれは自動運転が広がれば、車内空間には「プライベートスペース」としての役割が求められるようになってくるだろう。
そんなことから、EVを部屋に見立てる考え方は珍しいものではない。自宅で充電中に「はなれのような部屋として使う」という発想だ。
実際今でも、「車を駐車場に停めて仕事スペースに使う」とか「静かな環境を求めて自動車の中からビデオ会議に参加する」人はいる。その延長線上にあると考えればわかりやすい。
自動車を「走りを楽しむもの」ではなく「移動するプライベートスペース」と考えれば、コンセプト自体は珍しくないもの、といえそうだ。家電メーカーとしては取り組みやすい領域とも言える。
とはいえ、そこに強い魅力を感じてEVを選ぶには、「住環境の最適化」や「自動運転・運転アシストの普及」など、前提となるシナリオが複数ある。
わかりやすいものだが、シャープが「LDK+は1つのプラン」としているのも、リビング的EVが一歩先のものである……ということを示しているのではないだろうか。
「温めわけ電子レンジ」で廃棄食品を減らす
シャープの発表は、記者向けのTech-Dayの事前説明会で行なわれた。EV参入が大きなニュースだったので他が隠れてしまった印象が強いのだが、筆者が注目した技術は他にもある。
1つ目は「エリア別選択加熱技術」。要は、場所によって温める温度を変えられる電子レンジだ。
コンビニ弁当を食べる時、温まった漬物やポテトサラダに微妙な感情を抱いたことはないだろうか。現在の電子レンジは「中にあるものを一様に温める」機器なのでそうなってしまうわけだが、部位によって温め方を変えられるなら、状況は変わるだろう。
……とはいうものの、別に「漬物を冷たいままにする」ためにこの技術があるわけではない。
0度近辺で提供される「チルド」食品や、冷凍食品を温める温度を変えることで、提供可能な食品の幅を広げることが狙いだ。
冷凍やチルドの場合、店舗・流通での保存期間を増やせる。現状、コンビニ弁当などで冷凍・チルドの比率は高くないのだが、比率を高めれば、「賞味期限切れで廃棄される食品」の量を減らすことができる。
現状の試作機では下から電波を当て、エリアによって電波強度を変えることで温める温度を変える、比較的シンプルな構造になっているという。温める範囲や位置を細かく変えたりする機能は搭載されていない。
まずはコンビニなどと用途・価値を話し合った上で、実際に導入すべき形を考えていきたい、とシャープ側は説明する。
コンビニに導入されている業務用電子レンジは、パナソニックとシャープでシェアを二分している状況だ。
シャープのコンビニ向け事業といえば「マルチコピー機」もある。手堅く規模も大きいビジネスとして、シャープがコンビニとの関係を重視しているのも見えてくる技術だ。