西田宗千佳のイマトミライ

第241回

Netflixが狙う「放送から配信」第2章

Netflixの業績が好調だ。4月18日(現地時間)に公開された2024年度第1四半期決算によると、有料会員数は全世界で2億6,960万人に達した。ユーザー数は前年同期比に比べ16%増加し、売上も93億7,000万ドルと、年率14.8%の高成長だ。

同社は2022年第一四半期に会員数が減少に転じ、「サブスクリプションの限界」と報じられた。だがその後、会員数増加・収益ともに持ち直し、再び好調を取り戻している。

Netflixの売上を2016年からまとめたグラフ。同社決算資料より筆者作成

一方で、映像のサブスク全体が好調というわけではない。「Disney+」は2022年第4四半期に会員数1億6,420万人を迎えたものの、じわじわと減り、2024年度第1四半期(2月発表)には、1億4,960万人に減っている。

サブスクが定着し、一つの変革期を迎えたのは間違いない。

その中で両社を分けたものはなにで、ここからなにが重要になるのかを、グローバルな視点で考えてみよう。

会員数で明暗が分かれるNetflixとディズニー

前出のように、Netflixとディズニーは、サブスクで差がつき始めている。

以下は、Disney+がグローバルでスタートした2019年11月以降にフォーカスし、両社の全世界での会員数を比較したグラフである。データはどちらも決算資料から得たものだ。

NetflixとDisney+の会員数を、2019年からまとめたグラフ。両社決算資料より筆者作成

前述のように、Netflixは2022年に会員数が減少を迎え、一方でDisney+は急速にユーザー数を伸ばし、Netflixに迫った。

だがその後勢いは逆になり、Netflixの会員数が上昇に転じている。

ポイントはなにか?

シンプルな事情として、2022年にはコロナ禍が落ち着きを見せ、巣篭もり需要による需要の先食いがおさまった頃である、ということもある。人々が外に出始めた結果、配信への出費を抑え始めたわけだ。

ただ、それならディズニーもNetflixも同じように落ち込まねばならない。そうなっていないのは、Netflixならではの事情があったと考えるべきである。

それを考えるために、もう1つのグラフも見てもらおう。こちらは、Netflixの決算資料より、各地域別の会員数を抜き出したものだ。

Netflixの各地域での会員数の変遷。同社決算資料より筆者作成

こちらも同様に、2022年にいったん横ばいに近くなり、2023年から盛り返しているのが見える。

ここで、各グラフに赤い点線が引いてあるのにご注目いただきたい。

この線は2022年秋。すなわち、Netflixが広告付きの安価なプランをスタートした頃である。

現在、プラン名は「広告付きスタンダード」に変わっているが、基本は同じだ。番組開始時などに広告を表示する代わりに、料金を月額790円(日本の場合)に抑えたものだ。

広告を使った安価な料金プランによる加入者増が変化のきっかけ、と言えるだろう。

広告プランと「アカウント共有」

ただ、注意すべき点が1つある。

「広告付きでの低廉なプラン」は、アメリカの場合、Hulu(資本関係はあるが日本のHulu Japanとは別のサービス)で好評だったもの。日本のDisney+では広告は導入されていないものの、アメリカではDisney+にも広告モデルが導入されているので、「広告があるから」広がったわけではない。

アメリカのDisney+は広告を導入したものの値下げはせず、「広告を導入した代わりに値上げをしない」選択をした。

つまり、ディズニーは同時期から、会員数を増やすことではなく利益率を重視しはじめたのだ。

映像配信は大規模なビジネスであるのは間違いない。著名な作品を多数抱えているメジャーな映画会社にとって魅力的なビジネスであるのも間違いない。

しかし、既存の人気作品のスピンオフなどを梃子に、ファンを中心としたビジネスでは拡大にも限界はあり、会員数を増やすためのマーケティング費は重荷になる。

日本を含むアジアなど、映像配信が成長期である地域は投資価値が大きい。一方で、市場が一定規模に成長した後であるアメリカなどでは、「ファンを狙う」「カネをかける」だけでは収益拡大が難しくなっていくわけだ。

Netflixも事情は同じだ。では、なぜNetflixの利用者は増えたのか?

重要なのは、「広告プランが値下げに結びついていた」ことに加え、「低価格プランを導入すべき別の理由」があったことにある。

当時Netflixは、1つのアカウントを友人同士や離れた地域の家族で共有する行為が多かった。厳密に言えば使用許諾違反である。

会員数が少ないごく初期には、こうした使い方がなされていても経営に与える影響は小さかった。しかし、会員数増加に翳りが見え始めると、本来は数件の契約であるべきものを1契約に止める「アカウント共有行為」は、経営上大きな問題になっていったのだ。

この種の問題はNetflixだけにあるものではない。色々な映像配信で問題視される一般的な課題であり、複数の場所でサービスを使うことを抑制する技術の導入も当たり前になっている。世知辛い話だがしょうがない。Disney+も近々、アカウント共有を禁止すると言われている。

Netflixが巧みだったのは、単に禁止するのではなく、同時に安価な広告付きのプランを導入したことだ。アカウントを共有するのは費用が問題であるから。ならば、安いプランがあればユーザー数は増加につながる。

正直、スタート当初の広告プランには批判も多かった。広告を入れる前提で提供しているわけではなかったコンテンツに広告が入るのは問題がある……と言われていたし、広告効果自体も疑問、と言われていたからだ。

だが、今はそうした声もあまり聞かれない。問題が解決したからなのか、単に喉元を過ぎればなんとやら……という話なのかはよくわからないが。

少なくとも、広告プランの導入と同時にアカウント共有の問題は解決に向かったのは間違いない。

今回の決算説明では、より興味深い話が語られた。

Netflix・共同CEOのグレッグ・ピーターズ氏は、決算に合わせて公開されたビデオの中で次のように語っている。

Netflixのグレッグ・ピーターズ共同CEO

「3カ月で広告プラン利用者は65%増え、新規加入者の4割が広告プランを選んだ。過去に会員数を増やすために得た知見を全て広告にも活用しており、テレビ広告よりも視聴者を満足させたい」

2023年には、ピーターズ共同CEOは「広告が収益に貢献するようになるのは、もう少し会員数が増えてから」と見通しを語っていた。コメントがより前向きになってきたのは、それだけ会員数に自信が出てきたということなのだろう。

Netflixが狙う「放送から配信」への移行

一方でNetflixは、これまで四半期ごとに続けてきた会員数の向上を止める方針も明らかにしている。

ストレートに考えると、ここまで増えてきた会員数が再び停滞に向かうのではないか……と考えてしまう。そのため、決算公開後には株価は下がっている。

ただNetflixは、もちろんそうは言わない。「会員数よりも別の指標が重要になってくる」と主張している。

それもまた事実だろう。契約者数は2.7億人まで到達しており、ここからさらに倍……というわけにはいかないだろう。市場開拓段階である、と言われてきた日本でも、会員数の伸び自体は緩やかになってきたとの観測がある。

だとすると、ここからの経営指標としては「顧客単価の増加」などが重要になる。広告プランについては、広告が視聴されるほど収益は拡大しやすくなるわけで、会員数が増えることと同時に「同じ会員数で視聴量が増える」ことが重要になってくる。今回広告プランへの言及が多いのも、その辺の事情を考えるとしっくりくる。

毎回同社は「放送に対して映像配信はどれだけ見られているのか」を示す。以下のグラフは、決算資料の中に示されているものだ。ニールセンのデータによる、アメリカの映像視聴におけるストリーミングが占める割合と、その中でのNetflixのシェアを示したものである。

Netflix 2024年度第1四半期発表資料より抜粋。ニールセンのデータによる、アメリカの映像視聴におけるストリーミングが占める割合と、その中でのNetflixのシェアを示したもの

要は、「シェアトップでも8%程度しかなく、まだまだ市場開拓の余地がある」という主張なのである。

事実、Netflixは本格的に「放送から顧客を奪う」ことを意識している。

1月に同社は、アメリカのプロレス団体WWEと長期のパートナーシップ締結を発表した。2025年1月から、WWEの人気番組「Raw」の独占配信を開始する(ただし、地域はアメリカ、カナダ、イギリス、ラテンアメリカなどからで、日本への拡大は後日)。

Netflixがスポーツに注力、ということで注目されたが、この発表の本質は別の観点がある。

WWEは長年「テレビ放送のもの」だったということだ。2025年にRawがNetflixでの独占配信になると、「アメリカのテレビ」の象徴の1つとも言えるプロレスが、ネット配信に移行することにもなる。

日本だと、スポーツはすでにネット配信が主軸になっている。衛星放送やケーブルテレビがアメリカに比べて弱く、ネット配信への移行もスムーズだったからだ。

だがアメリカでは、インフラとしてのケーブルテレビが非常に強い。特にスポーツでは、ケーブルテレビが主戦場といえる。

そこにNetflixなどの映像配信が攻め込んでいくというのは、「放送から配信へ」の切り替えの最終フェーズに入った、ということでもある。

そして、残る顧客を刈り取るフェーズであるからこそ、広告プランを軸として低価格な料金プランが重要になる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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