西田宗千佳のイマトミライ
第227回
透明・HMD・球体ディスプレイ CES 2024に見る「人とディスプレイ」の変化
2024年1月16日 08:20
年初から、米ラスベガスで開催された「CES 2024」を取材するために出張している。CESを主催するCTA(全米民生技術協会)は、前身となった組織から含めると、今年で100周年であるという。それだけ、家電も長い歴史を持つビジネスになったということだ。
ただ、CESの在り方は大きく変わった。過去には、CESのトレンドは大手家電メーカーがリードしていたが、今はそうではない。より多様・多彩な企業によって構成されるビジネスになっている。
今年も、AIやそれを支えるセンサーの活用などに注目が集まったが、20年前の「次世代DVD(現在のBlu-ray)」や10年前の「4K」のように、大手が同じ方向を向いたトレンドがあった……というにはちょっと弱いように思う。
一方で、人が機械や情報と接するための「ディスプレイ」技術は、総体として変化を続けており、いろいろな方向へと進み続けているようには感じられた。それが例年より変化として見えやすい、特徴的な年になったのではないか……という気もする。
そこで今回は、CESの内外で感じられた「ディスプレイの変化」をまとめ、人とどう関わっていくのかを考えてみたい。
韓国2社が「透明ディスプレイ」をアピール
CESは過去、「コンシューマ・エレクトロニクス・ショー(家電見本市)」と言われていた。だが現在、CESの正式名称は「CES」。家電だけに限らないイベントになり、結果として「CES」の3文字略称が正式名称になっている。
世界的に家電メーカーの力が衰え、小規模なスタートアップなどから多くの製品が生まれるようになり、自動車がエレクトロニクスの世界に近づいていくと、結果として「イベントとしての価値」を維持するために家電だけにこだわっていられなくなった……という事情はある。
ソニーやパナソニックは業態を変え、商品をブースに並べるようなことはしなくなった。「家電メーカー的」展示をしているのは、韓国のサムスンとLG、そしていくつかの中国勢くらいだ。世界的な家電メーカーとして市場に残っているのが彼らくらい……ということでもあるのだが。
その2社が、今年そろってアピールしたのが「透明な大型ディスプレイ」だ。
実現の方法は双方異なる。
LGは有機ELディスプレイパネルに黒い幕を組み合わせて、「発光していない時は透明」になるようにしている。映像を透過させないときは背景の黒幕とセットで使うことで、「透明で存在感の小さなディスプレイ」と「通常のテレビ」としての使い方を併存させる。欠点は幕を使うため、どうしても厚くなることだ。
サムスンはガラスの上に小さなLEDを並べた「マイクロLED」で構成する。マイクロLEDを並べたディスプレイを安価に量産するのは大変だが、幕を併用するLG方式よりも構造はシンプルで、薄型のディスプレイが作れる。
透明なディスプレイはインパクトがあり、両社もそこを強くアピールしようとしているのだろう。
ただ、家庭にこれが多数売れて一般化するか……というと、ちょっと難しい。家庭で「背景が透過してほしい」シーンは少ないからだ。また、透明にする分光る面積が小さくならざるを得ないため、ディスプレイとして輝度(明るさ)が低くなること、コストが高くなることなどの課題も大きい。主軸は店舗のディスプレイなどのB2B用途かもしれない。B2B向けの透明ディスプレイは以前からあり、2社だけが作っているわけではないことも留意しておく必要がある。
とはいえ、CESのような場で、多くの人に「いままでにないディスプレイ」としてアピールすることには大きな意味があり、それこそが両社の狙いだろう。
サムスンとLGは、世界的なディスプレイメーカーであるが、中国勢との厳しい競合にさらされている。大規模な投資を続け、勝ち続けるためにも、こうしたアピールは必須のものなのだ。
HMD向けにマイクロディスプレイ成長 見えてきた「Vision Pro」
もう一つ、筆者が注目したのは「マイクロディスプレイ」だ。
以前より、VRやAR用のヘッドマウントディスプレイ(HMD)は多く出ていた。CESでHMDが展示されることも珍しくない。
ただ、HMDの市場は未成熟であり、なかなか普及しない。過去に展示されたものも製造初期で、どこかプロトタイプめいた部分があった。
ただ今年は、そろそろ「商品としての形」が明確になってきたようにも思う。
例えばサングラス型のディスプレイは、昨年に「XREAL Air」がヒットしたこともあり、同様の構造のものが増えた。同社は、B2Bや開発者向けにAR機能を拡充した「XREAL Air 2 Ultra」を発表している。
競合であるTCLは「RayNeo X2」を発表、シャープと韓国LetinARは、共同開発中のスマートディスプレイを展示している。
産業向けとしては、Shiftall/Panasonicが、重量200gの「MeganeX superlight」を発表し、ソニーも名称未確定ながら、片目4Kのディスプレイを使った「没入型空間コンテンツ制作システム」を発表している。
これら多くの製品が出てくるのは、高解像度・高画質なHMDを作るために必要な「マイクロディスプレイ」が広がり始めたからでもある。
個人向け市場はまだ構築中ではあるが、自動車メーカーや建築などのB2B向けには確たるニーズがある。それを逃さないよう、各社のビジネスが加速している。
そして、CESには出展しなかったものの、アップルはこのタイミングで、「Apple Vision Pro」をアメリカで2月2日から出荷する、と発表した。
高価でいきなり普及するとは考えづらいが、「個人市場向けのHMD」に求められる製品の品質や機能の水準を大幅に持ち上げる可能性が高い。昨年6月に筆者は実機を体験しているが、衝撃的な体験であったのは間違いない。
CES会場には、Vision Proに外見だけ似せたHMDも出展されていた。機能は似ても似つかないベーシックなものに過ぎなかったが、「デザインを似せて出す」くらい、Vision Proが個人市場にインパクトを持つ……と思われているのだろう。
エンタメや産業に「大型ディスプレイ+ゲームエンジン」
もう1つ、ディスプレイ技術として注目しておきたいのが「大型LEDディスプレイ」だ。
いまや展示用ディスプレイの多くは、LEDを使った「LEDウォール」とも呼ばれる大型ディスプレイになった。もうここ数年の傾向であり、別に今年のCESのトレンドではない。
ただ、今はもうこの種のディスプレイには「事前に撮影した映像」が表示されるだけではなくなった……という点も意識しておきたい。
ゲームエンジンとそこで生まれる「リアルタイムCG」の成長により、巨大なLEDウォールに、その場の状況に合わせた映像を表示して活用するのが基本になってきたのだ。
ソニーはこの要素を積極的にビジネス活用する。映画撮影の背景をリアルタイムCGにする「バーチャルプロダクション」はもちろん、AFEELAなどの自動車開発、そして、テーマパークなどのロケーションエンターテイメントと、非常に幅が広い。
LEDウォール自体の需要も大きな産業価値があるが、その中で表示する映像を作るためのシステムにも価値がある。
またCESとは直接関係ないが、ラスベガスでは、巨大な球体アトラクションである「The Sphere」が人気で、CESに合わせて来場していた多くの人々が足を運んでいた。筆者も体験してきたが、なかなか興味深い体験だった。1つの本質は「これまでにないほど巨大かつ高輝度な天球を使ったディスプレイがあってこそのエンターテイメント」である。そのレポートは後日AV Watchに掲載を予定しているが、良いところも悪いところもある。
人はこれからもディスプレイに映る映像を見て暮らすだろう。
過去にはサイズや画質の制約が大きかった。今ももちろん制約はある。
だが現在は、「テレビ」「スマホ」だけではなく、新しい用途に向けた開発が拡大している。そうしないと、ディスプレイ産業を維持できないからだ。CESの各所で見られたディスプレイ技術の進化は、そうした「人とディスプレイの関係」を示す変化そのもの、と言えるのではないだろうか。