西田宗千佳のイマトミライ

第201回

政府のアップル・グーグル規制は本当に“競争促進”になるのか?

政府が先週末、「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の最終報告をまとめた。スマートフォンやデジタルサービスのプラットフォーマーに向け、「公平・公正な競争環境」の実現を目的として、政府の姿勢を示したものとなる。

本連載でも何度か、この議論は取り上げてきた。筆者はサイドローディング自体に反対だし、デジタル市場競争会議の議論にも問題があると思っている。

だが、いわゆる「モバイル・エコシステム」には寡占状態による課題があるし、国民生活への影響が「ない」と指摘するつもりもない。これも明確に「ある」。

今回はその話をしようと思う。

「モバイル・エコシステムに関する競争評価」は、19日からパブリックコメントの募集が開始された。そこで多くのフィードバックが集まることを期待している。

重要なのは「サイドローディング」ではなく「決済解放」だ

問題は、「ならばどの部分に健全な競争が必要なのか」という点である。

まず槍玉に上がっているのは「アプリストア」だ。いわゆる「30%の手数料」問題がわかりやすいこともあって、話題となりやすい。

報告書より抜粋。決済システムを組み込んだアプリストアの利用が強制されるため、手数料が高いと問題にされている

報告書の中では、一定規模以上のOSを提供する事業者(アップルやグーグル)に対し、アプリの代替流通経路への対応を義務付けることを対策として求めている。具体的には、「代替アプリストア」の導入を含む。ここで、「ブラウザー経由でのサイドローディング」も検討に含まれる。

複数の「代替アプリストア」の可能性を検討し、リスク評価も行なわれている

アプリのサイドローディングを要求するのは、主にアップルのiOSで、「AppStoreを回避して、別のストアからアプリをインストールする方法がない」ためだ。結果としてAppStoreに利用が集中、アプリ決済の手数料が高くなり、開発者・消費者が不利益を被る……、という論調だ。

ただ、アプリストアが複数存在可能で、サイドローディングが可能なAndroidでもGoogle Playがアプリストアを寡占しているわけで、わざわざサイドローディングを許可させても、寡占状況に変化は出ないだろう。

「信頼あるアプリストア間の競争環境整備が必要」と報告書は述べているのだが、アプリストアを開いたところで競争が始まるわけではない、というのが実情だ。

今回の報告案の中では、「一人勝ちの状態(又は寡占状態)になり、市場による治癒が困難」「デジタルの持つ特性が、複数のレイヤーで複合的に発揮され、その結果、プラットフォーム事業者の地位が極めて強固で固定的なものとして確立されている状態」と指摘されている。

この点は筆者も同意する。

ただこうしたデジタルプラットフォームの特性は、報告書の掲げる対策がなされてもなお維持されるだろう。

ユーザー側に切り替えるメリットがないからだ。

ちょっと安くなったからといって、ユーザーがみんな賢く取捨選択すると思ったら大間違いだ。「わからないから使い続ける」「めんどくさいから使い続ける」という人はとても多い。携帯電話料金の話と同じで、スイッチングコスト(代替サービスに乗り換える手間・コスト)は「競争があっても非常に高い」と認識すべきだろう。

課題はアプリの流通経路ではなく「決済」なのだ。

アプリストアでのダウンロード時や、アプリ内からの決済で「OSベンダーのアプリストアだけが定める決済しか認めない」構造にメスを入れるべきであり、アプリの流通経路をどうこうすることではない。

ただ、そのことはデジタル市場競争会議側もわかっている。

だから「自社の決済・課金システムの利用を義務付けることの禁止」も方向性として打ち出されている。ストア運営の透明性維持、という観点も同様だ。だから、単純にサイドローディングだけに注目するのは少しミスリーディングではある。

サイドローディングが話題になりやすいが、本質は「自社決済の利用義務づけ禁止」

ただそもそも、決済が課題でそちらを改善するなら、サイドローディングなど無理強いする必要はない。

「代替ストア」で本当に競争は起きるのか

複数アプリストアが併存可能な状況を求めることはあってもいいかもしれない。

だがそれだって、劇的な結果はもたらさない。仮にアプリストアを複数作っても、価格面でいきなり劇的な競争が起きると考えるのは難しいからだ。

現在のアプリには高いセキュリティ対策が求められる。偽物や海賊版などのリスクもある。どちらにしろ、審査なしで配布されたものをユーザーがインストールすることが常態化するのは避けるべきだし、あり得ない方向性だ。

公式なアプリストアですら100%ではないが、だからといってレベルを下げていいわけではない。アプリベンダー側は必ず対策コストを必要とされるし、代替アプリストア側も審査・対策コストを必要とする。

レベルを下げて、圧倒的に楽になるのは「不正なアプリを作る人々」だ。彼らにはセキュリティ対策など不要なのだから、ガードが下がった分、一方的に利益を得てしまう。

だとすると、アプリストアの審査は結局必要で、そこにはコストが確実に発生する。

時々「フィーチャーフォンの時代はもっと手数料が小さくて儲かった」という話が出てくる。以前、大手のアプリメーカーなどが上記のような不満から手数料問題を問題視したことがあった。理解はできるが、審査やセキュリティ対策にかかるコストのレベルは大きく変わっている。同列で語るのは難しい。求めるべきは「手数料算出基準の透明化」であり、決済手段の自由化だ。

クレジットカードにしろキャリア決済にしろ、アプリストアで使えば「決済手数料」が発生する。これはどの事業者にも公平にかかってくる。「自社の決済利用者のみ手数料を有利に」というパターンはありうるが、これはこれで、決済事業者同士の公正競争上の問題をはらんでくる。

安全や利便性を維持して展開すると、結局のところ「コストはかかる」のだ。ユーザーのスイッチがそこまで大きいものと想定しづらいと収益も上がりづらい。だから代替アプリストアも、決済手数料をめちゃめちゃに安い基準に設定するのは難しいだろう。

決済解放で多くの課題は解決する

もちろん、アプリと追加コンテンツなどでは話が違う。

例えば電子書籍の場合、今でも、アプリ内から決済した場合とWebで決済した場合とでは価格が違う。

そうした違いが「わかりやすく示せる」「並列に並べられる」ことが、アプリストア決済に対するまず1つの条件だ。現状はそれが難しい。ようやくボタンなどは用意可能になってきたが、価格を比較できるようにはなっていない。そうした方向自体に、OS 2社(アップルとグーグル)が前向きでもない。ユーザーから情報を取得しつつアプリメーカーがユーザーと接点を持つことについても同様だ。

アプリストアと顧客の関係については、OSメーカーとアプリメーカー側で特に見方が違う部分

Webで電子書籍を決済するように、「アプリ自体の決済はアプリストアそのものの決済手段に依存しない」やり方も認めさせていくのが、もっとも重要な話ではないか。

アプリ事業者の中には、「顧客の決済情報を管理したくない」「世界中の決済事業者とやりとりしたくない」という人々もいる。だから、OSベンダーの決済を使う利点も十分にある。

一方で、「全部自分でやるので、決済もこちらでやらせて欲しい」という事業者もあるだろう。ユーザーとの関係を維持したいなら、OSメーカーに依存するのではなく、決済に紐付けて独自にやるべきだ。

こうした違いを併存できるようにすることが、筆者の考える「現実的な公正競争のあり方」だ。

OSに無理矢理穴を開けさせるという、「プラットフォーマーを屈服させる」ようなやり方を進めるのは、実効性の面でも、OS対応コストの面でも、あまり意味を持たない。

決済の外部化を考えると、今度は「決済事業者の公平性」の問題も出てくる。クレジットカード会社の中には、犯罪などの正当な理由ではないにもかかわらず、特定のコンテンツに対する課金に制限をかけている事業者もある。彼らもまた「寡占事業者」であり、公正競争の観点では課題がある。

「現実解」と「プライオリティ設定」を重視せよ

もちろん他にも課題はある。

過去にPCでは、OSへのブラウザーのバンドルが大きな問題になった。すっかり風化した印象もあるが、スマホでは健在だ。セキュリティや消費電力でのメリットもわかるが、ならば「デメリットを理解した上で切り替えられる」「そのメリットで選ばれる」ようにすべきであり、他のブラウザーを締め出すのは筋が違う、と筆者は考える。

アップルはブラウザーの解放に消極的。理解できる部分もあるが、開放すべきだろう

NFCのセキュアエレメントや、UWBなどへのアクセス手段の提供も課題だし、Androidの場合には、Googleの提供するミドルウエアへの依存度の高さと代替手段の薄さ、という課題もある。

「マイナンバーカード」対応の話もあり、NFCのセキュアエレメントは現在ホットな領域

それら全部を理想的な状態にするのは難しいだろう。セキュリティや国際的な対応のプライオリティもあるからだ。ブラウザーをどうするか、NFCをどうするかなど、立場や見方によってプライオリティは変わる。

だから「世界の中の日本市場として、より良い状況に落とし込むにはどれを優先するべきか」を議論すべき時期だ。政府は「まず課題列挙」と考えたのかもしれないが、「OSの更新を先に教えろ」的な話まで並べて議論していくのは、そろそろ無理がないだろうか。

筆者が「プライオリティ」「現実解」にこだわるのは、政府の議論がどうにも、ずれたプライオリティ設定で進んでいるように見えるからだ。

それは「モバイル・エコシステムに関する競争評価」が、ほぼ非公開の会議で進められ、時折報告書がポン、と出てくるような形であるところからも感じる。

OSメーカーから望む対応を引き出すためにも、対立のためではなく、文字通りのリエゾン(連絡将校)が必要だ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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