西田宗千佳のイマトミライ
第180回
テレビからスマホ、そしてHMDやEVへ 3年ぶり「リアルCES」で感じたディスプレイの変化
2023年1月10日 08:15
年初から、テクノロジーイベント「CES 2023」の取材に来ている。ラスベガス会場での開催は昨年(2022年)より復活しているが、筆者としては2020年から3年ぶりの「ラスベガスでのCES」となった。
昨年はまだコロナ禍の混乱も色濃い状況だったが、今年は「警戒しつつも盛会な状態」でのイベントへと戻ってきたような印象だ。往時に比べると中国系の人々が戻ってきておらず、人の数はまだ若干少ない状況ではあるが、「CESが戻ってきた」のは間違いない。
ただ、3年の時間で「変わったな」と思う部分もあった。今回はそんな部分の話をしたいと思う。
大手メーカーが「サステナ推し」
世の中が「エコ」「サステナビリティ」を重視する方向にあるのは間違いない。そして、CESもその点は例外ではない。
まあ、昔からCESのような場で企業がサステナビリティをアピールするのは定番だった。だが、今年はちょっと印象が違う部分があった。
それは、サムスンやパナソニック、キヤノンなどがブースの作りを「サステナビリティアピール」へと明確に変えていたからだ。
特にサムスンは大きい。
彼らは、CESでは珍しくなってきた「伝統的な家電メーカー」である。テレビや冷蔵庫、洗濯機などの家電製品の大手であり、過去にはアピールの主軸もそこだった。同じ韓国系のLGは、従来通り、「自社の製品」をアピールする形だった。
ところが、サムスンはテレビや冷蔵庫をガツンと並べるブース構造をやめ、「自社の製品がどうサステナビリティを意識したものか」をアピールしつつ、その過程でそっと「製品も置く」感じになっていた。
その方向性がいいのかはわからない。ただ、「こういう家電技術ができました」というのをアピールするだけの時代ではないのかもしれない……という印象を持ったのも事実だ。ソニーのブースにも、もはや「製品」の姿はない。今年はついに「テレビ」が入口を飾ることも無くなった。
別に製品がないわけではない。CESの場でアピールすべきものが別にあって、CESでは別の大きな流れをアピールするような形になってきたからだ。
「CES=大手家電」の時代はもう10年も前に過ぎ去った。スタートアップや中規模の企業が個々の商品をアピールして鎬を削る時代であり、大手もそこと並列に競わねばならない。
その上で大手はどうするのか?
そうすると「サステナビリティ」はとても良い題材になる。サムスンのように「家電事業全体での貢献や対策」をアピールすることもできるが、パナソニックやキヤノンのように「サステナビリティや人との関係をビジネス化する」ことをアピールすることもあるだろう。
そうした変化が、久々のCESではより強く感じられた……ということなのかもしれない。
次のジャンプを見つけられない「テレビ」
とはいえ、1つのトレンドとして考えた場合、「ディスプレイの変化」がやってきているのも事実なのではないか、と筆者は考えている。
テレビは長くリビングの中心にあり、「家電の王」だった。スマートフォンやPCの重要度が上がったとはいえ、テレビはやはり価値が大きかった。
現在も画質向上は続いているものの、「フラット化」「デジタル化」「配信のビルドイン(スマート化)」という、20年にわたる大きな変化を潜り抜けた今、いよいよ次の大きなジャンプアップが見えなくなってきたのも事実だ。
ではCESで「ディスプレイ」の話題が無くなったのか、というとそうではない。
人が活動する中で情報は必須であり、音声だけではカバーできない。かといって、スマホやPC、テレビなど、既存のディスプレイデバイスだけではカバーしづらくなっているのも事実だ。
そこで、「新しい形でディスプレイデバイスを生かす機器」が模索されることになる。
「新世代」へ本格移行するHMD
一番わかりやすいのはHMD(ヘッドマウント・ディスプレイ)だろう。
VRはもう10年近くCESでテーマの1つであり、HMDが多数展示されることは珍しくない。だが、2022年以降、いよいよ「新しいディスプレイデバイスとレンズ」の組み合わせが安定してきて、多数のデバイスが実際に商品化されるようになってきた。その流れが明確に、今年のCESにもあった。
1つは「パンケーキレンズを採用した薄型高性能HMD」。パナソニック/Shiftallの「MeganeX」や、HTCの「VIVE XR Elite」がそれに当たる。
2015年頃に作られた「第一世代」的な構造から、完全に次の世代へ変わったことで、つけやすさでも画質でも長足の進歩を遂げた。シャープが独自開発し、試作品を公開したHMDも、製品化はまだ先だが、同じく「次世代型」といっていい。
もう一つは、少しシンプルな「メガネ型」だ。
TCLは映像表示用の「NXTWEAR S」と、AR用の「RayNeoX2 AR」を展示した。前者は日本でも2月から販売を開始し、アマゾンでも予約が始まっている。後者はまだ開発中である。
NXTWEAR Sは、ソニー製のマイクロOLEDを使ったサングラス型のデバイス。USB Type-Cでスマホなどのデジタルガジェットと接続すると、目の前の空間に大きなディスプレイが現れる。
……と聞くと、どうにも既視感があるが、実際、昨年発売された「Nreal Air」に非常に近い。TCL担当者は「こちらが先に作っていた」といっているが、まあ、その辺はよくわからない。
重要なのは、こういうディスプレイデバイスが「割と色々なメーカーから出せる・作れる」くらいになってきた、ということだ。昨年からそれは想定されていたが、CES会場は似たデバイスを他にも見かけたので間違いなさそうだ。
ヘッドフォンにしろタブレットにしろ、デバイスが揃って開発手法が定まると、製品バリエーションは一気に増える。そして、実際に価値があれば定着していくものだ。
EVがスマホになって変わること
もう一つ、「ディスプレイ」の価値として考えたのは「EV」だ。その好例は、ソニー・ホンダモビリティの「アフィーラ」だろう。
アフィーラの設計思想と今後のあり方についてはロングインタビューを掲載しているので、そちらを併読いただきたい。
自動車にディスプレイがついているから注目……という話をしたいわけではない。色が変わったり文字が出たりするのがすごい、という話でもない。
ポイントは「センサーからの情報を使い、ソフトドリブンで利用者に価値を返す」要素がEVに増えていく、ということだ。
自動車は「移動するという価値をユーザーに返す」機器だ。それはEVになっても変わらない。だが、多数のセンサーが搭載され、高性能なコンピュータとアプリケーションを備えたEVは、移動中に「移動以外」の価値をユーザーに返すようになる。それはちょうど、携帯電話がスマートフォンになり、「コミュニケーションする」以外の価値をユーザーに返すようになったことと似ている。
いまや、UberやLyftのようなライドシェア、もしくはタクシー配車アプリが使えない海外取材など考えられない。土地勘のない場所でもすぐに目的地に、しかも安価に安全に移動できるからだ。ライドシェアアプリは、スマホがもつ「通信」「位置情報」という価値を、コミュニケーション以外に活用することで生まれたものである。
だとすれば、EVにもおそらく同じことが起きる。そこでは、自動車と人がコミュニケーションするための「ディスプレイ」という要素がさらに重要になってくるだろう。
だからこそ、本格的EVの時代は「ディスプレイが変わる時代」とも言えるのだ。