西田宗千佳のイマトミライ
第175回
W杯日本戦でも落ちない。ABEMAはいかにして「新しいテレビ」になったのか
2022年11月28日 08:20
先週もお伝えしたように、ABMEAが「FIFAワールドカップカタール2022」(以下W杯)を全試合無料で生中継している。
もうそれなりに関連記事を書いたつもりでいたのだが、11月23日の日本対ドイツ戦以降、ABEMAに関する問い合わせが、筆者の元にも急に増えてきた。
ポイントは「1.000万人以上が視聴した」「それなのに快適で落ちることもなかった」という点だ。その結果として一般メディアなどから「本格的にテレビの代替としての地位を固めたのでは」という見方が広がったようだ。
同サービスにおける過去の最大視聴者数を連日更新中であるようで、サイバーエージェント(以下CA)の藤田晋社長も、Twitterで喜びのコメントを発表している。
先ほどのアルゼンチン🇦🇷×サウジアラビア🇸🇦戦で、ABEMA史上過去最高視聴数記録を更新しました。
— 藤田晋 (@susumu_fujita)November 22, 2022
皆さま、ご視聴ありがとうございます🙇♂️
やった!!!😭😭😭
— 藤田晋 (@susumu_fujita)November 23, 2022
本田さんの解説も最高だった!
このツイートにいいねするとTwitterの仕様であべまくん出てきます
↓このハッシュタグつけると#ABEMA#アベマ
ABEMAがスタートしたのは2016年の4月(3月から試験配信を開始)。それから6年が経過しているのだが、筆者はこれまでに何度も同社を取材している。
ここで改めて、ABEMAがここまでどう成長してきたかを振り返ってみたい。
ABEMAは「マスメディア」になったのか? 6年強を振り返る
筆者が最初にABEMA(当時の名称はAbemaTV)について取材したのは、2016年3月のこと。CA・藤田社長へのインタビューだった。
この時に藤田社長が語っていたのは「ネットの中に新しいメディアを作ること」だった。若者がテレビを見なくなり、スマホが最も身近なデバイスになっている。個室にテレビを買わない層もいる。そこで、一般的な映像配信よりもテレビに近い感覚で使えて、広告収入によるモデルの配信ビジネスを立ち上げよう……というのが狙いだった。その軸は今も大きくは変わっていないと感じる。
この時にポイントだったのは「マスメディアを作る」という考え方だ。ネットだとそれぞれの視聴スタイルに合わせてパーソナライズし、広告においてもターゲティングで……といった形が多い。だがABEMAの場合には、ターゲティングはあまり強く意識せず、多くの人が視聴するであろうことを考えたモデルを選んだ。それは、広告としてターゲティングされたナローな広告を積み上げるよりも、テレビ的なマス広告を展開した方が収益性は見込めて、「若い世代に向けたテレビ的メディア」という狙いに合致している……との判断があったからだと思う。
それ以来筆者は、定期的に藤田社長にABEMAについてインタビューしてきた。読み比べると彼の考え方の変化が読み取れて(自分で言うのもなんだが)面白い。
今回、ABEMAはW杯という非常に取得にコストがかかるイベントの配信権を取得したが、初期には「スポーツのビッグイベントには手がでない」と藤田社長自ら答えている。
それが大きく変わったのは、利用者数が安定的に増加しているからだ。
2022年10月28日公開の2022年通期決算によれば、アプリの累計ダウンロード数は累計8,300万。多少のギザギザはあるが、伸びの減少もなく、ほぼリニアに数が増えている。
一週間あたりの利用者数(WAU)も順調に推移している。大きなスポーツイベントなどに左右されてはいるが、それでも、右肩上がりで1,890万WAUまで到達した。W杯効果でさらに上がっていることだろう。
ABEMAも初期から配信が安定していたわけではなかった。2017年5月の「AbemaTV1周年記念企画『亀田興毅に勝ったら1,000万円』」配信時には、番組が開始してすぐ、対戦のゴングが鳴ったところでサーバーが落ちてしまった。
そこから安定化への取り組みを続けており、多少のトラブルはあれども大きなトラブルの話もない。詳細は以下記事の後半に詳しいが、地道なサービスの見直しと改善の効果が、結果的に安定的な顧客獲得につながっているのだろう。
「生中継」などで認識を定着、メディアとしての性質も変化
サービスインフラがW杯中継配信を担えるほどに進化すると同時に、サービス自体もずいぶん変化している。
前述のように、初期には「若者のためのテレビ」のような感覚で、リアルタイムでの配信を主軸にしていた。その後、スポーツや麻雀など、多少趣味性が高いチャンネルや、アニメ・韓流ドラマといったファンの多いチャンネルを増やし、さらにはスポーツを軸にしたペイ・パー・ビュー(PPV)もスタートした。
広告モデルが主軸であることに変わりはないが、無料+有料の「ABEMAプレミアム」(月額960円)を組み合わせた、いわゆるフリーミアムモデルになっている。
藤田社長も「初期に若者向けを言いすぎた」と後日語っていたが、テレビ放送のような感覚で、映像をもっと自由に見たい人は、若者以外にも幅広く存在する。現在は「若者が主軸でありつつも広い層に訴求できるサービス」になりつつある。
ABEMAが定着するためになにが必要だったのか?
筆者は2つの要素が大きかったように思う。
1つは、時間に縛られない独自性の高い番組構成だ。
中でも認知度拡大に貢献したのは「ノーカット生中継」を軸にしたニュースだろう。以前本連載で以下のような記事を掲載した。
もう3年前のことだが、いまでもなにか不祥事や会見が必要な事態があったとき、「とりあえずABEMA」という人は少なくないと思う。コロナ禍でリモート会見やオンラインプレミア公開が増え、YouTubeで配信されることも多くなってはいるが、ABEMAのイメージを作る上で重要な要素であったように思う。
また、数々のオリジナル番組を作り、耳目を集めたことも記憶に新しい。
今は「ネットでバズる」ことより、実際に見てもらえて視聴の質が高くなるような番組作りを目指してはいるようだが、そうした変化ができることもまた、ABEMAの強みかもしれない。
ABEMAの特徴は「神アプリ」を目指したこと
ABEMAが定着したより大きな理由は「品質の維持」にある、と筆者は考えている。
ABEMAをスタートする段階で、藤田社長は「神アプリを目指した」と話した。質が良くて広く使ってもらえるアプリを目指した、ということであり、その言葉自体は当たり前のもののように感じる。
だが、「利用者にとって快適である」ことを優先にしたアプリ作りができている企業は驚くほど少ない。
映像配信サービスを横並びで比較しても、アプリの出来はバラバラだ。Netflixが支持される理由のいくらかはアプリの出来がいいからであり、個人的に、TVerをあまり使いたくないのはアプリの出来がイマイチだからだ。
ABEMAはアプリの出来や視聴の体験に、かなりこだわっている。そして実際、出来はいい。
筆者の環境だけかもしれないが、W杯配信に際し、iPad用アプリアプリが落ちやすくなったようにも感じたのだが、毎日のようにアップデートが行なわれ、安定性が改善された。
また以前の取材で、藤田社長に収益を拡大するための改善について聞いたところ、次のようにも答えている。(2021年のインタビューより)
藤田:(サービス開始から)5年経ちますが、マネタイズのことは1ミリたりとも考えてなかったですね(笑)。
もちろん、広告部門から相談が来たら、「広告の印象が悪くならないかどうか」とか「広告が邪魔に感じないかどうか」とか、それは見ながら考えました。
YouTubeくらいの感じになると、正直邪魔と感じることもありますけど、我慢するじゃないですか。あのレベルまで行けばパワープレイも効くのですが、まだ効かないレベルかな……という判断もしています。
やっぱりサービスへの好感度は非常に大事なんですよ。なので、(広告を無理矢理見せるような)パワープレイは「僕がさせていない」んです。
利用者がサービスに好感を持つことが、収益の短期的拡大より優先である、という視点は、他のサービスにはなかなか見られない。
同社はゲームにしてもABEMAのアプリにしても、「良いものを作ることが最終的に利益につながる」と信じている。多くの企業がそう思いながら、その考えを貫くのは難しいものだ。
ABEMAのサービス内容をどう評価するかは利用者次第だが、「快適さ優先」の考え方自体は多くの人に伝わっているのではないだろうか。
メディア事業の「地ならし」は終了か 「収益化」のフェーズへ
一方で、サイバーエージェントはABEMA事業で大きな損失を出し続けている。それでも「マネタイズは優先でない」と藤田社長が言い切れるのは、収益化について疑問を感じていないからだろう。
以前の取材でも「黒字化は、しようと思えばいつでもできる」と語っている。かなり強気な発言ではあるが、成長を犠牲にすれば収益化の方法は色々あるのも、また事実だ。
収益化とは、以前から進めている「ABEMAプレミアム」からの収益であり、PPVによるスポーツ配信での収入であり、競輪・オートレースの投票サービスである「WINTICKET」の収益だ。特に「WINTICKET」の収益拡大は目覚ましい。
さらには、CAの本業といえるインターネット広告事業やゲーム事業も好調で、全体収益は拡大基調にある。会社としての成長が続いている以上、将来性もあるメディア事業にブレーキを踏む必然性はなにもない。流石にW杯投資で来季は成長鈍化を予測しているものの、これはゲーム市場などの成長を保守的に見た値でもある。
前述の通り、サイバーエージェントは「良いものを作れば売れる」という考え方で運営されている。広告・ゲーム・メディアの3事業すべてでその流れは共通しており、その中で「良いものを作るために、すでに収益率の高い事業で全体をカバー」という考え方になっている。
W杯の中継に投資できたこと、その中継がうまくいっていることも、結局はこれらの全体戦略に基づく。
そこからさらに、中期経営計画の通り、メディア事業を大きな収益の柱に育てられるのかどうか。W杯までに行なった「種まき」の結果、次のステージに移るわけだが、そこからが収益化が本格的にスタートする。
その中で藤田社長は、どのような舵取りをするのだろうか。