西田宗千佳のイマトミライ

第159回

アマゾンのアイロボット買収は「必然」だった

8月5日(現地時間)、米Amazonは、ロボット掃除機「ルンバ」で知られるiRobotを買収する、と発表した。買収総額は約17億ドル(約2,285億円)。iRobotは、現CEOのコリン・アングル氏が率いたまま、Amazonの傘下に入る。

突如発表されたこの買収に驚いた方は多いと思う。筆者も同様だ。

では、AmazonはなぜiRobotを買収するに至ったのか? そして、iRobotはなぜそれを受け入れたのだろうか? 将来的な「Amazon傘下でのルンバ」はどうなるのだろうか? 現時点での状況から予測してみよう。

iRobotはトップブランドだが追われる立場

買収のニュースが伝えられ、それなりの状況を把握した上で筆者が考えたのは「意外とお買い得な買収になったのだな」ということだった。

約17億ドルという金額は、絶対値で見れば高額だ。だが、「掃除機をロボット化し、家事の手間を減らす」という革命を成し遂げ、ブランド力も強い企業を買収したと思えばそうでもない。

以下は、Google検索から表示させた、iRobotの過去5年間の株価推移だ。2021年をピークに下がり続けており、今年7月15日には1株36ドル91セントの底値をつけている。iRobotの買収を検討する企業から見れば、今は買いやすいタイミングなのだ。

iRobotの過去5年間の株価。2021年以降、下がり続け、買収発表直前に底値をつけた。

iRobotの売上はいまだ増加しているものの、2021年度以降、粗利率が下がっている。2019年度には13.1%、2020年度には18.3%であったROE(自己資本利益率)も、2021年度には4.2%まで下がっている。

販売戦略上、iRobotの最大の敵は、中国系企業を中心とした新興企業だ。

現状、ロボット掃除機導入の妨げとなっているのは「価格」であり、低価格なモデルの投入が重要ではあった。だからiRobotも低価格モデル展開を進めていた。

現状、ロボット掃除機購入のハードルは価格であり、よりコスパの良いモデルが求められている、とiRobotも分析していた

とはいえ、ここも有利なわけではない。シンプルな機能のみのロボット掃除機はすでに1万円台の製品もある。ルンバはそれらより機能が高いとはいえ、3万円台のルンバとの価格差が大きい。

iRobotの主力は低価格製品ではなく、ミドル・ハイエンドだ。決算資料によれば、2021年度通期実績では、ミドル・ハイエンドの比率は83%と高い。だが、ここも安寧ではない。

iRobotのハイエンド製品は10万円以上するが、似た機能を持つ他社製品は7、8万円で売られるようになった。機能やブランド力で差別化するにしろ、この価格差は厳しい。

ロボット掃除機など、家電の多くがECサイトを介して売られるようになった今、販売力の点でAmazonとの連携は非常に大きなものになる。販売だけでなく生産支援の面でも、Amazonのような大手と組めることはプラスだ。iRobotが「独立系企業である」ことにこだわらないなら、Amazonとの連携は確かに、あり得る選択肢ではある。

「ロボット」に積極的なAmazon

ではAmazonから見て、iRobotにはどんな魅力があるのだろうか?

Amazonは元々、ルンバのように「タイヤで移動するロボット」にはかなり力を入れている企業だ。傘下には「Amazon Robotics」があり、ずっと前から、各ファシリティでの貨物移動に使っている。

2018年に筆者がアメリカで取材した、Amazon Robotics製のロボット

とはいえ、こうしたロボットは「マーカーを設置できる」「配線を含め、設備の方を最適化できる」「重いものを持って高速で移動する」という条件があってのもので、ロボット掃除機とイコールではない。

家庭内へのロボット導入という点では、昨年秋に発表された「Astro」がある。

Amazonの家庭用ロボット「Astro」
Astroはアメリカ市場でテスト販売製品「Day1 Edition」扱いで、招待者限定で販売が行われている

Astroは家の中を動き回るという意味ではロボット掃除機に近い。だが、掃除機としての機能は備えていない。

Amazon Devices事業の責任者であるデイブ・リンプ氏は、昨年筆者との単独インタビューの中で次のように答えている。

Amazon Devices & Services・シニアバイスプレジデントのデイブ・リンプ氏

「Astroは完全な自社開発。適度な速度での自律航行させるのが難しかった。ロボット掃除機と同じアルゴリズムを使っていては、人やモノにぶつかってしまうし、快適な製品にならない」

Astroの狙いは人とのコミュニケーションと、家庭内の見守りだ。そのため、人間が移動する速度に合わせて動く必要がある。

ビデオを見ればわかるのだが、Astroは人と同じ速度で動いており、意外と大きいロボットだ。Astroの「秒速1m」=時速3.6kmという動作速度は、一般的なロボット掃除機の倍以上にあたる。

Introducing Amazon Astro - Household Robot for Home Monitoring, with Alexa

一方で、Astroがテスト販売にとどまっているのは、家の中で安全に動くためのノウハウを集めるためでもある。階段の前で止まり、家のどこを監視すればいいかを考えるには、「ホームマップ」を作り、活用する能力が必要になる。

iRobotの命は「ホームマップ生成」技術

iRobotのコリン・アングルCEOは、2019年に筆者とのインタビューで次のように答えた。

「ホームマップは、弊社にとってきわめて重要な技術で、資産。家のどこにデバイスが置かれているかを認識することで、家全体がもっとインテリジェントになるため、多くの家庭用機器を作る企業……例えばGoogleやAmazonのようなスマートスピーカーを開発している企業が興味を示している。ホームマップがあれば、『この部屋の電気をつけて』という命令に、ちゃんと答えられるようになる」

2019年2月、日本で「ルンバi7+」が発売される際に来日した、iRobotのコリン・アングルCEO

かなり以前から、ルンバはAlexaやGoogleアシスタントと連携可能になっている。声で操作するのはかなり便利だ。筆者も、出かける時や仕事場を出る時などに「Alexaに一言、声をかけて」、ルンバに掃除をしてもらうようにしている。

Alexaとルンバは連携可能。設定しておけば、Alexaに命令し、自分がいないうちにルンバに掃除しておいてもらう、なんてことも可能

さらに現在、ハイエンド機種では、ルンバは自分で家の中を移動し、ホームマップを作って活用する。だから、「台所を掃除して」といえば、自分で台所へ行ってその部分だけを掃除する、ということも可能になっている。

ルンバのハイエンドモデルでは、移動した結果から「ホームマップ」を作り、掃除に活用している

2019年の段階では、ホームマップの生成と活用は初期の段階にあった。だが、今は同じような機能を多くの企業が持つようになってきている。AmazonはAstroのような製品で、高精度なホームマップ生成機能を欲していた。

だとすればiRobotのような企業は、Amazonにとって、ロボット掃除機のビジネスだけでなく、「ホームマップ生成機能を持つ」という意味でも魅力的だったはずなのだ。

現状はAlexaとゆるやかに「連携」している形だ。だが、iRobotがAmazon傘下になれば、Alexaとの連携はより密なものになる。ルンバにAlexa自体を載せ、「家を動くスマートスピーカー」にしてしまえるだろう。警備・見守りカメラの領域で「Ring」を買収して実現したことを、ホームマップとロボットで実現できる。

プライバシー面での懸念もあろうが、各国での風当たりを見れば、メリットとデメリットのバランスが悪く、広告やマーケティングに使うことは考えづらい。むしろ警備・見守りのように、明確な許諾の上で購入者自身に対するサービスで有効活用する方向性になると予想する。

ライバルが低価格を武器に攻めてくる以上、iRobotとしてもより多様なビジネスモデルで対応する必要が出てくる。

Amazonと連携することになれば、ビジネスモデルの多様化はしやすくなる。ハードの販売価格を下げ、警備や見守りなどを会員制にして収益源にしたり、他の機器とセット販売したりすることも視野に入ってくるだろう。

こうして考えてみると、Amazon側からもiRobot側からも、買収に向けた「理由」はいくつもあった、と思えてくるのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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