西田宗千佳のイマトミライ

第148回

未来の書店に必要なもの。KADOKAWA 夏野社長に聞く「書店のDX」

「ニコニコ超会議2022」は3年ぶりにリアル開催された。会場は千葉市・幕張メッセ

4月23日から4月30日まで、ドワンゴはイベント「ニコニコ超会議2022」を開催した。コロナ禍とあって過去2年はオンライン開催だったが、2022年は4月29日・30日の2日間、千葉市・幕張メッセでリアルイベントも開催している。

筆者も4月29日、現地に取材に行った。イベントの様子を見たかった、ということもあるが、目的はもう一つ。出版社であるKADOKAWAが「書店のデジタル・トランスフォーメーション」について出展する、と聞いたからだ。

現地で、KADOKAWA・代表取締役社長の夏野剛氏と、ブースの目玉となる「ある技術」を開発したワントゥーテン・代表取締役社長の澤邊芳明氏に話を聞いた。

株式会社KADOKAWA・代表取締役社長の夏野剛氏(右)と、株式会社ワントゥーテン・代表取締役社長の澤邊芳明氏(左)

本との出会いを「DX」で実現

「ニコニコ超会議2022」にKADOKAWAが出展したブースは「超ダ・ヴィンチストア by KADOKAWA」と名付けられている。

「ニコニコ超会議2022」にKADOKAWAが出展した「超ダ・ヴィンチストア by KADOKAWA」ブース

KADOKAWAは埼玉県所沢市に「ところざわサクラタウン」を作ったが、その2階にはKADOKAWA直営の書店である「ダ・ヴィンチストア」がある。今回のブースは、その発展形になるもの、といってもいい。

夏野氏は、狙いを次のように語る。

夏野氏(以下敬称略):活字離れとか本離れ、というじゃないですか。でも、コロナ禍ではデジタルの本はとっても売れているんです。

さらに言えば、映像配信などでは弊社原作の作品もたくさん映像化されている。

ということは、本の価値がなくなっているのではない。「本との出会いの場を提供できているのか?」ということが問われているんじゃないか、と思うんです。

この考えには筆者も同意する。面白い本もコンテンツもあるが、出会うための導線が変わった。書店が導線の中に入りづらくなっているのではないか……と感じている。

夏野:そこで偶然の出会いを期待して、徒手空拳で突っ込んでいくのではなく、テクノロジーの力を使うことができるのではないか、と考えているんです。

すなわち、これが「書店のDX」だ。出版社として書店との関係を変えるために、本との出会いを増やすためにテクノロジーを使うわけだが、そのショーケースとして展示したのが「超ダ・ヴィンチストア by KADOKAWA」ということになる。

「ナツネイター」で本を提案

ではどんな展示が行なわれたのか?

ブース内は実際に書店となっていて、本を買って帰れる。まあ、それは「書店」なのだから当然といえば当然。

ブース内には実際に本が並び「書店」になっている。もちろん買って帰れる

内部にはいくつものテクノロジーを使ったアクティビティが用意されている。

目玉は「ナツネイター powered by Akinator」だ。

どこかで見た感じの人がディスプレイに表示されているわけだが、彼の質問に答えていくと、自分がその時に読みたいと思っている「であろう」本をオススメしてくれる……というサービスである。

夏野社長に似た人の質問に答えていくと、本がお薦めされる。その本は実際にブース内で購入できる

夏野:GAFAが導入しているものは過去の行動履歴からおすすめを出してくれますが、あんまり精度が良くない。

でもこの澤邊さん達が作ってくれたものは、全然精度が違う。過去の履歴はあまり当てにならないんですよ。

この種の質問は性格診断や適正診断などで使いますが、ものすごい量の回答をする必要がありました。それがごく少数でできている、という点でも、技術的にアドバンテージがあると思っているんです。

開発を担当したワントゥーテン・澤邊氏は狙いを次のように説明する。

ワントゥーテン澤邊社長(左)とKADOKAWA夏野氏(右)

澤邊:最初の質問で、AIで表情から「この人はこういう人だろう」ということを判別、覚え込ませるんです。そこからさらに質問をかえ、絞り込むようにしています。

ディスプレイの横にはカメラがあって、ここから表情を読み取って判断につかう

澤邊:今回はブース内で扱っている書籍だけをリスト化しているので母数が多くはありません。本当に数十万冊の本を扱うことになると、自動生成のためのAIも必要になってきますが、今はそのための第一歩、というところでしょうか。

夏野:この種のことをやると「たくさんデータを取られているんじゃないか」「個人情報をたくさん出しているんじゃないか」と思われそうじゃないですか?

でも、今回体験している人からは、そうした感じが一切なかった。それがいいと思っているんです。実際、このやり方なら、自分が買った本の過去の履歴などは、一切必要ないですからね。

澤邊:表情から趣向を毎回、テンポラリーな形で紐づけますからね。過去の履歴を使うデータベース型に比べると、新しい方法論かと思います。

……ただ、ナツネーター、ちょっとお上品にしすぎましたかね? もっと毒があってもよかったかも(笑)。

本の探し方・買い方を変えるには

大きな書店を自分で巡る楽しみは、表紙や装丁からピンと来るものを見つける・出会う楽しみだし、小さな書店の中には、書店主のポリシーによって本が選ばれ、店が作られているところも少なくない。

一方で、出版点数の多さから、日常的な品出しと仕入れ作業の大変さもあり、書店としての「売り場」「在庫」の組み立てを流通に任せてしまっていて、面白みのない売り場になっている書店も多い。

本を探す、本を見つけるためにテクノロジーを使うことは、そうした「個性」「脱画一化」「偶然の出会い」などの課題と、手軽さなどの実現の両方が必要になる。

夏野:大型書店にいくと、必ず本の在庫確認端末を使っている方がいるじゃないですか。だから簡単に調べられるようになることには、必ず大きな需要があります。

澤邊:今日のような形で使っていってその結果を蓄積し、PDCAを回していけば、十二分に使えるようになる可能性はある、と思っています。

夏野:同じもので構成されたプログラムでも、本の調達自体は書店主さんなどの個性、本屋さんの「色」としてやっていただき、その先でこうしたシステムを使って出会いを……という形でもいいと思っています。

「超ダ・ヴィンチストア by KADOKAWA」は書店になっている、と説明した。先ほどの「ナツネーター」からの結果はスマホで読み取って決済し、本を買える。それだけでなく、KADOKAWAの本の在庫を検索し、「超ダ・ヴィンチストア by KADOKAWA」にあればその場で買い、そうでなければ通販にすることもできた。この決済システムは、3bitterの開発したモバイルオーダーシステムだ。

本は自分でレジに持って行ってもいいが、そうでなく、アプリからレジに「受け取り予約」をすることもできる。本の「モバイルオーダー」のようなものだ。

本はその場で書棚を探すだけでなく、検索した上で在庫を確認し「モバイルオーダー」もできる

また、ブースの外には面白い仕掛けもあった。

「超ダ・ヴィンチストア by KADOKAWA」で売れた本が、売れたその瞬間に表示されるサイネージが組み込まれていたのだ。

本が売れた瞬間に、その本のタイトルなどがブースの外のサイネージに表示される仕組みになっていた

澤邊:ああいった試みは、本との出会いをもっと楽しいものにするための、本屋ならではの演出として役立つと考えています。

夏野:本に限らず、商品との出会いは「一期一会」だと思うんですよ。その時に欲しいと思って買うのが楽しいのであって、ネットで一生懸命検討して買うのとは違うもので。

澤邊:ディズニーランドのショップもそうですよね。あそこで買うから楽しい。

夏野:リアルの消費はそうなってきていますね。とても大事なことで、そういう衝動を本屋さんが実現してあげることが大切だと思います。

今回の展示では、書店をメタバースの中に作る試みも展示されていた。これは、X,incの開発した「メタコマース」を活用したシステムである。夏野氏は展示意図を次のように話す。

夏野:メタバースについては、HMDの普及にまだまだ時間がかかります。そうしたものを書店でも体験できれば価値があるのではないでしょうか。

HMDが設置され、「メタバース内の書店」にも入ることができた。こちらはネットからも、4月29日・30日には利用可能だった。どちらかといえば、イベントやコミュニケーション向けの印象を受けた

ニュースなどではこちらが注目されたようだが、実のところ、実用性や活用の幅という点では、まだまだ課題があると筆者には感じられた。メタバースは書店DXの核というより、EC連携を含めた1要素、イベントスペースとしての活用などが中心になるのではないか、という印象を持っている。

プリント・オン・デマンドで書籍流通を変える

そうなると残る書店の課題は、いかに「在庫」の問題を解決するかだ。

本屋さんは在庫との戦いである。多品種が揃っていないと書店としての価値が出づらい一方で、薄利多売な部分もあり、大量に在庫するスペースはない。「書店のDX」を考えるなら、在庫の問題に手をつけないわけにはいかない。

夏野:おっしゃる通りです。これからの軸は「超多品種少量生産」だと考えています。

所沢に施設を作ったのはミュージアムを作るためではなく、まさに小ロットの多品種生産を実現するためです。

バックエンドとしての所沢と、フロントエンドとしての書店さんなど、という形になります。

その両者をくっつける手段として、KADOKAWAは「ドットシステム」というものを導入しています。KADOKAWAの本については、書店さん側からタブレットで全部在庫状況も読めるようにし、受発注できるようにします。これがかなり出来上がってきているところです。

所沢での生産(小ロット印刷)を含めたシステムが稼働し始めると、「過去本」が一気に流通させられるようになります。もう、どこの本屋さんにも置いていない本、見ることもできない本もデータさえ残っていれば、プリント・オン・デマンドで作れます。膨大なアーカイブは、すでにありますから。

多量の本はすでにある。過去の本を再流通させる方法論も出来つつある。

「今回は老若男女、いろいろな方が試してくれたので、本当にいいデータが取れたと思います」

夏野氏はそう笑う。

「超ダ・ヴィンチストア by KADOKAWA」は、本との出会いに特化したブースになったのは、まさに「出会いのための方法論の具現化」を試したかったからだったのだ。それは確かに、こうやって話を聞いて、はっきりわかってきた。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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