西田宗千佳のイマトミライ
第147回
濃いファンのいるハードウェア。リコーがPFUを子会社化する理由
2022年5月2日 08:30
リコーが、富士通傘下の「PFU」を子会社化すると発表した。PFUはドキュメントスキャナの「ScanSnap」や、コンパクトキーボード「HHKB」(Happy Hacking Keyboard)シリーズの発売元として有名。どちらもファンの多い製品だ。
リコーはなぜこれらの製品を持つPFUを傘下にしたのだろうか? 今回はその点から見える富士通・リコーの戦略を考えてみたい。
「PFU」の三文字から「F」、そして「R」へ
PFUは長い歴史を持つ企業だ。創業は1960年。PC以前、大型やオフィスコンピュータの時代である。当時の社名は「ウノケ電子工業」、その後内田洋行と販売提携、社名を1969年に「ユーザック電子工業株式会社」に変更、1972年には富士通・内田洋行・ユーザック3社が提携している。
それとは別に存在したのが「パナファコム」。1973年に松下電器産業(当時)と富士通が合弁で設立した会社だ。
そのパナファコムとユーザックが1987年に合併し、できあがったのが「PFU」。パナソニックの「P」、富士通の「F」、ユーザックの「U」でPFU、というわけだ。
その後、2010年に富士通が完全子会社化し、さらに今回、リコーが株式の80%を買収して子会社化する……という流れになっている。
こうした歴史を見ればお分かりのように、PFUはけっして、PCの周辺機器が主軸の会社ではない。初期にはオフコンとそれに紐づく業務システムを、2000年代以降はKIOSK端末を軸にした企業向けシステムを主軸としており、現在も、組み込みシステムやスキャナーを軸にした文書管理システムなど、企業向けのビジネスを主軸としている企業だ。ジャンルこそ変わってきているが、その点は創業時からは変化がない。
PFUというと「ScanSnap」シリーズが思い出されるが、これは元々富士通のスキャナー事業から始まっている。2001年に富士通のスキャナー事業がPFUに移管され、現在の形になった。
初期のScanSnapや、PFUの企業向けスキャナーには「fi」の型番がついているが、このfが「富士通」のfだ。
光学機器から「OA」、ソリューションの「リコー」へ
かたやリコーは、360度カメラの「THETA」シリーズを販売し、傘下のリコーイメージングでは「PENTAX」「GR」シリーズなどのカメラを販売している。これらもファンの熱量が高い。
元々は理研グループ内で印画紙などを作る「理研感光紙株式会社」としてスタートしたが、その後カメラや双眼鏡などの光学機器を作る「理研光学工業株式会社」へと経営を多角化、1963年に現在の「リコー」へと社名変更している。
1950年代以降、コピー機を中心としたOA機器を中心に、オフィス関連ビジネスを強みとしてきたが、その核にあるのは「光学機器」。コピー機・スキャナーなどの複合機も、ドキュメントを正確に読み取る「光学機器」と言える。
オフィス関連製品が中心ではあったが、1995年にはPCカードに画像を記録するデジタルカメラ「DC-1」を発売しており、デジカメ参入は先頭グループの1社だった。現在も続く「GR」シリーズは、リコーブランドによるデジカメの系譜だ。
現在、カメラ事業は子会社の「リコーイメージング」に集約している。同社は2011年にHOYAから「PENTAX」ブランドとその事業を買収、一眼の「PENTAX」、コンパクトデジカメの「GR」という構成になっている。
リコーのデジカメ事業は必ずしも好調な時期ばかりではない。2022年1月、事業刷新について、リコーイメージング代表取締役の赤羽昇氏から事業刷新のメッセージも出されている。
もう一つのカメラブランドである「THETA」シリーズについては、2013年9月、ドイツで開催された「IFA 2013」で製品が発表された。
ただ、現在のビジネスは、個人のカメラファン・VRファンよりは、不動産や観光などの法人用途が主軸になっている。そのため、日本での販売主体は2022年4月以降、リコーイメージングではなく、リコー本体が扱うようになっている。
360度カメラ「RICOH THETA」、4月からリコーが販売
現在のリコーはOA機器からさらに一歩進み、「顧客のための価値創造」、すなわちソリューションビジネスの会社になろうとしている。同じカメラであっても、個人向けのPENTAXブランドと、ソリューションの核であるTHETAでは扱い方も変わる、ということなのだ。
買収目的は「法人市場」 価値ある「濃いファン」のいるハードウェア
両社の沿革を見ていくと、実はそれぞれ個人向けビジネスではなく「法人向け」の割合が大きな企業であるのがよくわかる。
その中で特にどの部分を強化していくのか、という考え方の違いが、富士通からリコーへと、PFUの事業が移管する理由である、と分析できる。
富士通は徹底した「ソリューション企業」へと脱皮をはかっている。
PC事業は、2016年に「富士通クライアントコンピューティング(FCCL)」となり、2017年にはレノボ傘下となった。
Lenovoが富士通のPC事業を支配下に。FMVブランドはNECに加え継続
PFUは主に「ドキュメント管理」と「企業向け機器製造」という部分から企業向けビジネスを展開してきたわけだが、ハードウェア事業としては富士通傘下にいるよりも独立した方がいい、という判断があったのだろう。
リコーは複合機を中心にドキュメント管理ビジネスを展開しており、そこからさらにソリューションへと幅を広げている。事業の一貫性という意味では、リコーとPFUの間に強い関連があり、連携した時の可能性も大きい。リコーはPFUのハードウェアと紙文書のデジタル化ノウハウ、PFUはリコーの販売・サービス網とソリューションビジネスを求めた……と考えるとわかりやすくなる。
では、個人向けビジネスはどうか?
こちらも大きなものではあるが、「リコーが個人向けビジネスを魅力と考えてPFUを傘下とした」と考えるのは難しいだろう。やはりPFUの主軸は「法人市場」だ。
ブランドイメージを作るもの、ファンが多く手堅いビジネスである、という点はあるので、止める理由はないし、企業としてもプラスである。
ヒントは、リコーイメージングのビジネス体制にありそうだ。前述のように、今年1月、リコーイメージングは社長名で異例の声明を発表している。
その中では、「“デジタル”手法を駆使したお客様との関係力強化と“工房的”ものづくり」という点がキーワードになっている。
スキャナーもキーボードも、単に動くだけでいいなら安価なものが多数ある。キーボードの場合、コストと手間を厭わないなら「自作」という流れすらある。
一方で、安心して使える機能と品質、という両面で言えば、少々高くとも「あそこなら」という安心感が重要になってくる。
リコーイメージングはカメラ事業で単純にシェアを追うことをやめ、顧客との関係に基づく「良いものを作る」パターンへとシフトした。ScanSnapやHHKBは、元々そのような流れにある製品、ということもできる。
だとすれば、濃いファンがいるPC関連機器が1つの企業に集まっていくのは、ある意味で納得しやすい部分がある。顧客との関係作りも製品作りも、同じような部分があるからだ。
今後重要になるのは、いかにその関係を長く維持し、安定的なビジネスを続けていくか、ということになるだろう。