西田宗千佳のイマトミライ

第132回

HMDは軽く小さくなる。PSVR2・MeganeXに見るVR機器トレンド

2021年末から「メタバース」がバズワードのように騒がれるようになった関係もあり、先日まで開催されていた「CES 2022」でも、メタバースは大きなテーマになっていた。

ただ、オンライン経由で発表を見ている限り、CESでのメタバース関連発表は、過去の「VR」「AR」関連発表をラベル替えしただけにも見える。

それはある意味当然のことでもある。多くの企業は長い時間をかけて技術開発をしているわけで、発表される内容もその流れの中にある。今回発表されたものも、ここ数年間のVRに向けた技術開発を反映したもの、といった方が適切だ。

そういう意味では、2022年のトレンドになりそうなのが「HMD(ヘッドマウントディスプレイ)が新世代に進化する」ことだ。

日本メーカーで言えば、パナソニック子会社のShiftallや、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの動きがそれらにあたる。

今回は、CESで発表されたVR用HMDの変化から、「2022年に本格化する、HMDの世代変化」について考えてみよう。

軽く、長く使えるHMDパナソニック/Shiftall

まず、パナソニック子会社であるShiftallが発表した製品からいこう。

パナソニック子会社・ShiftallがCESで発表したメタバース関連機器群。HMDの「MeganeX」、温感デバイスの「PebbleFeel」、声をミュートさせる「mutalk」の3つを同時発表

軽量メガネ型の高性能VRヘッドセット Shiftall・パナのメタバース3製品

パナソニックは開催直前、CES会場での展示を、説明員を伴ったものから映像中心へと切り替えており、Shiftallの製品群も会場で大々的にデモされることはなかったようだ。そのため、CES開催前に発表し、CESでのスタートアップ関連展示が集まる前夜祭的なイベント「CES Unveiled」でのデモが中心となった。

筆者はCESにはオンライン参加となったため、CES Unveiledの様子をリアルタイムで知ることはできなかったが、オンライン参加者向けに公開されたビデオ「CES Unveiled All Access」の中で、デモやコメントなどを確認することはできた。

「CES Unveiled All Access」に登場した、Shiftallの岩佐琢磨社長。顔につけているのはMeganeX

ShiftallはこれまでさまざまなIoTデバイスを製品化してきた企業だが、岩佐琢磨社長は、「CES Unveiled All Access」でのインタビューの中で、「昨年、会社の方向性を完全にメタバースへと切り替えた」と話している。今回発表した製品群はその成果と言える。

同社はメタバース関連の中でも特に、「メタバースの中で長い時間を快適に過ごす」用途の可能性に着目している。「VRChat」などのサービスを長時間楽しみ、メタバースを文字通り「新しい生活の場」とするなら、体に負担のかからない機器の存在が望ましいからだ。

HMDである「MeganeX」は、重量が250gで軽く、名前の通りメガネ的にかけられるのが特徴だ。

MeganeX。発売は2022年春、10万円以内を予定

このHMDは、2020年のCESではパナソニックで「試作品」として展示されていたもので、筆者も体験している。

2020年のCESで体験した、パナソニックのHMD。MeganeXの元になったデバイスだ

当時、このデバイスは「高画質かつ快適なHMD」を目指して開発が進められていた。VRを体験するにも、360度映像などを見るにも、高画質・高性能で快適な製品が必要、との判断だったからだ。2020年当時で、すでに3年近くの開発期間をかけたプロジェクトであった。

2020年の試作デバイスは、Kopin社と協業による片目2,048×2,048ドットのマイクロOLED(有機EL)ディスプレイを使っており、「2.5K×2.5Kに変更する予定」になっていた。事実、2021年に試作したデバイスではそうなっていた。

デザイン的な特徴も、当時のものを多少シンプルにし、6DoF対応にした形になったくらいの変化だろうか。

パナソニックで長い期間をかけて作られたものが、結果的に「より濃いVRのニーズ」を知るShiftallの手によって製品化に至った、という流れと推察できる。より詳細はそのうち取材できれば、と思っている。

見えてきた「PlayStation VR2」

もう一つ、新しいHMDとして注目されるのが、ソニーの「PlayStation VR2」だ。

PS5向け次世代VRの名称は「PlayStation VR2」

ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、2021年3月に「PS5世代に向けたVRシステム」を開発中であることを公開済みで、連載でも考察を書いたことがある

PS5時代の次世代VRデバイスはどうなるのか

今回発表されたのは名称と、「デザインと重量、価格と発売日以外」のスペック、といっていい。CESのプレスカンファレンス内で、SIEのジム・ライアンCEOが発表する形を取られたが、商品としての価値を決める最後のネタはまだ明かされていない。CESのソニーブースにも、PlayStation VR2の展示はなかったようだ。

「PlayStation VR2」の名称を発表する、SIEのジム・ライアンCEO

とはいえ、現在発表されていることからも、ある程度の予想はできる。

PS4世代の製品であった初代「PlayStation VR」との違いは、ケーブル1本での接続になることだ。この辺は、PS5がPS4よりもかなり性能アップしていること、ポジショントラッキング技術として、外部のカメラを使う方法からHMD内蔵のセンサーを使う方法に切り替えたことなどが理由だ。結果として、本体との接続は相当にシンプルになり、使いやすくなるだろう。

画質面でも、有機ELを使うこと・片目の解像度が概ね2K×2Kであること、視野の広さが110度と初代(100度)より多少広くなることなどがわかっている。2K×2Kというのは最新のデバイスから言えば多少解像度が低いように思えるが、ゲームにおけるパフォーマンスを考えれば妥当な値かと思う。

PlayStationの公式ブログで公開された、PlayStation VR2のスペック

それ以上に大きいのが、「視線トラッキング」と「Foveated Rendering」の搭載が正式に公開されたことだ。

「Foveated Rendering」と「視線トラッキング」の搭載が大きな差別化点になる

視線トラッキングは読んで字のごとく、視線位置を認識する技術である。目で見ることによってスイッチを入れる、といったUI上の使い道もあるが、VRではより価値を持つ使い方がある。それがFoveated Renderingとの組み合わせだ。

Foveated Renderingは「中心窩レンダリング」とも呼ばれる技術で、人間の目は中心部(中心窩)のみ解像度が高く、周辺視野は若干ぼやけている……という特性を逆手にとったものである。はっきり見えるのが中心窩のみならば、そこだけ高い解像度でレンダリングし、それ以外はあえて解像度を落とし、画面全体での処理量を小さいものに抑えるのである。

以下の画像は、2016年3月開催のゲーム開発者会議「GDC 2016」でValveが行った講演のスライドからの引用だ。シンプルな例だが、どんな感じなるかは分かり易いのではないだろうか。

2016年3月開催のゲーム開発者会議「GDC 2016」でValveの講演スライドより。視野の中央(緑色)とそれ以外で処理の解像度を変えることで負荷を落とすのがFoveated Renderingだ

多くのHMDには視線トラッキング機能がないので、Foveated Renderingは「画面の中央が常に解像度が高い」形に固定されている使い方が多い。だが人は、HMDの中でも視線を動かす。本当に最適化するなら、視線に合わせて解像度を高くする場所を変えるのが望ましい。そうすることで、どこを見ても「中央が緻密な表現」である状態を保ちやすくなる。

これは、VRで処理安定性=フレームレートを一定に保ちつつ、画質をできるだけ高める「最適化」テクニックとして重要なものである。

PS5は高性能だが、30万円のゲーミングPCほど演算力があるわけではない。その上で、いくら性能があっても足りないVRの世界で画質を維持するには、最適化に向いた技術を最初から搭載していることが望ましいわけだ。

2022年は「HMDが小さくなる年」か

この2つに限らず、2022年には、他のHMDも多数登場するだろう。

昨年末、HTCは「Vive FLOW」という新しいHMDを発売した。VR用というよりはリラクゼーション向けであるが、このデザインからは、1つのトレンドを見ることができる。

それは「高解像度だが軽く、つけやすくする」ことが望まれている、ということだ。MeganeXがコンパクトであるのも同様のトレンドである。

2021年12月24日には、Meta(旧Facebook)のCTO(最高技術責任者)でReality Labsのトップであるアンドリュー・”Boz”・Bosworth氏が、「Project Cambria」として開発中とされていたハイエンドHMD(Quest 2の後継ではなく、別ラインの製品)が、2022年に登場すると発表した。

Project Cambria PV

Project Cambriaでは光学系を工夫し、Vive FLOWと同じパンケーキレンズを使い、HMDの小型化を狙うとされている。

これらを考えると、「2022年世代のHMD」は光学系の工夫によって「軽く小さく」なっていくのがポイント、と想定できるわけだ。

PlayStation VR2についてはどうなるかわからない。HMD側に視野トラッキングセンサーを入れる必要もあり、さらに、没入感を高めるため、HMD側にも「振動」機能が内蔵されていることも公表されている。

だから必然的に、PlayStation VR2はMeganeXほどは小さく軽くはないだろう。

だが、前述の「2022年のトレンド」を考えると、こちらも光学系に工夫を凝らし、小型化に努めていると期待したくはなる。デザインが発表されていない分、どうしても期待度は高くなろうというものだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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