西田宗千佳のイマトミライ

第131回

ソニーのEVはどうなるのか。リカーリングという「必然」

EV事業参入検討と、新会社「ソニーモビリティ」設立を発表する、ソニーグループ会長兼社長の吉田憲一郎氏

ソニーが自動車メーカーになる決意を固めた。CESで、大企業から発せられたメッセージの中で一番大きなニュースバリューを持っていたのは、この話かもしれない。

ソニー、自社でEV参入。SUVの新型VISION-Sも披露

同社は2020年のCESで試作EV(電気自動車)「VISION-S」を公開したが、今年はそのSUVモデルである「VISION-S 02」もお披露目した。さらにその流れとして、「EVの市場投入を本格的に検討」(リリースより引用)を行なう事業会社である「ソニーモビリティ」を設立すると発表した。

VISION-S 02

ここ数年、CESのテーマは、家電から自動車やスタートアップ企業に移ってきていた。家電メーカーであるソニーがEVへ参入する決意を決めたことは、その象徴と言えそうだ。

一方で、ソニーのEVがどんなものになるのか、どんな売り方になるのかはほとんど情報がなく、見えてこない部分である。

筆者は、ソニーによるEVの軸は機能以上に「売り方」にあるのではないか、と予想している。今回はその予想について解説してみたい。

手前がSUV型の「02」、奥の白い車体がクーペ型の「01」

ソニーのEV「VISION-S」とは

ソニーの中でEVを開発しているのは「AIロボティクス」部門である。本体に多数のセンサー(試作中のVISION-Sの場合40以上)を搭載しており、それらの情報とクラウド連携を使い、ソフトウェアによる制御の関与度が高いEVを作るのが、彼らの狙いの1つだ。

VISION-Sには40以上のセンサーが搭載されており、走行安全性などに活用されている

ソニーグループ常務・AIロボティクスビジネスグループ 部門長の川西泉氏は、筆者との取材の中で何度も次のように答えている。

「極論はありますが、EVもaiboも同じ。インターネットにつながり、クラウドで処理した情報を使うという意味では、どちらもIoTです」

もちろん、aiboとEVでは必要な技術要件が大きく異なる。aiboは家の中を動き回るエンターテインメントロボットであり、人の命はかかっていない。だがEVは、ひとたび事故が起きると命につながる。「走る・曲がる・止まる」という基本要素をしっかり作った上で、多数のセンサーとソフトウェア制御を付加価値としたEVを作ろうとしているのだ。

初代の試作車には、筆者も短時間だが乗ったことがある。コンソールからリアミラーまですべてがディスプレイになっていて、今までの車とはずいぶん違うイメージだったのが印象的だった。あえて似ているものを探すと擦れば、テスラのEVだろうか。

2020年8月に試乗した、VISION-S試作車

ソニーのクルマが目指す未来。日本に着いた「VISION-S」に乗る

VISION-Sは、走行などの足回りを担当する「EVプラットフォーム」と、ナビなどの高度運転支援(ADAS)や車内エンターテインメントを担当する「ビーグルシステム」と呼ばれる部分に分けて作られている。

VISION-Sの「駆動部」はプラットフォームとして独立しており、クーペ型の「01」も、SUV型の「02」も共通になっている。

前者についてはソニーだけではノウハウが不足するので、オーストリアの大手自動車製造企業であるマグナ・シュタイアなどとの協業で作られている。

一方、ビークルシステムについては多く部分がソニーの独自開発である。ビークルシステムの部分はスマホ的な開発手法が採られており、5Gなどのネットワークを使い、自動的かつ継続的に機能アップしていく前提で開発がなされている。例えば、コンソールを含めたユーザーインターフェース部分にはSoCとしてQualcommのSnapdragonが使われ、OSはAndroidをベースにしたものだ。収集した情報を処理して機能アップに活かすためにクラウドインフラとしてはAWSが採用されていて、この辺もスマホやaiboに近い。

VISION-Sの内部。ディスプレイ+ソフトウェア制御が徹底されている

制御技術に注力し、差別化点として生かそうとしているのが「振動制御」だ。サスペンションのコントロールはセンサー技術による道路の凹凸認識が有効だ。その結果として、石畳などでも振動が少なく、酔いづらい車を目指す。

コントロールパネルの見せ方や車内エンターテインメントはもちろん、走行時の挙動や振動なども、乗る人・運転する人の好みが出やすい部分だ。そうしたところは、ビークルシステム側から制御し、さらにそのパラメータを「運転する人に合わせて入れ替える」ことで、その人むけのカスタマイズをしたEVにすることも可能だ。

「進化するEVであり、乗る人に合わせたEV」

ソニー・川西氏は以前取材で筆者にそう答えた。

1から自動車を作るのだから、過去の自動車を単純にトレースするのではなく、ソフト制御による「アップデートとカスタマイズ」を核に据えたEVを作ることが、ソニーの狙いである。

ソニーのEVがリカーリングになるのは「必然」

一方、今回の発表まで、ソニーは「自社でEVの販売を行なう」とは断言してこなかった。VISION-Sはあくまで試作車であり、EVを作るために必要なノウハウを得るためのものだった。

今回の発表により、ソニーは自動車メーカーへの一歩近づくことになるが、CES会期中、川西氏は筆者とのインタビューで次のように答えている。

「今のものがそのまま製品になるわけではなく、もっと最適化できます。課題はまだあって、製品化までのすべてがクリアに見えた、と言い切れるものではない」

実際問題、自動車メーカーになるのは大変なことだ。

事故の際に企業として負うリスクは大きく、家電以上に長期的な取り組みが必須となる。

EVというハードを作る以上に、販売やサポート網をどうするのか、という課題も大きい。高価なものなのでローンや残価設定クレジットなどの仕組みは必須だし、損害保険との連携も必要。故障も、電話での対応から修理工場との連携まで、一筋縄ではいかない。

今回、本社内に部署を作るのではなく、事業化検討のために「ソニーモビリティ」という新会社を設立するのも、検討範囲の広さと、そこに存在するリスクが大きいからでもある。

では、ソニーはどんな車を出すのか? どう売るのか?

その話をするのは流石にまだ気が早い。川西氏も、筆者の質問に対し直接的な返答を避けた。

ただ、1つ見えてきているのは、ソニーのEVは「売り切り」ではない、ということだ。

ソニーグループの吉田憲一郎社長は、米・ラスベガスで記者の質問に答える形で、EVのビジネスのあり方として「リカーリング(継続型)ビジネスになる」と話した、と報道されている。

安全設計から車内エンターテイメントまで、ソニーのEVは「リカーリング」で提供しやすい部分が多い

リカーリングとは、簡単に言えば「売り切りではない」ということ。現在のPlayStationは、ネット対戦に有料サービスである「PlayStation Plus」が必要で、月額料金収入が、ゲーム事業の強みを支えている。カメラ事業は会員制ではないが、カメラ本体を買うとレンズや周辺機器も売れる構造になっていて、消費者との関係が継続する。生命保険や損害保険も典型的なリカーリングビジネスだ。

ソニーのEVが、アップデートやカスタマイズ前提になるとすれば、そこでは顧客との接点が生まれることになり、EVはリカーリングビジネスになり得る。

そもそも、自動車産業は「リカーリング性」の高いビジネスでもある。

自動車は高価なものなのでほとんどがローンによる購入。自動車保険への加入もほぼ必須だ。

自動車自体、安全に乗り続けるにはメンテナンスが必須。エンジン車ならばオイル交換なども必要になる。車検も必要であり、多くの人は一定サイクルで自動車を中古として引き取ってもらい、乗り換えていく。

保険会社からディーラーとの関係まで、現在の自動車産業は「いかに自動車を売りっぱなしにしないか」で成り立っている。

自動車はリカーリング的である、というのはこうした状況から来るものだ。

EVになると、リカーリング的性質はさらに高まるだろう。

オイル交換などはなくなるが、バッテリーの劣化に伴う交換が生まれる。足回りのメンテナンスは、EVでもエンジン車でも変わらない。

ソフトウェア制御の領域が増えるのでアップデートは必須だし、EV自体の動作チェックを自動で行なえるため、メンテナンスなどについて、ドライバーに注意を促すのも簡単になる。

EVになり、自動車メーカーやディーラーとの関係が密になるなら、販売方法も、従来のような「所有」をベースにしたものから変化していく可能性もある。

場合によっては、EVを使っていない時間、他人に貸し出す「カーシェアリング」を販売モデルに組み込むことで、自動車を手に入れる費用をより安いものにする、という発想だってあり得る。

新車の開発状況によっては、古いEVにずっと乗り続けてもらうよりも、一定期間で新しいEVに乗り換えてもらう方が効率は良い、という側面もありそうだ。そうすると自動車は「サブスクリプション」化する。

EVになると自動車は「よりサービス化する」と予想されているのだが、それは、こうした背景に基づく。だとするなら、「ソニーがEV事業をリカーリングにする」のは必然なのだ。

従来の自動車ビジネスの枠にとらわれず、むしろ別のところからシェアを広げる必要があるわけで、そうなると、売り方からすべてを変えなければ……という話になる可能性は十分にある。

ソニーモビリティの設立は今年の春に予定されている。その頃には、「ソニーのEV事業のあり方」がもう少し見えてくるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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