西田宗千佳のイマトミライ
第126回
Tile身売り。AirTagが変えた「忘れ物防止タグ」の競争原理
2021年11月29日 08:20
11月22日、見守りサービスを提供する「Life360」は、忘れ物防止タグを提供する「Tile」を買収すると発表した。買収額は2億500万ドルで、2022年第1四半期に完了する予定だ。
忘れ物防止タグの「Tile」、Life360が2億500万ドルで買収
忘れ物防止タグの市場は、今年4月にアップルが「AirTag」を発売したことで大きく変わった。Life360によるTileの買収も、変化した市場への対応という意味合いが大きい。
今回は「忘れ物防止タグ」市場の現状について考えてみることにしよう。
「忘れ物防止タグ」とはなにか
「忘れ物防止タグ」と呼ばれる機器は、どれも同じような技術を使っている。BluetoothやWi-Fi、時には携帯電話ネットワークを使い、機器がある位置をクラウド上のサービスに登録、別の機器などから場所を確認できるようにすることで忘れ物や紛失、盗難を防止する……という仕組みだ。
ただ、使うネットワークやサービスの構成によって、どのような用途に向くかが変わってくる。
最もコストも手間もかかるのが、携帯電話ネットワークを使うものだ。位置を把握する精度は最も正確で、位置把握の間隔も短くできる。ただし、通信費も通信に使う機器の消費電力も大きくなるため、「相応のコストを払ってもいい」「電力供給がしやすい」などの条件が整っている場合に使うことが多い。自動車やバイクの盗難防止、業務用の位置把握などに使うのが一般的で、安価に幅広く……というわけにもいかない。
コストの面でより手軽なものとして生まれたのが、Bluetoothを使った忘れ物防止タグだ。
Bluetoothの中でもBluetooth LEを使った通信は、消費電力が低いのが特徴。忘れ物タグに組み込んでも、1年程度は電池を交換する必要がない。ただし、忘れ物タグだけではインターネットに接続することができない。だから、自分がBluetoothをオンにしたスマートフォンを持ち歩いていることを前提として使う。
忘れ物防止タグがついているものを、自分のスマホと一緒に持ち歩いている分には問題ない。スマホと忘れ物防止タグの距離が通信不可能なくらい離れたら、それを「置き忘れ」などとして通知する。
ただそれだけだと、忘れ物をした荷物がどこにあるかがわからない。そこで、2つの仕組みを組み合わせる。
1つ目は、最後にスマホの近くに忘れ物防止タグがあった時の位置を記録すること。もう一つは「同じ仕組みの忘れ物防止タグを使っている人のスマホ」を活用することだ。近くに他人の忘れ物防止タグがあった場合、その情報もネットワークに記録することで、さらに忘れ物が発見できる可能性を高めている。
特に、現在重視されるようになっているのが後者だ。「最後に通信できた場所」だけだと、電車内に荷物を忘れた場合などに正確な場所がわからなくなる。やはり、「今荷物があると思われる位置」をできる限り表示してくれることが望ましい。
携帯電話ネットワークを使う忘れ物防止タグと違い、Bluetoothを使う忘れ物防止タグには、位置検出に制限が大きい。その課題を解消するには、できる限り多くの人が同じ「Bluetoothを使った忘れ物防止タグのネットワーク」を使っていて、どこにいても忘れ物防止タグの位置が把握できる形になっていることが望ましい。
数では不利、「アクセスポイント」で忘れ物発見確率をカバー
ただ、これはなかなか難しい課題だ。
Tileは世界で累計3,000万個が販売されたとされる。一見多いように見えるが、全世界でこの数、と考えると多くはない。日本での販売は累計100万個とのことなのだが、これでも人口130人に1つ。同じ電車の中に利用者同士が乗り合わせるかどうか、ギリギリといったところだろうか。人口密集地以外だと、うまく利用者同士の行動範囲が重ならない可能性もあるだろう。
そこで各社は、色々と工夫をしている。
タクシーや駅にTileのネットワークを構成するアクセスポイントを配置する「Tileアクセスポイント」はその1つ。忘れ物をしやすい場所、忘れ物が集積されやすい場所にTileのネットワークを構成するアクセスポイントを置くことで、忘れ物防止タグとしての実効性を高めようとしているわけだ。これは賢いやり方と言える。
同じことは、国産の忘れ物防止タグである「MAMORIO」も、駅や商業施設の忘れ物センターにアクセスポイントを置く「MAMORIO Spot」を展開している。
街中のiPhone全てを使って精度を上げた「AirTag」
ただ、これでもまだ、「どこにあっても見つかる」とまでは言えない。
ただ、その常識を覆してしまったのが「AirTag」である。
アップルのAirTagは、Bluetoothを使った忘れ物防止タグとしては後発であり、ハードウエアの構成としても、他社と極端に違うものではない。
だが、街中でAirTagが見つかる可能性は、他の忘れ物防止タグより、現状かなり高い。理由は、AirTagが使う「探す(Find My)」機能が、iPhone・iPad・Macなど「あらゆるアップル製品」で構成されるため、ネットワークのカバーエリアの広さ・密度ともに、圧倒的に優れているからだ。
前述の他社の忘れ物防止タグは、「同じ忘れ物防止タグを使っている人同士」だけがネットワークを構成した。だが、アップル「探す(Find My)」機能では、前述のようにあらゆるアップル製品でネットワークを構成する。元々このネットワークは、アップル製品の全体の紛失防止に使われているもの。そこにAirTagも組み込むことで、街中に多数いるiPhoneユーザーとすれ違うだけで、AirTagの位置が記録されるようになっている。
現状AirTagが使えるのはiPhoneの利用者のみではあるが、OSと統合されている使いやすさ、忘れ物の見つかりやすさの両方から、これまでの「忘れ物防止タグ」市場の競争原理を大きく変えてしまった、と言ってもいいだろう。
海外では、アップルと同じように、スマホメーカーによる「忘れ物防止タグ」への参入が目立つ。といっても、出荷台数が少ないメーカーがやっても、あまり意味はない。
具体的には、サムスンやファーウェイの取り組みが興味深い。日本では発売されていないものの、サムスンの「Galaxy SmartTag」が代表例と言える。どちらもアップルとシェアを争うトップメーカーであり、自社スマホを使った忘れ物対策ネットワークも、十分に大きなものになる。
数の不利を「統合」でカバー。課題は「寡占」の防止か
忘れ物防止タグを提供する企業として、現在直面しているのは「スマホメーカーによる製品」にどう対抗するかだ。
TileやMAMORIOなど、独立したメーカーによる製品には「スマホの種類に依存しない」という大きなメリットがあるものの、忘れ物を検出するためのネットワークを構成する上での「台数」の面で、どうしても不利であるのは間違いない。忘れ物タグを買う人は、スマホを持っている人の中でも一部に過ぎない。スマホの台数を武器にされると、不利なのは間違いない。
前出のようにアクセスポイント的なものを配置し、広げていくのは良い作戦だと思うが、それだけでは不利は埋まらない。
数をカバーするには「数」で対抗するしかない。Life360がTileを買収したのも、お互いのネットワークを統合し、数の不利をカバーするのが狙いと言える。
Life360は、スマホを持ち歩く家族同士の位置や安全を確認し合う見守りネットワークサービス。日本では「見守り」というと子供向けや高齢者向けが中心だが、アメリカの場合、もう少しニーズが広い。
位置を把握し合うという意味では、Life360のような見守りネットワークも忘れ物防止タグのネットワークも近い部分がある。だとすれば、相互乗り入れによってネットワークを拡大し、投資効率を高めるのは悪いことではない。こうした事業統合は、他にも出てくる可能性はあると思っている。独立系のメーカーであるTileが最初に動いたのも理解できる。
逆に言えば、そのくらいAirTagのインパクトは大きかった、ということだ。アップルというプラットフォーマーの力は強く、ブランド力も強い。
ただ、その力が「強すぎる」とも感じる。iPhone市場において他社が戦うのは難しくなってしまった。
本来なら、同じようなネットワークがAndroidでも構築され、忘れ物防止タグの市場が拡大されていくことが望ましい。だが、独立系の企業とスマホメーカーがそれぞれネットワークを構築していくと、価値が分散してしまう。
GoogleもAndroidのデバイス検索ネットワークに「忘れ物防止タグ」的な機能を追加しようとしている、との観測もある。そうすると確かに、アップルと同じような強みをもつ事になる。そうしたネットワークに他社も接続可能になっていき、忘れ物防止タグ・ネットワークが分散し、価値が弱くなることを防げないか、とも思う。
アップルは自社の「探す」機能をサードパーティーにも開放し、他社製品の接続も可能にしている。もっとオープン性が高まり、「探す」機能が使える機器が増えて欲しいとも思う。
忘れ物防止タグには「ストーキングに悪用されやすい」という課題もあるが、便利なものであることは間違いない。その価値を特定の企業が寡占するのでなく、うまく「ユーザー全体の持つ価値」として生かす流れが生まれてくれればいいのだが。