西田宗千佳のイマトミライ

第122回

アップル・Amazon・Googleが半導体を独自設計する理由

MacBook Pro

先週は「オリジナルSoC(System on a Chip)」を使った注目製品が続々登場し、話題を集めた。19日に発表されたアップルの新「MacBook Pro」には「M1 Pro」「M1 Max」が使われ、翌日に発表のGoogle「Pixel 6シリーズ」には「Google Tensor」が使われている。

MacBook Proが一新。M1 Pro/MaxやミニLEDディスプレイ搭載

Google Pixel 6/6 Pro登場。Tensorチップや人を“消せる”カメラ

大手IT企業が独自の半導体(SoC)を開発し、それを使って差別化した製品を作るという流れはすっかり定着した。それはどういう意味を持っているのだろうか? この機会に、ちょっと整理してみよう。

Google Pixel 6シリーズ

膨大な「iPhoneニーズ」に支えられたアップルの半導体

現在の「オリジナルSoC」というと、すっかり大手IT企業の代名詞になった感がある。

一番わかりやすいのはアップルだろう。同社が初めて使った大規模なSoCは、2010年に発表された「A4」だ。「iPhone 4」と初代「iPad」、「iPod Touch」で採用し、同じSoCで多数の製品を作っていく、という手法を拡大していく。

2010年1月、iPadを発表するスティーブ・ジョブズ。だがこの時、発表の中で「A4」の名前は強調されなかった

スマートフォンは消費電力と性能のバランスが重要だ。そこで先行するには、独自の視点が必要になる。A4はキャッシュを増やし、バス幅を広くすることでパフォーマンスを稼いでいたのだが、いわゆる「Retinaディスプレイ」を採用し、一気に解像度を上げても性能が維持され、さらにバッテリー動作時間は4割伸びている。

iPhoneが大量に作られることを前提に半導体の製造・開発計画を立て、そこでの量産効果を活かして他の製品に転用することによって、コスト効率をさらに高めるパターンである。

それがMacまで広がり、ついにはハイエンドMacの一角であるMacBook Proに使えるところまで戦略が拡大した。

すべては年間に「億」の台数を作るiPhoneという存在ありきであり、それができたのも、iPhoneが順調にヒット商品になっていったからでもある。

ちなみに、A4のアーキテクチャの開発チームにいたのが、天才アーキテクトとして知られるジム・ケラー。AMDでAthlonの開発に携わり、64ビットアーキテクチャである「x86-64」を生み出し、Appleを退社したのちには再びAMDに戻り、現在の同社を支える「Zen」アーキテクチャを作った。

今年はCPU/GPUコア数の多いハイエンド「M1 Max」も投入した

実はサムスンもアップルと戦略が似ている。

自社内に「Galaxy」という巨大なスマホブランドを抱えていて旺盛な需要を満たせること、さらに、自社グループ内で最新半導体を製造する能力があるからこそ、Galaxyでは独自設計半導体の「Exynos」シリーズを使えるのである。

Exynos 2100

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「AI処理」のために独自半導体を作るGoogle

それに比べると、Googleの戦略はちょっと違う。

もともとGoogleは、スマホ以外で専用プロセッサーを作っていた。自社クラウドのサーバー向けだ。

有名なのは、同社の機械学習フレームワーク「TensorFlow」を高速化するアクセラレータである「Tensor Processing Unit(TPU)」だろう。TPUは4世代作られ、最新の「v4」は今年5月のGoogle I/Oで発表されている。

Google、独自の人工知能アクセラレータを発表

今年5月のGoogle I/Oでは、最新バージョンである「TPU v4」が発表されている。

機械学習は、1つ1つの演算こそシンプルでいいものの、それを大量に繰り返すという特性があり、CPUだけでは効率が悪い。GPUを使う場合も多いが、Googleは特化したプロセッサーを作ってしまい、自社内にある膨大なニーズを満たした。

スマートフォンなどでは、そうしたサーバーで学習した「結果」を使い、推論を行なうことに特化している。スマホ向けのプロセッサーにも、そうした推論処理を高速化する機構は搭載されるようになっているが、特に現在は、セキュリティとプライバシーを守るため、処理をクラウド側で行なわず、スマホ本体で完結させる「オンデバイスAI」が重視されるようになった。

そこでGoogleは、自社のスマホであるPixelを差別化するために、オンデバイスAI強化に有利な推論回路を強化することを考えた。だから、名前もTensorFlowから引き継いで「Tensor」なのだ。ただし、推論系のコアが具体的にどう強化されたかは公開されていない。

Google Tensor
Google Tensorの構造。機械学習を処理する「TPU」とセキュリティコアがあるのが特徴

Google TensorはCPUコアやGPUコアの性能を高めてベンチマークを上げることよりも、応答性とバッテリー動作時間のバランスをとっていると見られる。すなわち、ハイエンドSoCに単純な性能比較で勝つことよりも、オンデバイスAI処理を含めた消費電力の削減を軸にしているのだろう。

結果として、カメラや音声認識などでオンデバイスAIが多数使われ、そこがPixel 6の差別化要因になっている。

サーバーからEchoへと進むAmazon、こちらも狙いは「AI」

実は、Googleと同じようなパターンの企業がもう1つある。Amazonだ。

Amazonの半導体設計は、同社のクラウドインフラ事業である「AWS」向けが中心。ARM系コアを使った「AWS Graviton」シリーズを使っている。2018年から導入されたが、元々は2015年に買収したイスラエルのAnnapurna Labsという企業の技術をベースにしており、CPUの他にも、データスイッチなど、クラウドインフラの効率化に必要なものを作ってきた。

2020年12月のAWSイベント「AWS re:Invent 2020」の基調講演より。ARMコアを使った独自プロセッサー「Graviton 2」は、さらに4割処理性能を高めているという

そこからコンシューマ向け製品にも自社半導体を使うように変わっていったが、軸にあるのはやはり「オンデバイスAI」だ。

セキュリティカメラの「Ring」事業向けに開発したのを皮切りに、2020年にはEcho向けに「AZ1」を投入、今年はさらに「AZ2」を開発した。AZ1・AZ2の開発パートナーはMediaTekで、狙いは「低コストかつ消費電力の低いSoCで、音声などのオンデバイスAI処理を実現する」ことにある。そのため、AZ1・AZ2ともにスマホ向けのような大規模なものでも、高性能なものでもない。

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「Echo Show 15」で採用された新SoC「AZ2」。Echo向けとしては第二世代となる

ロボットなどの大規模な製品では他社のSoCを使うこともあり、アップルのように「なんでも自社設計半導体」というわけではないようだ。

SoCとはそもそも「カスタマイズされる」もの

こうして見ていけばお分かりのように、各社は「自社の目的」があって、その目的に合うように半導体を設計している。

そもそもSoCとはそのためのものなのだ。

CPUコアやGPUコア、画像圧縮用のIPやカメラ処理用のISPなど、多数の「IPコア」をブロックのように組み合わせ、1つのチップにまとめたものが「System on a Chip」なのだ。

だから、同じブランドの同じ名前のSoCでも、中身は同じとは限らない。例えば、Qualcomm製の「Snapdragon」が使われているとしても、ライセンス料など様々な事情から、「全く同じ機能」というわけではなかったりする。例えば、動画再生用のコーデック対応がちょっと違う……ということは意外とある。

とはいうものの、最近は量産と調達の関係で「メーカー側が定めたパッケージ」を採用する場合がほとんどだ。PC用のプロセッサーにもCPUとGPU、機械学習コアなどがまとめて「SoC」と呼ばれるようになったが、こちらでは、PCメーカーごとにコアのカスタムが行なわれることはあまりない。

我々がSoCとして目にするのは、多くの場合メーカーの定めたブランド名と型番くらいなので、「SoCという決まった部品がある」ように思ってしまう場合もありそうだ。

アップルにしろGoogleにしろ、自社設計半導体を使う理由は、「他社と同じように、特定のメーカーが作ったSoCを採用していては差別化が難しい」と考えたからだろう。もちろん、自社設計したからといって他社のものより有利、とは限らない。特にQualcommあたりは相当に異論がありそうだ。

カスタマイズを支える「量」。ゲーム機や家電に見るSoC

SoCはカスタマイズされるのが基本だ。そこで、単に搭載するコアのチョイスに留まる場合もあれば、CPUコアやバスアーキテクチャまで手を入れる場合もある。

テレビやレコーダーなどのデジタル家電も、今はスマートフォンに似たアーキテクチャのARM系SoCを使うことが多いが、作る機器の事情に合わせたカスタマイズが行なわれるのが基本である。

そうした「独自性の高いSoC」が伝統的に使われてきたのが「家庭用ゲーム機」だ。

コストと性能の両面で厳しい要件が多かったため、どういう部分を重視するかはプラットフォーマーの思想が出やすい部分で、結果的にSoCは「ゲーム機のアーキテクチャ全体」の一部として、独自性も高かった。特に、PlayStation 3/Xbox 360/Nintendo Wiiの世代(第7世代ゲーム機、などとも呼ばれる)までは独自性が強く残っていた。

それがPlayStation 4/Xbox Oneになり、AMDのx86系アーキテクチャをベースにするようになり、共通性は増してきた。それでも、VRAMやバス構成、コア数などは各社異なっており、スマートフォンやPCよりも「各社の開発思想」が表に出やすい。

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このように見ていけば、「機器に合わせた設計のSoCを使う」のは珍しいことではないのだ。ただ、PCやスマートフォンのように互換性が重要なものでは、比較的同じプロセッサーが使われやすい傾向にあった……というだけなのだ。

今後、家電やゲーム機的な視点から、スマートフォンなどで「ハードとソフトを一体化した独自性」を打ち出すなら、自社設計半導体を採用する例は増えていくかもしれない。ただ、設計の負荷は大きく、深いところまでカスタマイズできるのは、あくまで大量に生産することを前提とした機器くらいだろう。

ゲーム機がアーキテクチャの深いところまでカスタマイズされるのも「たくさん作る」からであり、アップルが独自性の高い自社設計半導体を使うのも、「iPhoneという巨大な需要」あってのものである。もしくは、サーバー向けのように「必要であり、コスト回収も容易」だとわかっているものだ。

だとすると、各メーカーが考えていることも、より理解しやすくなるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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