西田宗千佳のイマトミライ

第117回

Amazonがテレビメーカーになる? 新しいFire TVと“テレビ”の関係

テレビにとってネット接続・動画配信の視聴は、すでに欠かせないものになってきている。とはいえ、そのためにテレビを最新のものに買い替えられる人ばかりではないだろう。

そんな需要を反映し、HDMIに接続する小型な「ストリーミングデバイス」が売れている。中でも日本で最も人気があるのが、Amazonの「Fire TV Stick」シリーズだ。9月9日より、新製品「Fire TV Stick 4K Max」の予約が始まっている。

Fire TV Stick 4K Max登場。高速起動・Wi-Fi 6対応で6980円

アメリカではさらに、Amazonブランドとしては初の4K対応スマートテレビ「Fire TV Omni」「Fire TV 4」シリーズが10月より発売になる。

Fire TV Omni

米Amazon、初の4Kスマートテレビ「Fire TV Omni/4-Series」

Amazonのストリーミングデバイス戦略はどういうものになっているのか、そして、その中でテレビはどのような役割を果たしているのかを、改めて考えてみよう。

「売ることで利益を得ない」Amazonだからできる激安価格

Amazonのハードウェア事業は、他の家電メーカーと大きく異なっている。

相違点は複数あるが、もっとも大きいのは「ハードウェアの販売で大きな利益を得ることを想定していない」という点だ。これはAmazon側も認めていることだ。

Amazonのデバイス部門・Amazon Devicesの責任者であるデイブ・リンプ氏は、筆者との取材の中で何度も「Amazonのデバイスは、売って儲けるのではなく、『使ってもらって儲ける』もの」と語っている。販売価格も「ほぼ原価に等しい」とまで言う

Amazonのデバイスを買うということは、Amazonのサービスを使うということでもある。特に今は、有料の「Amazon Prime」会員であると有利な部分が多々ある。Fire TV Stickの場合には、実質的にAmazon Prime会員になり、Amazon Prime Videoを利用する人に向けたもの、と言っていい。

だからこそ、Fire TV Stickは安い。「Fire TV Stick 4K Max」の場合、4K・HDR対応はもちろん、Dolby VisionやHDR10+、Dolby Atmosなどにも対応しており、仕様的にかなり充実している一方で、6,980円と安い。Amazonの場合さらに今後セールなどがある可能性も見込めるわけで、単純に「映像を見るための機器」として、価格でこれに対抗するのは困難なレベルである。

一方で、人々が1つのサービスしか視聴しない、ということなどあり得ないことも、Amazonはよく知っている。だから、NetflixやABEMA、DAZNなど別のサービスが使えることも重要になっている。「Fire TV Stick 4K Max」の場合には、リモコンにはAmazon Prime Videoの他に、Netflix・DAZNのダイレクトボタンも用意されている。

サイバーエージェントの藤田晋社長は、「テレビでのABEMA視聴が広がる上で、Fire TV Stickのような存在は強力な後押し」とコメントしている。他社も普及を期待する存在になってきているわけだ。

過去には映像配信を見るためにゲーム機が使われることも多かったのだが、今はそれも減ってきた印象がある。映像を見るため「だけ」ならば、Fire TV Stickのコストパフォーマンスが圧倒的に優れているから……という事情はありそうだ。

「Amazonブランドテレビ」は日本でも出るのか

冒頭でも述べたように、アメリカ市場では「Amazonブランドで、Fire TVが中に入ったテレビ」の販売が始まる。Amazonがテレビメーカーになるわけで、そこに注目したニュースも少なくない。

ただ、このままAmazonがソニーやサムスン、LGなどの大手テレビメーカーと競合することを狙っている……と考えるのは間違いだ。おそらくAmazonはそこまで考えていない。

実は「Fire TVブランド」のついたテレビは以前よりアメリカ店頭で売られていた。写真は、2019年1月にラスベガスの家電店で見かけたものだ。「TOSHIBA」と「Fire TV」のダブルブランドになっている。このTOSHIBAは日本の東芝・REGZAのことではなく、当時、台湾・Compalがアメリカで「TOSHIBA」商標を取得して販売していた製品である。

2019年1月にラスベガスの家電店で見かけたテレビ。台湾・Compalがアメリカで「TOSHIBA」商標を使って販売していたもので、中にFire TVが入っている

今回Amazonが販売する「Fire TV Omni」「Fire TV 4」は、自社で開発したもので前述の製品とも異なる。

これらの製品の特徴は「安価」であることだ。前述のように、Amazonはハードウェアであまり利益を確保しない。だが、ここでこの製品が安いのはまた別の事情がある。

というのは、アメリカのテレビ市場は、1,000ドルを超える「プレミアム」市場と、500ドル以下の普及型の市場が完全に分かれているからだ。日本の家電量販店で強い大手製のテレビは「プレミアム」ラインに属するもので、前述の「TOSHIBA Fire TV」や、今回Amazonが販売する「Fire TV Omni」「Fire TV 4」は普及ラインに相当する。

Fire TV 4

アメリカのテレビ市場は日本よりずっと規模が大きく、年間3,000万台規模。日本の4倍以上もある。家庭内に複数台置かれる場合も多く、サイズも大きめのものが喜ばれる傾向にある。結果として、普及価格帯市場もそれだけ大きなものになっているわけだ。

品質をチェックして買うプレミアム路線ではなく、価格重視の路線なら、Amazonとしても「最大のオンラインストア」としてラインナップを揃える価値がある。他社ブランド製品は家電量販店向けだったが、今度のものは自社オンライン流通むけ。「検索すれば自社製品が出てくる」ことは、Amazonにとって重要なことになっており、だからこそ「Amazon Basic」ブランドも拡充が続いているわけだ。

このように分析すると、日本でもFire TVブランドのテレビが売られるのか……というと、ちょっと難しいように思う。そもそもテレビ放送の規格も異なるので、それに合わせた開発をするのはコスト的にも市場規模的にも見合わない可能性がある。

ただ、別の見方もできる。

日本のAmazonでは特に「PC用ディスプレイ」が売れている。個室向けの比較的大きなディスプレイであり、コスト的にも安いことが理由だ。TVチューナーは内蔵していないが、ゲーム機やPC、Fire TV Stickなどをつければ、十分に「映像機器」として使える。

以下のTVS REGZAへのインタビューの中でも、「小型テレビをネット配信視聴兼用で買う」という流れが出てきていることが言及されている。

今年のレグザは「大画面・Android・ネット動画」。当事者に聞く新トレンド

だとするならば、小型なモデルでTVチューナーをいれず、「AmazonのFire TVが入ったディスプレイ製品」として売るパターンなら、あり得るように思う。Amazonは、日本市場向けに独自に製品開発することは殆どないため、そういうものが出てくる確率が高いとは思わないが、もし日本にも「Fire TV内蔵製品」の流れがあるとすれば、そういうパターンなのではないか……とも考えてしまう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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