西田宗千佳のイマトミライ
第114回
新フェーズに入ったPayPayが狙う「店舗のDX総取り」
2021年8月23日 08:20
8月19日、PayPayは10月以降、これまで無料としていた加盟店手数料を最低1.6%からに変更する、と発表した。
日本でスマートフォンを使った決済が注目されるようになって3年が経過し、PayPayは積極的な営業活動とキャンペーンが功を奏してトップシェアになった。それがついに収益回収のフェーズに入る、ということになるわけだ。
一方、この発表を単純に「手数料有料化」と捉えるのは間違いだ。むしろ、同社のビジネスが次のフェーズに入ったと考えるべきだろう。
今回はその辺りの事情と今後の課題について考えてみた。
有料化で「店舗離脱」はどうなるのか
冒頭で述べたように、今回の発表における最も大きな発表は「加盟店手数料を最低1.6%からに変更する」ということだ。
加盟店にとって、決済サービスの手数料はありがたいものではない。売上が小さい店であればあるほどそうだろう。
これまでPayPayは、加盟店手数料を無料とすることで「まずは使ってほしい」という流れで多くの店舗に導入されてきた。これが有料化されることになれば、店舗としては負担になるので再検討のタイミングになるのは間違いない。
とはいえ、顧客のニーズとしては、クレジットカードやスマートフォン決済は「あればありがたい」ものから「あって当たり前」に変わってきている。コロナ禍で非接触決済へのニーズが増えたこと、スマホ決済のキャンペーンが活発だった3年の間に利用する人が増えたことなどが理由だ。
次の図は19日の発表会で示されたものだ。日本での決済を額でなく「回数」で示したものだが、この3年でクレジットカードやICカード決済も増え、その上でスマホ決済が増えることで、現金決済の「回数が減っている」のがわかる。まだまだ現金が多いことも見えてくるが、「回数が増えた」ということは、少額で日常的な決済における現金以外の利用量が増加したことも示している。
スマホ決済は定着している店とそうでない店の差が大きいと言われている。導入したがほとんど利用がない、という店もあれば、定着しているという店もある。業態はもちろん、店舗のある商圏の性質などによっても大きな差があるようだ。
利用が少ない店舗であれば「有料化されるならやめてしまおう」ということになるだろうが、利用が多い店舗にとっては、せっかく定着している顧客を逃す結果にもなる。
なので実際には、有料化したから加盟店がごっそりと減って決済利用量も下がる……という形ではなく、「利用の少ない店舗が減ってPayPayの営業費が圧縮される」という流れに近い形になると予想できる。
問題は、そうした「利用の少ない店舗」の多くが小規模店舗であろう、と予測されていることだ。
日常的な買い物の多くはチェーン店など大規模店舗に依存する比率が高まっているものの、飲食店を中心に、いわゆる「街のお店」がないと我々の生活は成り立たないし、そもそも楽しくない。もともと非現金系決済の課題は「いかに小規模店舗に広げるか」にあって、決済手数料はその中で課題の一つだった、と言っていい。
決済手数料を「店舗のDXのコスト」に置き換え
では、小規模店舗で決済利用を継続してもらうにはどうしたらいいのか?
店舗において現金以外の決済導入が嫌われる理由がいくつもある。前述の手数料問題はその1つに過ぎない。
そもそも課題の根幹にあるのは「導入するメリットがどこにあるのか」という点だ。
店のレジにいくつもの決済端末とバーコードが並ぶようになった様は、みなさんにももうおなじみだろう。だが、あれだけのものが導入されているということは、それだけ顧客対応が複雑化しているということでもある。だから、複数の決済規格に対応し、作業をシンプル化できる決済プラットフォームの導入も進んでいる。
「顧客を増やすには決済手段を増やすことも重要だが、その手間とコストが小規模店舗に見合うのか」
これこそが、現金から非現金系決済へ移行する問題の本質である。大規模な店舗は専用の部署を用意して検討・対応にあたることもできるが、テクノロジーに詳しい担当者を配置できず、予算も限られている小規模店舗では、決済導入がそもそも重荷になってしまう。
この課題解決の鍵であり、PayPayが収益の核にしようとしているのが「PayPayマイストア」である。
これは簡単にいえば、スマホアプリを使って店舗への集客・継続利用を促すためのツールであり、店舗のデジタル・トランスフォーメーション(DX)のためのツールである。
メッセージやクーポンによって来店を促し、その利用率・継続率を計測しながら日々の施策を調整していくのは、スマホアプリや大規模店舗なら当たり前に行なわれていることだ。コマースのデジタル化によるビジネス活性化の本丸と言ってもいい。それらの機能をパッケージ化し、小規模店舗に対して展開するビジネスは以前より多数存在する。
一方で、そのためのツールをわざわざ独立して導入するのは、相当に意識の高い店舗だろう。多くの店舗はまず自分達が生き残ることが最優先で、そこまで「攻め」には回れず、コスト負担も難しい。スタンプカード1つにしても、デジタルでできることがわかっていても「紙でいい」と思っている店が大半ではないだろうか。
PayPayはそこで、単に決済を提供する立場から「店舗のためのデジタル技術の提供」へと踏み込むことで、店舗側がそうしたサービスの利用を検討しやすい土壌を整えようとしている。決済手数料を低く抑えるには「PayPayマイストア」を同時に採用する必要がある。そうやって「決済手数料を取ること」と「店舗向けのデジタル技術提供コスト」をセットにし、小規模店舗にとっての導入価値と負担軽減を狙っているのだ。
ZHDの柱である「店舗のDX」とも連動
こうした発想はPayPayだけのものではない。スマホ決済をやっているところはどこも、ある程度「決済の先にある店舗支援」を見越していた。
興味深いのは、そこに特に積極的だったのが「LINE Pay」だった、ということだ。LINEは店舗向けの集客支援策もビジネス化しており、そちらとの連動性も高かった。
ご存じのとおり、その後LINEはZホールディングス(ZHD)へ統合され、PayPayともグループ会社という関係になる。
新生ZHDは、その事業の柱として「店舗のデジタル・トランスフォーメーション支援」を挙げている。PayPayが展開しようとしているビジネスと方向性は完全に一致している。というよりも、PayPayが大きなシェアを持っていることを背景に、店舗のデジタル・トランスフォーメーションというパイの大きなビジネスを確保しにいくことが前提となっていたわけだ。
ヤフー×LINE統合は「GAFA対抗」ではない。新生ZHDが変えること
競合する相手は、これまで店舗向けに各種ITサービス・決済サービスを提供してきた企業だ。場合によっては、確定申告や会計サービスを提供していた企業も競合となるだろう。
一方、競合企業の幅が広がるわけで、PayPay・ZHDとしても簡単な戦いではなくなる。ライバルからみてどこが課題なのか、より詳細な分析を知りたくもある。
ただ、PayPayに強みがあるとすれば、アプリ開発を内部で直接行ない、積極的に回している点が挙げられるだろう。必要な変化に素早く対応しやすくなる。日本のB2B向けのITサービスは内製でなくパートナー開発の例も多いのだが、海外のIT大手と同様に「内部開発による素早く高回転の改善」を積み重ねられることは、コスト的には不利でも、UI・UXの面では有利である。
こうした点がどのような影響を与えるのか、興味深く見守っていきたい。