西田宗千佳のイマトミライ

第105回

「ライカ」のスマホ登場。シャープと組む理由とソフトバンク独占の事情

ライカブランドのスマートフォン「Leitz Phone 1」

6月18日、ライカとソフトバンクは、ライカとしては初の「全面監修」によるライカブランド・スマートフォン「Leitz Phone 1」を発表した。

ソフトバンク、ライカ全面監修のスマホ「Leitz Phone 1」独占販売

価格は18万7,920円。ソフトバンクからの販売ではあるが、SIMロックフリーであり、他社回線を利用している人でも端末だけで購入できる。

価格は187,920円。世界で日本のソフトバンクだけが取り扱う。なお、SIMロックはかかっておらず、購入には回線契約も不要

ライカといえば100年以上の歴史を持つカメラメーカーの老舗であり、高級カメラの代名詞でもある。

一方、デジタルカメラ普及以降は、いくつものメーカーと提携して製品を作ってきた。スマホへの取り組みもLeitz Phone 1が最初ではない。

Leitz Phone 1の製造・開発はシャープが担当しており、ライカ・ソフトバンク・シャープという3社体制で行なわれている。

なぜこのような製品が出来たのか? 主に「スマートフォン的な事情」から考えてみたい。

写真で見るLeitz Phone 1

まずは製品を見ていただこう。

6月18日、オンラインでの発表が行なわれたのち、一部メディア向けに製品の内覧会があった。ただし、この時点ではカメラアプリの起動・実撮影はNGとなっており、基本的には外観のみの体験だ。

Leitz Phone 1。ディスプレイは約6.6インチで、2,730×1,260ドットのIGZOを使った有機ELを採用してる。
本体背面。1インチカメラのレンズが目立つ

第一印象として、実に「しっかり作られている」。アルミ削り出しで、非常に高級感のある作りだ。デジタルデバイスでアルミ削り出しは珍しくないが、コストと加工の手間が大きいため、表面にあまり「彫り込み」はしないものだ。だがLeitz Phone 1の場合には、サイドにいわゆるローレット加工が施されており、手に持った時、滑り落ちにくそうな印象を受けた。角の仕上げも上質である。

カメラ部拡大。赤い「Leica」ロゴの存在感が強い
上から。SIMカードはここから入れる。角の仕上げが非常に良い
底面。中央にUSB Type-Cが、その隣に3.5mmヘッドホン端子がある
サイド部はローレット加工で、手に馴染む

後述するが、ベースになっているのはシャープの「AQUOS R6」。内蔵フラッシュメモリーが128GBから256GBに変更になっていること以外、基本的なスペックは同じである。重量はR6が207g、Leitz Phone 1が212gと若干増えているが、この差ならまず区別はつかないだろう。

Leitz Phone 1のスペック一覧。ストレージサイズ以外はAQUOS R6と同等だ

本体には純正カバーとレンズキャップが付属する。これはLeitz Phone 1オリジナルで、R6にはない。レンズキャップは純正カバーをつけた状態でも使える。また本体にはマグネットで留まるようになっていて、装着感が気持ちいい。一方で、キャップを止めておくストラップなどはない。

付属の純正キャップを付けてみた。マグネットでカッチリと留まり、安定感がある。
同じく付属の純正カバーも付けてみた。カバーを付けても同じキャップがそのまま使えるようになっている

UIはさほどチェックできていないが、基本的な部分は大きく変わっているように思えない。おそらく違いは「カメラ」アプリに集中しているだろう。目立った違いとしては、ウィジェットとして「LFI」が用意されていたおことだ。LFI(Leica Fotografie International)とは、1949年創刊の、ライカによるライカのための写真専門誌で、現在はオンラインでも提供されている。LFIと連携し、写真を楽しむウィジェットが用意されているわけだ。

LFIのコンテンツを表示するウィジェットが用意されていた

AQUOS R6とLeitz Phone 1はどこが違うのか

Leitz Phone 1のベースとなっているのは、6月25日に発売を控えたシャープの「AQUOS R6」である。

R6の特徴は、なんといっても「1インチのイメージセンサー」を搭載していることだ。この点こそが、R6とLeitz Phone 1を特別なスマホにしている、と言っても過言ではない。

1インチセンサーを搭載するメリットはシンプルで、それだけ多くの光を取り込んだ表現が可能になるからだ。高級コンパクトデジカメが軒並み1インチセンサーに移行したことからも、その価値は明白だ。いわゆる「ボケ」の再現も、スマホ用の小さなセンサーよりはやりやすい。

1インチのイメージセンサーは、他のスマホむけに比べ面積が広く、それだけ多くの光を取り込める

だが、スマートフォンの薄さに1インチセンサーを活かせるレンズを組み込んで日常的な使い勝手を維持するのは大変なことだ。今回シャープがR6でやったのはそういう困難の克服である。R6という製品があったからLeitz Phone 1はあるのだろうし、Leitz Phone 1を作る、という計画があったから、R6はあるのだろう。

実際、R6もカメラ部分は「ライカとのコラボレーションで開発した」ことが明言されている。レンズもライカの「ズミクロン」ブランドを冠したものである。

では、R6とLeitz Phone 1はどう違うのだろうか?

公式には「カメラだけの監修がR6、全体の監修がLeitz Phone 1」とされている。

R6とLeitz Phone 1の違い。ライカの監修する範囲が異なる
カメラなどのUIも、Leitz Phone 1ではライカが監修したものにかわる

この辺は実際その通りであるようだ。体験会でシャープの担当者に話をきくと、Leitz Phone 1のためにかなり細かなカスタマイズをしていることがわかってきた。

例えば、本体側面に来るアンテナ分割のための樹脂部分。ここの太さは、Leitz Phone 1の場合、ローレット加工の太さに合わせてあり、目立たない。もう少し太い方が作りやすいのだそうだが、見栄え的にそれはNG、ということでライカ側がこだわった部分だという。

よく見ると、ローレット加工の上の方に1本だけ「樹脂」の部分がある。太さを同じにして目立たなくしている

またカメラにしても、R6とLeitz Phone 1では同じソフトが使われるのだが、「作り込み・チューニングの追い込みの基準はLeitz Phone 1の方が厳しい」のだとか。今回の体験会でカメラ機能が「起動すらNG」になっているのは、そのこだわりがあって「まだ見せられない」からだそうだ。

Leitz Phone 1の発売は7月でR6より遅く、ギリギリまでチューニングが行なわれる。カメラへのアップデートとしては、Leitz Phone 1とR6で最終的に同じソフトが提供されるものの、それが提供されるタイミングには違いがあり、Leitz Phone 1が先行する部分もある、という。

また、Leitz Phone 1には「Leitz Looks(ライツ ルックス)」という、ライカMのモノクロ撮影を再現する機能もある。シャッター音もライカMをベースにしたもので、音量は控え目であるようだ。

これらのように、Leitz Phone 1は相当ライカが「ライカらしさ」にこだわった部分があるようだ。だが一方で、カメラそのものの性能はR6とLeitz Phone 1で「味付け」「チューニング」の違いは出ても、極端な違いにはならず、最終的にはほぼ同じになる……と考えていい。

Leitz Phone 1が187,920円であるのに対し、R6はドコモ版が115,632円(SIMロックあり)、ソフトバンク版が133,920円(SIMロックなし)とそれなりに違う。「ライカクオリティを買える」と考えるとそこまで高い値段ではないのだが、ライカデザインに興味がないのであれば、R6を買うのも一つの手ではある。

シャープとライカは「ベストマッチ」だった

このように、R6とLeitz Phone 1は兄弟機であり、それぞれの開発計画が密接に連携していたことは疑いがない。

そもそも、Leitz Phone 1の開発をライカに持ちかけたのはソフトバンクだ。会見でソフトバンク 常務執行役員の菅野圭吾氏が語ったコメントによれば、2019年の7月、ライカカメラ社主であるアンドレアス・カウフマン氏とのミーティングがもたれ、開発に合意したようだ。

シャープは似た時期にR6の開発をスタートしており、ソフトバンク・シャープの間で話し合いがもたれ、結果としてライカとの3社体制になったのだろうが、その辺の細かな前後関係については、想像の域を出ないところがある。

ただ明白なのは、3社が3社とも「パートナーを必要としていた」ということだ。

ライカはこれまで、スマホではファーウェイと組み、デジタルカメラではパナソニックと組んでいた。米中問題でファーウェイのスマホ事業が中国以外の国で難しくなってくるなか、ハイエンドスマホでのパートナーは必須だ。2019年はまさに問題が深刻化した時期である。ライカ1社では、彼らが求めるようなハイエンドスマホは作れないので、パートナーの存在は必須であった。

とはいえ、組める相手は多くない。

中国系企業はファーウェイと同じリスクがゼロではないし、ライカの求める「ゴリゴリのハイエンド」よりもちょっと下、もしくは中価格帯以下のものが得意だ。

ソニーやサムスンは自社にカメラブランドを持っており、ライカと組むのは難しい。LGエレクトロニクスはこの頃からスマホ事業が厳しく、結果的に今年撤退している。そしてデジカメでパートナーとなっているパナソニックも、スマホ事業にはもう興味がない。

一方のシャープは、ライカの条件をクリアーしていた。なにより彼らは、スマホのセンサーこそ作っていないが、スマホカメラ用のレンズやカメラモジュールの組み立てができる。そしてもちろん、ハイエンドも得意だ。

シャープとしては、スマホ事業の差別化策としてカメラ強化をしていきたいものの、これまでの策があまりうまくいっていなかった。過去にはリコーと組んで「GR certified」を展開していたものの、これもブランド差別化というほどの影響はなく、立ち消えとなった印象がある。

GR certified とは

昨年以降日本でも、iPhone以外のハイエンドスマホは売れづらくなってきた。ハイエンドスマホを買うなら「とても強いなにか」がないと選んでもらえない。シャープはミドルクラスで数を売っているものの、ハイエンドでのブランド力では不利だった。

ここでライカと組むことは、彼らのスマホ事業にとって大きな意味がある。事実、R6とLeitz Phone 1がこれだけ大きな話題になったということは、彼らの狙いが正しかったことを示している。

ライカやバルミューダに声をかけるソフトバンクの狙い

最後のピースであるソフトバンクはどうだろう?

前述のように、Leitz Phone 1はソフトバンクがライカに持ちかけることで生まれた製品であり、世界中で「日本のソフトバンク独占」である。

過去と違い、日本でも携帯電話は「契約せずに買える」ようになった。少なくともそういうルールだ。だからLeitz Phone 1もR6もSIMフリーであり、端末だけで購入ができる。

ならば、もはやソフトバンクが端末調達に絡む必要はないのではないか……と思われそうだ。

だが、それは違う。

人はサービスよりもモノに惹きつけられやすい。これは厳然たる事実。だとすると、サービスを知ってもらうためにも、そのサービスに相応しいハードウエアを用意することが近道だ。

低価格なスマホは差が小さく、ハイエンドのスマホは作れるメーカーが限られている。そうなると、回線事業者としてはハードでの差別化要因が少なくなり、他社との差別化が難しくなっていく。

だからこそ、仮にその端末での直接的な収益が少なくとも、ある種のアピールとして「特別な端末」の商品企画をせざるを得ない。

端末だけを買えるようになったが、「この端末ではこのサービスが良い」というアピールをすることで、自社回線の利用量増加を狙っている

そしてメーカー側から見れば、こうした存在は非常にありがたいものだ。

ハイエンド端末は売れる数が限られている。昔のように「作れば売れる」わけではなく、特にクセが強い製品や新規参入にはリスクも大きい。

だが、携帯電話事業者がパートナーになり、一定の台数が計算できるとすれば、開発・生産のリスクも減る。ライカが乗ったのはそういう話だ。ソフトバンクの話がなければ、Leitz Phone 1はなかったかもしれない。ライカがファーウェイと組んでいたとき、あくまでファーウェイのリスクとして「ファーウェイの製品」だけが世に出ていたのと同じように、シャープのリスクによる「シャープの製品」としてだけ、ライカの技術を使ったスマホが出ていた可能性はある。

今後ソフトバンクは、バルミューダと組んでスマホを作る。これもライカとのコラボレーションと同じような枠組みだ。

バルミューダ寺尾社長、決算会見でスマホ事業参入の狙いを語る

すなわちソフトバンクは、そうした「ハードでの差別化」を強く重視している、ということだ。そして、そのくらいのリスクをとれる企業は、実際のところ、携帯電話事業者くらいである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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