西田宗千佳のイマトミライ
第102回
アマゾンのMGM買収・ソニーのIP戦略と「映像業界の新秩序」
2021年5月31日 08:20
大手プラットフォーマーによる映像関連企業の買収が増えているが、先週は歴史ある大手映画会社の買収が発表された。5月27日に、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)を、アマゾンが買収すると発表されたからだ。
アマゾン、映画会社のMGMを買収。Prime Video拡充と新IP創出
アマゾンやNetflixなど配信大手は、自社でのコンテンツ調達に積極的な投資を行なっており、MGM買収もその一環だ。
映像配信における「コンテンツ調達」はどのような状況にあるのか? ちょうど同じタイミングで先週ソニーグループは、報道関係者向けの経営方針説明会と、投資家・アナリスト向けのIR Dayを開催した。そこでも、映像コンテンツの供給と調達については様々な事象が語られている。
“10億人と直接つながる”ソニーを目指す。エンタメを磨き成長へ
今回は、配信とコンテンツ調達の今を考えてみたい。
アマゾンが古豪・MGMを買収
冒頭で述べたように、アマゾンがMGMを買収したのは、Amazon Prime Video向けのコンテンツ調達が目的である。買収額は約84.5億ドル(約9,200億円)と、規模は大きい。
アマゾンは2008年に本格的にオリジナル作品の調達と制作をスタート、2010年には「Amazon Studio」を設立し、オリジナル作品に関する事業をここに集約した。以来多数の作品を制作、劇場公開を行なう体制を整えた。ゴールデングローブ賞やアカデミー賞といった賞レースでも注目される作品が出るようになり、今年もアカデミー賞では、「サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~」が6部門にノミネートされ。編集賞と音響賞を受賞している。
とはいうものの、新規調達するコンテンツの量・質ともに、ライバルであるNetflixに押されていたのは事実である。そこで採ったのが、多くの過去ライブラリーとIPを持つ映画会社の買収である。
MGMは母体となった3社の創業が1910年代半ば、という1世紀近い歴史を持つ映画会社であり、第二次世界大戦後の1940年代末までは「大作映画会社」として圧倒的な地位にあった。だがその後は、経営難に苦しみ続け、たびたび経営母体を変えた。1960年代・70年代はユナイテッド・アーティスツ(UA)、80年代から90年代はテッド・ターナー、2000年代から2015年まではソニー・ピクチャーズエンタテインメントと資本関係が10年単位で変わっていった。他のメジャーな映画会社に比べると、買収しやすい会社であったのは事実なのだ。そして、2021年、流転のMGMはアマゾン傘下となった。
経営難であったとはいえ、100年近い歴史の中では大量のヒット作とドラマシリーズを生み出している。発表によれば、映画4,000本以上・ドラマ1万7,000時間以上とされており、これらがAmazon Prime向けに提供されることになる。映画でいえば「007」「ロッキー」「ロボコップ」などがそれにあたる。
日本ではコンテンツの名前的に「映画」が注目されるが、実のところ、アマゾンがMGMの魅力と考えているのは、映画だけではないはずだ。ドラマやバラエティショーなどの人気IPと、その制作力も重要な要素と言える。
ソニーがIR Dayで示した「配信による地盤変化」
ここにきて映像配信事業者がオリジナルコンテンツ制作投資を加速するのは、映画・テレビショー(放送という意味ではなく、ドラマやバラエティ番組などのこと)の両面で、コンテンツ調達と消費者への提供形態が大きく変わってきているからでもある。
ソニーグループのIR Dayで、ソニーグループ映画部門の責任者である、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 会長 兼 CEOのトニー・ヴィンシクエラ氏は次のように語っている。
「テレビ番組制作では、パンデミック以前からオンデマンド配信への移行が進んでいたが、それがさらに加速し、従来の状況を覆した。テレビ放送・有料放送の需要、特にドラマシリーズの需要が下がり、番組制作スタジオにとっての長期価値が下がっている。我々はそれに適合すべく向き合っている」
「映画では従来の劇場公開モデルが覆され、これもパンデミックによって加速した。他の映画スタジオでは、劇場公開時間の短縮に伴い、ストリーミングサービスへの早期提供や、劇場公開とストリーミング配信の同時開始などを行なっている」
ただ、こうしたことが「危機」とは捉えていないようだ。「コンテンツの需要が高まり、我々の制作チームは忙しくしている」「映画の質は結果として高まり、劇場公開そのものはタレントにとっても価値は未だ高いままだ」(ヴィンシクエラ氏)とする。
ちょっと論理的につながっていないのでは……と思う部分もあるが、現象として、「配信のために大量のコンテンツが必要になっており、放送から配信向けへと制作体制のシフトが続いている」ということだけは間違いない。
ちょっとわかりにくい構造だが、要は、映画配給会社やテレビ局、配信事業者のように「消費者に作品を届けるところ」と、映画やテレビショーを実際に制作する「スタジオ」はイコールではない、ということだ。テレビ局が配信事業者に変わったところで、制作は結局テレビショーの制作部門に委託されるため、ソニーピクチャーズのような「制作部門」を持つ組織としてみれば、ビジネスチャンスはむしろ多くなっているわけだ。
さらにいえば、「劇場公開」と「映像配信」は必ずしも食い合う存在ではない。
もちろん、家で見られるなら劇場には行かない、という人が増える可能性はあるし、映画館はそれを危惧しているわけだが、一方、映画館の設備が進化したことで、「自宅のホームシアターとは大きく違う」こともアピールできるようになってきた。現在のデジタル上映を基本にしたシネマコンプレックスでは、公開する作品を柔軟に切り替えられるため、「まずは短期間でも劇場で作品を公開し、その後早急に配信へ移行する」というビジネスモデルも採れるようになっている。
映画産業としてみた場合、この変化は大きな構造変化につながり、すべての関係者にとってウェルカムなものではない可能性が高いが、とはいえ、配信マネーによって「映画館向けに制作される作品が増える」ことは間違いない。
先日ソニーは、Netflixとの間で、作品の長期提供に関する複数年の契約を結んだ。この中には、ストリーミング向けに作ったドラマや映画、ストリーミング配信することを決めた劇場公開作品などの配信に関する「優先交渉権」が含まれるという。
またディズニーとも複数年の包括提携を交わしている。
Netflixは、2022年に公開されるソニー・ピクチャーズ作品を皮切りに、劇場公開と家庭向けの販売の間に存在する「Pay 1」と呼ばれる期間の独占的な配信権を得る。そしてディズニーはPay 1「後」について、ソニー・ピクチャーズのコンテンツを、アメリカで配信する権利を取得する。
ソニー自体は他の映画会社とは異なり、独自のコンテンツ独占型配信プラットフォームを持たない。一方で、多数の配信事業者と提携し、特にNetflixとディズニーからは長期安定型の契約を引き出した。
コンテンツを求める配信事業者側と、コンテンツをできる限り高く、安定的に長期間配信したいソニーとの間での綱引きが、こうした契約バランスを生み出したと言っていいだろう。
日本での変化はこれから? Netflixやサイバーエージェントに動きも
現状日本では、まだ地上波を持つテレビ局が実ビジネスでは強いこともあり、ここまで極端な合従連衡は起きていない。
しかし、Netflixはアニメ制作会社と包括提携を進め、東宝スタジオの一部を複数年にわたって借り受けるなど、制作体制強化を進めている。
Netflix、日本で実写作品加速。鍵は「東宝スタジオとの提携」
5月27日には、サイバーエージェント(CA)がエイベックスの筆頭株主になった。これは、CAとエイベックスが連動して進めてきた音楽配信事業「AWA」や、映像配信事業「ABEMA」でのコンテンツ制作を含めた協業を見据えてのものだ。
アメリカほどドラスティックな動きにはならないだろうが、これまではテレビ局を中心に動いていた日本のコンテンツ制作の力学が、「放送ファースト」でなくなる可能性はある。
そこでテレビ局が「コンテンツ供給企業」に脱皮して手がけることになるのか、それとも、テレビ局から制作会社や芸能事務所が新しいプレイヤーへと軸足を移すことになるのか。日本でもコロナ禍で配信の利用が進んだ今、海外の動きをみながら、じわじわと次を模索する動きが広がるのでは……と筆者は予想している。