西田宗千佳のイマトミライ

第98回

映画産業と配信の微妙な関係。第93回アカデミー賞に見る変化

作品賞を受賞した「ノマドランド」

4月26日に発表された第93回アカデミー賞は、コロナ禍の影響を大きく受けたものになった。

例年2月に発表されるが、今回は発表が2カ月延期された。発表会場も閉鎖空間を避けるため、メイン会場もドルビー・シアター(以前はコダック・シアターと呼ばれていた)からロサンゼルス・ダウンタウンにあるユニオン駅に変わっている。そのユニオン駅も会場の1つにすぎず、基本的には分散開催。招待者も従来の10分の1に絞った形での開催だったという。

なにより、受賞作も例年とはちょっと違う。アメリカの映画館が開いていなかった関係もあり、「配信」の影響力がより大きく反映された賞となったのだ。

そんな、コロナ禍のハリウッドに対する影響について、アカデミー賞を切り口に解説してみたい。

アカデミー賞と配信の微妙な関係

アカデミー賞はご存知の通り、アメリカ映画界にとって最も大きなイベントである。

ここポイントなのは「映画界にとって」のものである、ということだ。そのためこの数年、「配信事業者の作品をアカデミー賞で扱うか否か」ということが、常に議論を巻き起こしてきた。

ルール上、審査対象は「カリフォルニア州ロサンゼルス・カウンティ内の映画館で、連続7日以上・1日に3回以上、上映された作品」となっている。そのため、短期上映であっても対象となるわけだが、このことは、アメリカの映画館関係者や一部の映画監督などから反発を招いていたのだ。

とはいえ、第91回(2019年)にはNetflix出資の「ROMA/ローマ」が同年最多となる10部門にノミネートされ、外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3つを受賞しており、時代の変化は明確だった。その後も議論はありつつ、上記のルールは維持されてきた。

だがそんな中、2020年は年初からコロナ禍に見舞われた。

アメリカの映画館は一時的な休館を余儀なくされ、そもそも「劇場公開作品」という区切りが曖昧になったのだ。そのため、第93回については、「劇場公開」というルールは棚上げされ、動画配信サービスが初出であっても審査対象とする……という形に変更された。

「劇場が閉まる」ことで、どのくらいハリウッドが影響を受けたのか? 1つのデータを見せよう。

次の表は、4月28日にソニー・グループが公開した、2020年度決算に関する補足説明資料から抜粋したものだ。映画関連事業の売り上げについてカテゴリー別に示したもので、赤くマーキングした「Theatrical(劇場作品)」にご注目いただきたい。2020年3月末までの数字は、2019年と比較してもプラスで進んでいる。しかし2020年に入り、2021年3月末までの数字を見ると、いきなり桁が落ちる。テレビやホームエンタテインメントが横ばいである中、劇場はこれだけ劇的な影響を受けたわけだ。

4月28日にソニー・グループが公開した、2020年度決算に関する補足説明資料から抜粋。赤枠で示した「Theatrical(劇場作品)」の売り上げの変化に注目

数字はソニー1社のものだから、必ずしも全体を表しているわけではない。だが、ハリウッド・メジャーの一角であるソニーがこれだけの影響を受けているのだから、他社も小さいと考えるのは難しい。

当然、配信の活用を考えなければ、映画産業自体が立ち行かなかったのが、2020年・コロナ禍以降の状況なのである。

「配信ファースト」の躍進が目立った第93回アカデミー賞

結果として、今年は配信ファースト作品の目立つアカデミー賞となった。例えば作品賞の場合、ノミネート8作品のうち4作品が「配信ファースト」だ。

Netflixからは「Mank/マンク」「シカゴ7裁判」など16作品・38部門ノミネートされ、相変わらず賞レースへの意欲の高さを感じる。結果的に、「Mank/マンク」が美術賞・撮影賞を、「オクトパスの神秘: 海の賢者は語る」が長編ドキュメンタリー映画賞を、「マ・レイニーのブラックボトム」が衣装デザイン賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞している。

Netflixが第93回アカデミー賞で16作品・38部門ノミネート

Amazon傘下の映画制作部門であるAmazon Studioからも、「サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-」「あの夜、マイアミで」「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」「タイム」などがノミネートされ、「サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-」が音響賞・編集賞を受賞している。

同時に、受賞作の中には「劇場公開からの移行組」の姿も目立つ。

わかりやすい例は、長編アニメ映画賞と作曲賞を受賞したPIXER/ディズニーの「ソウルフル・ワールド」だろう。この作品はギリギリまで劇場公開の形で進められていたものの、結局2020年12月25日にDisney+で配信、という形に切り替わった。

「ソウルフル・ワールド」は日本でもDisney+で配信されている

6部門を受賞したNetflix配信作品の「シカゴ7裁判」も、もともとはパラマウントにより劇場公開の形で進んでいたものが、コロナ禍での公開による収益確保を断念し、パラマウントからNetflixへと配給権が売却され、Netflix配信となった経緯を持つ。

2020年は、賞レースには絡まない作品でも同様の経緯を辿って劇場公開から配信へと切り替わった作品は多数あった。コロナ禍がいつ落ち着くかによって、この辺の状況もまた変わってくるだろう。

なお、ソニーは「2021年度は劇場に作品公開が戻る」(ソニグループ 十時裕樹 代表執行役副社長兼CFO)と予測しているようだ。アメリカでのワクチン接種の拡大による状況を受けてのことだが、だとすると、国による状況は相当違ったものになる可能性が高い。

ゲーム内映像が短編ドキュメンタリー部門受賞。ドキュメンタリーで「配信」が強い理由とは

もう1点、配信の影響について指摘しておきたい。これは今年に限ったことではないが、ドキュメンタリーや短編の分野では、配信から生まれる作品の影響がさらに大きくなっている。

今年のドキュメンタリー部門も配信ファーストが多く、長編賞も短編賞も、配信ファーストの作品が受賞している。前者はNetflix配信の「オクトパスの神秘: 海の賢者は語る」であり、後者は「Colette」だ。

「Colette」は最初の配信後、英Guardianが権利を買い、YouTube上に全編が公開されている。

「Colette」本編

もともと「Colette」は、米エレクトロニック・アーツ傘下の開発会社Respawn EntertainmentとFacebook傘下のOculus Studiosが共同制作したVRゲーム「Medal of Honor: Above and Beyond」内に入っていたドキュメンタリービデオ。ゲームの真実味を増し、当時の歴史的背景を知ってもらうための施策として収録された作品だった。

ポイントは、VRかどうかではない。ドキュメンタリーの供給先として、ゲームという窓口も存在しうる、という点が重要だ。

一般的な映画と異なり、ドキュメンタリーはどうしても興行収益では苦戦する。ネット配信の場合には長期的にラインナップしておき、長い時間軸で収益性を確保しやすくなるため、劇場公開とは異なるビジネスモデルが描ける。

ドキュメンタリー部門で配信が目立つのはそのためだが、そこにゲームなども入ってきた、と考えるとなかなか面白い。そのくらい、映像の提供方法は多彩になってきた、ということなのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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