西田宗千佳のイマトミライ

第88回

本物の「プロ仕様」 Xperia PROとソニーの強さ

Xperia PRO実機。サイズ的にはXperia 1 IIを一回り大きくしたような感じだ

ソニーは2月10日、新スマートフォン「Xperia PRO」を発売した。価格は約25万円。最近のスマホは高くなったが、それでもこれはなかなかない価格だ。理由はシンプル。ハイエンドスマホとしての「プロ」ではなく、文字通りの「プロ向け」の製品だからだ。

サイズ的にはXperia 1 IIを一回り大きくしたような感じだ。

実機写真とともに、ソニーがプロ仕様のスマホを出す理由を考えてみよう。

実質的に「撮影機材」、HDMI連携などでプロ市場を想定

Xperia PROは、おおよそ1年前、オンライン開催となったMWC 2020のソニーモバイル・プレスカンファレンスで発表されたものだった。2020年中に発売、とされていたが、コロナ禍で諸事情あり、発売が多少遅れてしまったようだ。

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ベースモデルとなっているのはXperia 1 II。だから、プロセッサーもカメラも基本的には同じ。今日の時点で、街中で普通に使うならば「ちょっと大柄で、高価になったXperia 1 II」でしかない。

だが、Xperia PROのハード仕様の違いは、一般的な使用感にあるわけではない。あくまでプロ、それも「カメラで映像や写真を撮影し、すぐに仕事に使う」人々に特化したためにプロなのだ。そういう意味では、Xperia PROはスマホではなく「撮影機材」といってもいい。

デザインについても、光沢ガラス仕上げではなく、樹脂の艶消しに変わっているのは、「撮影機材なので、光の反射が気になっては困るから」だったりする。カメラ部の出っ張りが小さくなっているのも、機材として「取り出すときに引っかかる」ことがないように、との配慮だという。

本体背面。かなり渋い艶消し仕上げだ。
左がXperia 1 II、右がXperia PRO。仕上げが大きく異なる点に注目。
側面にそっと「PRO」のロゴが光る。

Xperia 1 IIとのハードウエア的な差異も、主に「特定の場所で撮影機材として使う」ことを想定してのものだ。

最もわかりやすいのは「HDMI入力がある」ことだ。

Xperia PROの底面には、一般に使われる充電用の「USB Type-C」端子の他に、micro HDMI端子がある。これはスマホの映像を外部に出力するためのものではなく、HDMI対応の機器をつないで、Xperia PROの画面を「モニター代わり」にするためのもの。接続するのは主にカメラ、それもミラーレス一眼など、本格的なカメラである。

Xperia PROとαの接続例。カメラの上にサードパーティーから販売されているスマホ固定機器をつけて、HDMIなどでつなぐ

Xperia PROに使われている有機ELは非常に高品質なものだ。と言うよりも、今のハイエンドスマホに使われているディスプレイの品質は、単に文字やウェブを表示しているだけではもったいないクオリティのものなのだ。

2019年に「Xperia 1」が登場した際、ソニーモバイルはコンセプトとして「マスターモニターとして使えるクオリティを目指す」ことになった。一般販売モデルではチューニングは完璧とはいかなかったようだが、のちに出荷された「Professional」モデルでは出荷時に1台1台チューニングする形になった。実はXperia 1 IIとXperia PROの関係も同じで、マスモデルとしてできる範囲でのチューニングをした1 IIと、出荷時個別チューニングで画質を追い込んだPRO、という違いがある。

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高品質なディスプレイをモニターとして使って撮影できるわけで、動画の場合、HDMI入力から得た映像を、YouTubeなどに代表される動画配信サイトや、バックエンドにある編集スタジオに送ることができる。カメラ+スマホのセットで、直接映像配信ができてしまう。また静止画の場合でも、同時にUSBケーブルも接続することで、カメラから撮影データを直接受け取り、ネット経由でアップロードすることができる。

HDMI入力に拘らないのであれば、Xperia 1 IIや5 IIがアップデートでUVC(USB Video Class)でのビデオ入力に対応したため、配信は可能だ。だが、HDMI入力の方が遅延は小さく、途中でアダプタなどを挟むことなく、ケーブル1本で完結する良さもある。

こうした使い方に特化していることこそが、Xperia PROの「PRO」たる所以だ。現場からの中継機能など、多くの人にとっては不要な機能だろうが、プロカメラマンや放送の現場などでは、こうした機能が重要だ。確実に手間が減り、その分をクオリティに回せる。筆者は動画配信などはあまりしないが、発表や取材の速報に、こうしたスマホがあれば楽になるだろう……とは思う。プロならば、25万の価値は十分にある。

カメラとスマホを「分けて」最適化、両方持っている強みがようやく

Xperia PROのHDMI接続やUSB接続は、αとつないで利用することを強く想定しており、筆者が見たデモも最新のカメラ「α1」と組み合わせたものだった。だが、別にソニーの機器に特化したものではない。他のカメラでももちろん使える。

ソニーとしてこうした部分をエクスクルーシブでない形でカバーするのは、今の状況を考えると当然だ。エクスクルーシブに作らない方がコスト的に有利な上、たくさんの機器が対象となるので売りやすくなる。

一方で、「αとXperia」というセットでアピールできることは、他のカメラメーカーにない大きな利点になる。スマホメーカーの中でミラーレスや一眼で大きなシェアを持つところはソニーだけだし、大きなシェアを持つカメラメーカーの中で、スマホを自社製品として抱えているのもソニーだけだ。

カメラに通信機能を搭載し、Xperia PROのようなスマホをつながずに実現する方法もあるだろう。以前には、AndroidをコンパクトデジカメのOSに採用してアプリで高付加価値化していく流れもあったし、ソニー自身もカメラの中に独自OSによるアプリ実装を行なったこともある。

だが、カメラという比較的長く使われ、色々なバリエーションの形で作られている機器と、スマートフォンのように1年サイクルで変わっていく製品とでは、まだまだ技術的なスピード感が合わない。カメラにとって重要な機能を入れる上で、通信系機能が場所的にも開発工程的にも邪魔になることがある。そうすると、両者は接続する前提で作っておき、製品としては別々に作った方が良い……ということにもなる。

5年後・10年後にどうかはわからないが、これまでの「統合的アプローチ」はうまくいっておらず、今は分離的アプローチの方が、どうやら良さそうだ。

そう考えると、カメラ側がなにを求めているのかを聞きやすく、スマホ側からできることをカメラ側にも提供しやすい状況であることが望ましい。過去にできていなかったことが不思議、という話ではあるが、ソニーはようやくそういうことがうまく回るようになってきた感がある。

ちょっと残念な点もある。今回は、ベースモデルであるXperia 1 IIの電源ボタンの位置の関係から、HDMI端子やUSB端子が「右側」から出てしまう。本当は左側から出た方がいいのだが、難しかったのだろう。接続機器によっては電源ボタンとの干渉が気にならない場合もあり、その時は、本体を上下逆につけることで解決できる。しかし、本当にスマホ側・カメラ側の連携が深まれば、こうしたわかりやすい問題も出づらくなるのではないか、と期待したい。

取り付け方などによっては、電源ボタンとの干渉の関係で、ケーブルの取り回しが面倒になることも。これは「プロ向け」としてはあまり美しくない
西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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