西田宗千佳のイマトミライ

第77回

PS5のボタンはなぜ「×で決定」に変わったのか

11月12日、ソニー・インタラクティブエンタテインメントは、新型ゲーム機「PlayStation 5(PS5)」を発売した。機能よりも品不足が注目される皮肉な部分もあるが、非常に優れたゲーム機だと感じる。

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一方、今回PS5ではもう一つ、注目されている点がある。それはコントローラーの「決定ボタンが×、キャンセルボタンが○」に変更されたということだ。

1994年末の発売以降、日本では「プレステの決定は○、キャンセルは×」だったわけだが、今回はそれが逆になった。このことは少なからず日本のユーザーには負担と議論を巻き起こしている。

PS4とPS5のコントローラー。ボタン配置は同じだが、機能の割り当てが変わってる

では、なぜボタンが入れ替わることになったのか?

そこには歴史と文化的な背景が多数存在する、想像以上に「深い話」がある。

ゲーム機の「ボタン配置」はスタンダードが複数ある

ゲーム機のコントローラー、特に本体の右側にある4つのボタンには、いくつかの流儀がある。

右側に4つのボタンがある形は、事実上任天堂の「スーパーファミコン」が生み出したもの。その後も同社は、コントローラーの形を変えながらも、「右側の4つのボタン」はあまり変更せずに残している。配列は右側から「A」「B」と「X」「Y」。基本的には、Aが決定でBがキャンセルだ。

Nintendo Switchのボタンは右側から「A」「B」「X」「Y」。同社の場合コントローラーは何回か変わっていが、この4ボタンの関係は、スーパーファミコン以来大きくは変わっていない。

それに対し、マイクロソフトのXboxコントローラーは、これが真逆になっている。配列は左から「A」「B」「X」「Y」。Aが決定でBがキャンセルだが、押す位置は逆だ。

マイクロソフトのXboxコントローラー。現在はPCでもデファクトスタンダードになっている。配列は左から「A」「B」「X」「Y」。

ではPlayStationはどうか? 「○」「×」「△」「□」の4つで、位置自体は任天堂と同じように、○が決定で×がキャンセルだ。

PS5のコントローラーである「DualSense」のボタンは「○」「×」「△」「□」

ただし、それは日本での話である。

欧米を中心とした他の国では意味合いが違う。配置はもちろん同じだが、×が決定で○がキャンセル。Xboxと同じになっている。

これまでは国によってメジャーなコントローラーによって「決定」ボタンの位置が違っており、さらにはPlayStationの場合、国によって違う。ゲーム機を複数使ったり、ゲームを開発した国が違うとこれらが入り混じってなかなか大変なことになる。

例えば、日本のゲームメーカーが主に日本向けにゲームを開発したとしよう。それを海外向けに出すときには、どのプラットフォームではどのボタンを「決定」に使っているのかを意識する必要がある。今はこの話がずいぶん浸透してきたのでトラブルは減ったものの、まだゼロではない。

ゲーム機の場合、全ての領域をシステムがコントロールしているわけではない。ボタンの使い方をゲーム側が規定する場面も多い。そうすると、時にはシステム側の設定とゲーム側の設定がズレることがあるのだ。

世界中で同じ設定を使っている任天堂とマイクロソフトの場合、まだしも問題は少ないのだが、PlayStationの場合、同じプラットフォームの中での混乱があった。

また近年はPCゲームの勢いが戻っているのも大きい。PCゲームの本場は欧米であり、さらに、Xbox用のコントローラーがデファクト・スタンダードにもなっている。日本でプレイするゲームであっても、欧米式の「4つボタンの下(Aもしくは×)」で決定、というソフトは増える傾向にある。

そこで、SIEは今回から設定をグローバルで「×で決定」に統一した……ということなのだ。

これで万事問題解決……かというとそうでもない。PS4用のゲームには100%統一が及ばないので、ある程度混乱は残ってしまう。しかしそれでも、いつはやらないといけない。SIEとしてはプラットフォームが切り替わるこのタイミングで決断した、ということなのだろう。

ボタンに潜む「○と×」の寓意性

そこでシンプルな疑問が浮かぶ。

そもそも、ボタン設定はなぜこんなに違ってしまったのだろうか?

視点を「日本」と「欧米」に分けると少しわかりやすくなる。

日本において、家庭用ゲーム機の王者は任天堂だった。ソニーはそこにチャレンジする立場だったわけだが、「日本のゲーム機」としてみた場合、初代PlayStationとスーパーファミコンはおなじく「4つボタンの右」が決定だった。

ところが、Xboxと欧米のPlayStationは「4つボタンのうち下」が決定になる。

ここでPlayStationのボタンの意味が分かれてしまった理由は、「○」と「×」の解釈の違いにある。

日本人にとって○は「はい」「了解」「良い」の意味だが、欧米では必ずしもそう理解されない。悪い意味は持っていないようだが、一つの印に過ぎないのだ。一方で×は「チェックマーク」(✓)の意味を持つ。そのために「はい」「了解」と認識できるのだ。

これは海外の資料などを見る際にもよくある誤解だ。日本だと機能のあるなし・優劣を「○×表」で表すことが多いが、欧米だと「チェックマークの有無」で表現することが多い。テストの解答でも、正解には○をつけるのではなく、正解の部分にチェックマークをつける。

PlayStationの「○」「×」「△」「□」は、文字が分からなくても認識できて、誰もがPlayStationブランドを思い出す優れたデザインだが、一方で寓意性が高いため、その意味するところが文化によって違ってしまった。最初に作ったときには、まさかそんな認識違いがユーザーインターフェースに影響を与えるとは思っていなかっただろう。

ボタン配置はなぜ日本と欧米で変わってしまったのか

ここで2つ疑問がある。

Xboxが出るとき、彼らはなぜ「右端をA」にしなかったのだろう? 文字を使うわけだから、決定は一番わかりやすい「A」になるのは必然。だから彼らはあえて「左から順にA、B」としたのだ。

任天堂がなぜ「右から順にA、B」としたのか。1983年発売のファミリーコンピュータ以来採用しているが、理由は諸説あって定かではない。言語的に考えると英語は左から右に流れるので、「左から順にA、B」が自然ではある。逆にしているのは明確な意思があってのことだろう。

11月13日に発売された「ゲーム&ウォッチ スーパーマリオブラザーズ」。デザインはファミコンに合わせているので、ボタンも「右からA、B」だ

実は、「左から順にA、B」なゲームハードはXbox以前から存在する。セガだ。セガは伝統的に左からA、Bとつけている。

セガのホームページより。メガドライブのボタンは、よく見ると「左からA、B、C」になっている

これは推測だが、特にアメリカ市場の場合、セガの「GENESIS(日本ではメガドライブ)」が強かったこともあり、日本ほど任天堂の「右からA、B」の絶対性はなかったのではないか。実際発売は、スーパーファミコンよりメガドライブの方が早い。Xboxはビジネス立ち上げ時の人員的にも引き継いだ市場的にも、セガの影響をより強く受けている。そんなところも影響しているのかもしれない。

もう一つの問題は、なぜSIE(旧ソニー・コンピュータエンタテインメント)は、「×を決定として使う」ことを許容してしまったのだろうか? 事実、任天堂は変えていない。だからトラブルも「任天堂のプラットフォームの中では」という条件はつくものの、起きない。

地域によって扱いが変わることは、後々一貫性の面で課題を産むのが明確であるのになぜ共存を許したのか? これもはっきりしない。

しかし、日本人から見れば当たり前に見えることを欧米の人々が全て受け入れるべきか、というとそれも難しい。「日本優先なら今まで通りだっただろう」という可能性は高いが、逆に言えばそれは、今の我々が感じている「なぜボタンが逆なのか」ということを、欧米の人々に押し付けることでもある。市場性やゲーム開発のトレンドを考えると、欧米に合わせるのは分からない話ではない。

せめて「○」「×」という寓意性がなければ、もう少し話が簡単だったかもしれない。

今から見れば、ゲームプラットフォーマー各社は、どこかで早めに話し合って合わせれば良かったのだろう。だが、それができる状況にあったか、というと、難しかったろう。コントローラーの「決定」ボタンを巡る混乱は1つの原因で起きたわけでなく、複数の条件の重ね合わせで生まれたのだから。

PS5でも「ボタン入れ替えでの対応」は可能だが……。

ちなみに、PS5で「4つボタンの右」=今までの○ボタンの位置を「決定」にする方法が、ないわけではない。

「アクセシビリティ」の設定からコントローラーボタンのカスタマイズをし、「○」と「×」の機能を丸々入れ替えてしまえばいいのだ。

PS5でも「アクセシビリティ」の機能でボタンの入れ替えができる。これを使うと「○ボタンの位置(右)で決定」は可能だが……

だがこうすると、ゲームの操作で混乱が起きやすい。画面上のヘルプではコントローラーの右の「×」の位置を押しているのに、実際には「○」の位置を押さないといけない……ということになるからだ。

もしどうしても、という場合にはこの機能で入れ替えることができるのだが、筆者としては「早めに慣れる」ことの方をお薦めしたい。

【訂正】
任天堂の「右から順にA、B」の説明について、初出時に「1980年発売の『ゲーム&ウォッチ』から」としていましたが、「1983年発売のファミリーコンピュータ以来」に修正しました(11月16日11時)

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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