西田宗千佳のイマトミライ

第71回

「5G秋の陣」に見るKDDI・NTTドコモ・楽天モバイルそれぞれの事情

この2週間で、5Gに関する動きが活発になってきた。そもそも秋のスマホ新製品シーズンで動く、という想定ではあったが、想像以上に各社の思惑が現れた発表になったように思う。順に3社の戦略とその事情を分析してみよう。

既定路線でauを「みんなの5G」にするKDDI

まず発表会をしたのはKDDI(au)だ。同社の戦略は非常にシンプルである。春にスタートした5Gを本格的に加速、同社がauブランドで提供するスマートフォンについては、新機種は今後すべて5Gになる。

auの5Gは「みんなの5G」――豊富なラインアップと新サービス

KDDIの髙橋誠社長は「特定の人だけでなくみんなに5Gを」と発表で宣言した。auのブランド戦略は「みんなの5G」だ。

といっても、5Gのエリアが、急に10月・11月で劇的に拡大するわけでもない。順次エリア拡大は進むが、ある程度時間がかかる。そこで、端末やサービスの方を「5Gを主軸」に合わせることで、ユーザー側の準備を前倒しで進めたい……というのがKDDIの戦略だ。

5Gと4Gで基本料に差があると広がらないので同額とし、4Gエリアでも使い放題になり、さらにそれを生かした映像コンテンツの利用を促進するために、テレビ局4社と提携して見放題サービスをセットにしたプランを用意する。インフラを卵、ユーザー側を鶏とするなら、鶏と卵のジレンマを鶏の積極展開で解決する……というやり方だ。

この背景にはもちろん、近いうちに発表されると予測される「次期iPhone」の存在がある。

もちろん、Androidの5Gモデルも良いものがそろっている。特に、ミドルクラスの価格でも5Gが手に入るようになっていることは極めて魅力的だ。10月1日に発表されたGoogleの「Pixel 5」がハイエンドではなくミドルハイ、といっていい位置付けになり、auも取り扱うことになったのは大きい。

Pixel 5

Googleの5Gスマホ「Pixel 5」、10月15日発売。Pixel 4a 5Gは6万円

一方で、日本で大きなシェアを持つiPhoneが5G対応すること、しかも今年は大幅なモデルチェンジになって注目が集まりそうということは、発表前とはいえ、KDDIの戦略に十分大きな影響を及ぼしているだろう。

KDDIがauで「5Gシフト」を敷けるのは、サブブランドとしてUQがあり、4G+価格戦略はそちらに任せられるから……という部分はある。

携帯電話の価格については政府の方針もあり、値下げ圧力が強くなっている。そこで、低価格なMVNOが広がるのなら面白いのだが、実際には企業体力と販売戦略の問題から、大手のいわゆる「サブブランド」が伸び、結果的に大手優勢になっている。

KDDIは「5Gのau」「4GのUQ」という棲み分けで進めることで、サブブランドを持つ強みを最大限に活かそうとしているように、筆者には感じられる。

NTT本社がドコモを飲み込む深層

KDDIの発表は、興味深くはあっても驚きはなかった。「そのうちそうなるだろう」という予測の範疇にあるからだ。

一方で、5Gに関する直接的な発表ではないのに、5Gを軸にした驚きの発表となったのが、9月29日に発表された、「NTTによるNTTドコモの完全子会社化」である。

NTT、ドコモを約4.3兆円で完全子会社化。料金値下げも検討

NTTドコモは統合後、「NTTの全てのお客様のフロントになる」と、NTTドコモ・吉澤和弘社長は言う。個人にとっての通信回線としてモバイルが主軸になり、そこにバンドル契約される形で光回線が契約される形を想定するならば、顧客との接点は、より影響力の大きなNTTドコモ側になるのは必然だ。

一方、それならば「NTTドコモがNTTを吸収する」形でも良さそうに思えるが、決してそういう形ではない。NTTがNTTドコモの親会社であるから……というだけでなく、NTTが「NTTドコモの現状を良しとしていない」ことが、今回の施策の根幹にあることが大きい。

会見にてNTTの澤田純社長は、「シェアはナンバーワンだが、収益力では3番手」と話した。NTTドコモはKDDI・ソフトバンクのようなサブブランドを持たない。そのため、低価格市場を取り逃がしている部分があるのは否めない。

収益拡大は「通信以外のサービスへのシフト」で進めてきたが、それにも限界はある。速度重視であったが故に「ドコモ口座問題」も起きてしまった(銀行側の責任もあるので、すべてをドコモの問題とするのは無理があるが)。

巨大な「ドコモショップ」網という強みを持ちつつも、その収益性や今後の成長性を考えた場合、NTT本社から見ればもどかしく感じたのかもしれない。

NTTは光回線をベースにしたインフラ構築、5Gに向けた設備開発などに力を入れている。改めて「日本を支えるインフラ屋」に軸足を置き始めている印象だ。そうして得られたノウハウは、日本国内だけでなく、海外にも通じるものにすることを狙っている。すでに6Gの声も聞こえ始めているが、そこには、規模や速度感で負けてきた日本として、「次こそは」という意識が影響していそうだ。

そういう発想であるNTTとしては、5Gのタイミングでインフラ構築から戦略を見直し、NTTドコモのコスト構造に手を入れたい……ということになるのだろう。

デッドラインを死守した楽天、海外へのインフラ事業も視野に

そして、9月30日、「4つ目のMNO」である楽天モバイルが5Gサービスを発表した。こちらも想定通り、4Gから価格・サービス体系を横滑りさせ、5Gサービスを軸にしていく戦略である。

楽天モバイル、5Gサービス開始。2,980円の「Rakuten UN-LIMIT V」

「タダ5G」「家族4人で4年間なら、他社より100万円以上お得」と、楽天・三木谷浩史会長は価格面での強みを強調した。

だが実際のところ、その強みが現状生きているか、というとそうでもないように思える。キャンペーン期間中で実質無料にも関わらず、他社からの顧客移動が少ないからだ。

5Gにしても、スタートのエリアは他社以上に狭い。自社エリアを4Gのために整備していて、仮想化ネットワークによってソフトですぐに5Gに対応できるなら、最初からエリア整備時に5G設備も同時に敷設して行けばいいのに、そうはしなかった。他社に対してインフラで追いつく千載一遇のチャンスだったと思うのだが、なぜ生かさなかったのだろうか。正直疑問だ。彼らがいうほど簡単な話ではなかったのだろう。

価格も確かに安いが、実際には使用電波帯の問題もあり、ユーザー数が増えると他社より速度が落ちやすい傾向にある。なので、「どの人数でどういうサービス体系で収益性を維持するか」のバランスは意外と難しいはずだ。

ともかく楽天モバイルに、低コストなネットワークを構築できるインフラ技術があるのは間違いない。それを生かし、他国展開やネットサービスのリッチ化を進めるのが、楽天モバイルのもう一つのビジネスモデルだ。だから、消費者にはあまり関係ないインフラ技術である「Rakuten Communications Platform」の先進性を強くアピールする。

9月23日、楽天はインドのテックマヒンドラ社と、Rakuten Communications Platformの海外での構築に関するパートナー契約を発表している。日本のインフラをショーケースにし、インフラ技術やその上でのソフトウェアマーケット自体でも収益も高めるのが同社の狙いである。

もちろん、ショーケースが価値を持つには、日本の楽天モバイルのインフラが成功しなくてはならない。エリアが狭くても展開を開始し、さらには運営状況やネットサービスの差別化で「楽天のインフラの価値」を見せなければいけない。5Gが延期続きではそれもおぼつかず、公約も9月中だった。

楽天としては、色々あっても「デッドラインを死守し、先に進む」ことが重要だったのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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