西田宗千佳のイマトミライ

第62回

CES 2021、完全オンライン化の影響。“イベント”は再びリアルに戻れるか?

7月28日、世界最大のテクノロジー関連イベントである「CES」を主催するCTA(全米民生技術協会)は、2021年1月に開催予定の「CES 2021」を、完全なオンラインイベントに切り替える、と発表した。

新型コロナウィルス感染症の拡大以降、大型イベントは軒並みオンライン移行か中止か、という選択を迫られていたが、ついにCESもオンラインへ、ということになった。この背景と影響について考えてみよう。

CES 2021、“オールデジタル”で開催

実は「新要素満載の予定」だった2021年のCES

CESは毎年年初に行われる、テクノロジー業界の一大イベントだ。筆者ももう17、18年連続で参加している。他のイベントも含め、ラスベガスには年3、4回は行っており、もはや東京並みに知っている街になってしまったが、それでも、「来年の正月明けに、ラスベガスにいない」と思うと、少し寂しい気分になってくる。

CTAにとって、CESをリアルイベントとして開催しない、という決断は非常に大きなものであったことは疑いない。なぜならCESは、CTAという団体やIT・家電業界だけでなく、ラスベガスという都市にとって強い意味のあるイベントだからだ。

CESは4日間開催されるが、その間の参加者は累計で15万人以上になる。2020年のCESでは約17万5,000人だった。ラスベガスはロサンゼルスから車で4時間、飛行機で1時間程度と都市部から離れていないものの、それでも砂漠のど真ん中には違いない。会期前後には、ラスベガスのホテルの多くがいっぱいになるほどの人々が宿泊する。

各種イベントは大型化の傾向にあったが、CESはその最たるものであり、新型コロナウィルス感染症の騒ぎがなければ、2021年のCESは、今年と同等以上の規模になると予想されていた。なぜなら、CESのメイン会場となる「ラスベガス・コンベンションセンター」の増築が終わり、初めて使う大規模イベントになる予定だったからだ。

ラスベガス・コンベンションセンターの広さは約30万m2。ざっくりいえば、東京ドーム6.4個分である。これまでは主に「North」「South」「Central」という3つ巨大ホールが使われていたが、そこにさらにもうひとつ大きなホール「West」ができる。今年1月に訪れた際にも、大規模な工事が進められていた。

今年1月段階では建築中だった「West」ホール。2021年のCESでは完成し、実際に利用する予定だった

またコンベンションセンターの地下には、イーロン・マスクが率いるThe Boring Companyが運営する地下トンネル高速交通システム「Loop」が通り、コンベンションセンター内を行き来する大量の人々のホール間移動をスムーズにする計画だ。

コンベンションセンターの地下を通る高速交通システム「Loop」が建築中。すでにトンネルは開通し、2021年のCESには間に合う、という予定だった

ラスベガスが、街を挙げての大々的な「リノベーション」を敢行し、今後の巨大イベントに備えていたのである。2021年のCESは、そのために重要なイベントとなるはずだったのだ。

ラスベガスの経済を直撃している「イベント中止」の波

ラスベガスが巨大イベントの誘致に積極的だったのは、「カジノの街」のイメージがあるラスベガスが、この20年で大きく様変わりしていたからでもある。

純粋にギャンブルを目当てにくる人々には限りがある。ショーや大規模コンベンションなどを誘致し、より幅広い人々が来る街として最適化してきたのが、21世紀に入ってからのラスベガスだ。

実際、数万人・十数万人という規模のイベントを定期的に開催できるインフラがある都市は、世界中数えても限られている。アメリカのテック企業がイベントを行うとき、ラスベガスは、ホテルもホールも環境が整った、交通の便も良い、使いやすい場所だったのである。

今回のコンベンションセンター地区の大規模改修は、「コンベンション都市としての地盤を固める」上で、非常に重要なものであったことは疑いない。

だが現実問題として、新型コロナウィルス感染症の猛威により、ラスベガスの価値は大きく損なわれている。イベントも行われず、カジノにもショーにも人が入らない。「シルク・ドゥ・ソレイユ」の破綻が伝えられたが、これもラスベガスの苦境と無関係ではない。2019年秋の段階で、シルク・ドゥ・ソレイユの常設公演は8つあったという。そのうちラスベガスには7つがあり、まさにラスベガス不況が同社を直撃している。

今年後半から来年にかけて予定されていた、来場者数万人規模のイベントも、すでに中止かオンライン移行が決まっている。CESについては、6月末くらいまではリアル開催を検討中、とのコメントが出ていたが、結局オンラインになった。

ラスベガス市の財政や周囲への影響を考えると、「できるだけリアル開催で」というのが本音だろうが、今の状況ではそれは厳しい。

「現地の観光事業に対するイベント休止の影響」は、バルセロナやベルリンなど、他の都市でも耳にしているが、ラスベガスは大きな投資の後だけに、影響も大きなものになりそうだ。

いまだ定まらぬ「イベントオンライン化」の価値

大規模イベントが開催できない、というのはどの国も同様であり、この傾向は、少なくとも2021年前半のうちは続きそうな雲行きだ。イベント業界・旅行業界には辛い時期が続いてしまう、ということでもある。

イベントをオンラインで代替できるのか、という点については、いろいろな見方があるだろう。筆者は「種別で全く違う」と考えている。

開発者会議のようなイベントは、オンライン化しても問題ないと思う。むしろ、技術セッションはオンラインビデオの方が見やすく、現地に行かなくていいぶん、多くの開発者に門戸を開くことになる。

新製品発表も大丈夫だろう。オンラインだと「ハンズオンができない」という課題はあるが、以前から映像で発表を配信するのはあたりまえになっており、その延長線上で展開すればいい。

一方、CESのようなイベントは面倒だ。並んでいるのは新製品だけとは限らない。出展することで来場者の目に留まり、そこから顧客になってくれることを期待している企業が参加する場所だからだ。

実のところ、大手企業はCESに出なくてもさほど困らないと予想している。新製品の発表などはできないが、それは別口で開催してもいい。それでも大手なら、集客力も告知能力も十分にある。

だが、中小やスタートアップはそうはいかない。CESという世界的に注目が集まり、人も集まる場を生かすことで、効率よく周知を進めることができるからだ。CESでは近年、スタートアップを集めた「Eureka Park」というCES内イベントが好評だったが、これも、「オンラインではなかなか周知しづらい製品やテクノロジーに注目してもらう場」という意味合いが強かった。

ネットになっても、「大量の人が一度に集まる」「なんのきなしに見ていたら面白いものが見つかる」といったサイクルが再現できない限り、オフラインのイベントと同じ役割を果たすのは難しいだろう。将来的に、VRなどで「現実と同じお祭り感を完全再現できる」ようになれば別だが、今はそんなことはできない。イベントの持っていた役割を、別のサービスでうまく代替してやる必要がある。

日本でもCEATECがオンラインイベントになるが、そこではどのような工夫をするのだろうか? オンライン化するCESも含め、各社の工夫の方向性は、新しい見所のひとつと言える。

CEATEC、通常開催中止。「CEATEC 2020 ONLINE」として開催

オンライン化する「CEATEC 2020」のイメージ。カンファレンスや各企業ブースをウェブ化し、担当者へのミーティングアポイントメントも行なえるようになっている

さらに世知辛い話として、「一旦オンラインになったイベントは、本当にもう一度オフラインになれるのか」という疑問もある。展示会やイベントは、リアル開催するとお金がかかる。CESの規模ともなれば、それだけで一大産業だ。オンライン開催でもコストはかかるが、「ラスベガスのホテルを借り切って一大イベントを行なう」よりは安くつく。

これから世界経済は冷え込む。そこで「イベントのオンライン化」はコスト削減の道具として使われる可能性も高い。そして、「意外とリアルイベントでなくてもOKじゃないか」と感じた企業は、新型コロナウィルスの影響が去っても、リアルの場には戻ってこないのではないか。特に、大企業ほどそう考える可能性が高い。

そう考えると、筆者のような立場の人間も「ビジネスモデルや取材のあり方を変えねば……」という考えに至る。PRやイベントなど、直接この種の流れに関わる業種の人々は、さらに切実な思いを思っているはずだ。

CESの現地開催断念は、そうした流れを象徴するものになる可能性がある。一方でもちろん、「結局オフラインが必須である」ということで、なんらかの対策や方法論が生まれる可能性もあるのだが。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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