西田宗千佳のイマトミライ
第54回
SlackとAWSの提携が狙うもの。マイクロソフトという共通の“敵”
2020年6月8日 08:20
6月4日、SlackとAmazonのクラウドインフラ提供部門であるAmazon Web Services(AWS)が数年間にわたる戦略的提携を発表した。これはどういう意味を持っているのだろうか?
SlackとAWSが戦略的提携。Slackの通話をAmazon Chimeに
現在はテレワークを含めた働き方変容の時期であり、Slackは中核的なサービスといえる。両社の提携はなにを狙ったものなのか? ビジネスチャットサービスを軸にした競争の本質はどこにあるのか? それを考えてみよう。
強い部分で提携しあうSlackとAWS
今回の提携の内容は、いくつかのパートに分けられる。
まず第一に、AWSが前者でビジネスチャットツールとしてSlackを導入する。AWSは世界的なインフラ企業であり、規模も大きく、その分影響力もある。Slackにとっては大きな企業導入案件である。
だがもちろん、これは今回の提携の、もっとも小さなパートでしかない。
今後Slackでは、「連携するクラウドインフラサービス」としてAWSを推奨する。Slackはビジネスチャットツールであると同時に、多数の外部サービスと連携するプラットフォームでもある。クラウドストレージなどとは自由に連携し、チャットとファイル管理・工程管理などを行なえる。そこではこれまでもAWSが使われることが少なくなかったが、今後は正式に推奨される。
昨年、AWS上で動作するサービスの状況をSlackのチャットボット上で管理する「AWS Chatbot」が発表されている。AWS上でサービスを構築する・運営している企業にとっては、仕事を楽にする有用なツールである。
さらに大きいのは、Slackのビデオ・音声通話機能である「Slack Calls」の自社開発を休止し、AWSが提供する音声・ビデオ会議システムである「Amazon Chime」へと移行することだ。
Amazon Chimeは「いわゆるZoom対抗」サービスのひとつ。AWSをインフラとして使っているため広い国々で利用できる。ビジネス電話システムからの移行が容易であるのも利点の一つだ。
Slackは今後、Amazon Chimeを標準的なツールとして利用し、音声・ビデオ通話機能の改良をAWS側に託す。結果としてSlackは、強力なツールを得ると同時に、そうした部分の開発から、自社の強みであるビジネスチャット・プラットフォームに関する部分にリソースを集中できるようになる。
クラウドやAIの統合で差別化するマイクロソフトの「Teams」
SlackとAWSの連携には、明確な仮想敵が存在する。それはマイクロソフトの「Teams」だ。
TeamsはビジネスチャットツールとしてSlackと競合しているし、ビデオ・音声会議サービスとしてはZoomなどと競合している。いろいろな側面のあるツールで、規模も大きいのでわかりにくい部分があるが、いろいろな機能を組み合わせた「統合性」こそが特徴的でもある。
Teamsでは、マイクロソフトのオフィスや各種サービスとの連携が重視されている。チャットでマイクロソフト・オフィスで作ったファイルをOneDriveやSharePointなどで共有し、ファイルの履歴を管理し、会議の記録も残す。それらはもちろん、全て検索可能だ。
連携対象はマイクロソフト自身が提供するサービスだけ、というわけではなく、各社のアプリ・サービスのプラットフォームにもなっている。この辺は、現在のビジネスプラットフォームにとって必須の要素でもある。
とはいえ、Teamsにとって最大の差別化点は、マイクロソフトのクラウドインフラである、Azure上で動作するサービスと連携することだ。音声・ビデオ通話は、マイクロソフトのAIサービスを使い、内容を認識して記録できる。そうすれば、会議の中で必要な部分だけを、キーワード検索によって見つけ出して後からチェックする……といったことも可能なのだ。
もちろんそのためには、相応のサービスへの契約と費用負担が必要になる。精度面で課題もある。
しかし、現在の技術トレンドとして、「映像や音声は検索・再利用可能なデータになっていく」ことがあるのは間違いない。少なくとも英語では、日本語以上に実用的な状況になっている。
そうした形になるなら、メールやチャット、ファイルシェアなどのサービスにデータが分散されることなく、仕事に関する全ての情報が「一つのサービスの窓」から使えるようになっていることが望ましい。マイクロソフトがTeamsで狙っているのはそういう世界であり、そこには大きなビジネス価値が存在するのも間違いない。
勝負は「音声・ビデオ」までの統合管理に
そう考えると、SlackとAWSの提携は、「マイクロソフトがTeamsとAzureでやろうとしていることに対して、2社が共同で対抗しようとしている」という流れに見えてくるだろう。
特に、音声・ビデオ会議からデータを取り出すためのAI開発については、精度が高いものを短時間で開発するのが難しい。マイクロソフトやAWS、Googleなどのメガプラットフォーマーと対抗する技術・企業もあるが、リスクは大きいし簡単なことでもない。一番効率がいいのは、すでに技術をもつところとパートナーシップを組むことだ。
SlackとAWSのライバルは、同じくマイクロソフト。両者の強みは別々でそれぞれの専門分野ではトップ企業だ。しかも、直接競合もしていない。Teamsに対抗するなら、これ以上のパートナーシップはないだろう。
もちろん課題はある。TeamsにしろSlackにしろ、機能の多様化は使いづらさにつながる可能性を持っている。実際、それらのツールで「できることの多さ」に、すでに困惑している人もいるのではないか。チャットや検索などの機能を使っていかにシンプルに「多彩な価値を快適に使えるようにするか」が重要になるだろう。
どちらにしろここからの勝負は、「ビジネスチャットが導入された」「ビデオ会議が導入された」段階の先にある。そのためには、日本語での認識技術を磨き、快適なものにしていく必要もある。