西田宗千佳のイマトミライ
第47回
この国の「通信格差」。学生の通信環境問題を考える
2020年4月6日 08:15
新型コロナウィルスによる影響で、各種学校の「新学期」は延期されつつある。結果として課題となるのが「いかに自宅で学んでもらうか」という点だ。
4月3日、総務省は、電気通信事業者関連4団体に対し、学生の学習に係る通信環境の確保について要請を行なった。その結果として、携帯電話大手3社である、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクは同日夕方、相次いで学生に向けたデータ通信料の支援策を発表している。内容はほぼ同じで、上限を50GBとし、そこまでは追加料金を発生させない、というものだ。
学生の授業環境確保で、通信各社が支援策。50GB上限で無償化
また4月2日には、共同通信などいくつかのメディアでは、政府が小中学生の子供を持つ低所得家庭を対象に、モバイルルーターの貸与を検討している、との報道が流れた。なぜこのような施策が提案されるのか? その意味を改めて考えてみよう。
「固定回線のない家庭」が増加中、地域格差も進行
通信料の支援にしろ、モバイルルーターの貸与にしろ、そうした施策が必要である理由は明白である。
それだけ「自宅に使い放題の固定回線がない」家庭が多い、ということだ。
総務省が毎年発行している「通信利用動向調査」の平成30年度版によれば、ブロードバンド回線の利用者は97.4%と、ほぼ全世帯に相当する。しかしよく見てほしいのだが、そのうち光回線利用家庭は63.4%、CATV回線も17.3%だ。それに対し、「携帯電話回線」と答えた世帯が51.3%もある。この調査は「複数回答あり」なので、複数の回線がある家庭は重複している可能性があり、「携帯電話(含むスマートフォン)でしか通信ができない家庭が5割ある」ではないことに留意していただきたい。しかし、光回線とCATV回線などの重複利用者は少ないだろうと想定されるので、結果的に、最低でも十数%の家庭は「高速でインターネットはできるが、固定回線はない」ということがわかるだろう。
これは、家庭における「スマホ以外の通信機器のニーズ」と大きく関連性がある。
同じく「通信利用動向調査」から、スマートフォンとパソコンの世帯普及率を見てみよう。スマートフォンはおおよそ80%まで増えてきた一方で、パソコンの普及率は74%までじわりと落ちている。機械自体が通信できるスマートフォン以外の機器をあまり使わない場合、当然のことながら家庭に固定回線を引くニーズは減る。
特に若い単身世帯では、メインはスマホであって、パソコンやゲーム機などを使う時はスマホからのテザリングでいい、という利用形態も増えている。携帯電話各社は大容量プランを押し出しているが、その背景には「スマホが通信できる機器の核である」家庭の増加、という現象があるのだ。
そしてもうひとつ指摘しておかねばならないのは、通信機器の利用状況格差が、地域によって大きくなってきているという点だ。
次の表も、やはり「通信利用動向調査」からの引用だ。
黄色く示された東京と埼玉では、インターネットの世帯利用率は88%(東京)・85%(埼玉)、パソコンの利用率も60.9%(東京)・52.7%(埼玉)となっている。関東近県や愛知、大阪・京都・兵庫・奈良・滋賀、広島に福岡、といった地域は近い傾向があるのだが、それ以外の地域はそうとは限らない。
岩手県はネット利用者は69.4%。パソコン利用者は37.5%と低い。同様に秋田県も、ネット利用者67.1%、パソコン利用者38.6%にとどまっている。
これは、事務・サービス業の比率が高く、平均年収も高めに推移している都市部と、そうでない地域の差が、通信の利用状況という形で現れてしまっているのではないか、と推察できる。
緊急策として「通信料の無償化」は妥当
通信利用状況の格差、パソコン普及率・利用率の問題は、教育水準や産業のデジタルトランスフォーメーションに大きな影響を与える。
ただ、それでも平時は「スマートフォンによる高速回線がそれなりに使える」ことである程度カバーできていた部分があるだろう。
しかし、新型コロナウィルスの影響により、人々の移動が阻害される現在、「利用量がそのまま通信費に跳ね返る」形になりやすい携帯電話回線への依存は、固定回線を持たない家庭に対してそのまま経済的負担となって跳ね返る。単身の学生にはもちろんだが、「固定回線を持たない、子供のいる家庭」にも同様に跳ね返る。そして、均等な教育機会を得られるはずである子供たちに、ゆっくりとハンデを与えていくことになってしまう。
正直、この状況が起こるのがあと3年、いや2年遅ければ、だいぶ違ったのだ。5Gのエリアが広がっている可能性が高かったため、「固定回線でない」ことはそこまで致命的な話にはならなかった可能性もある。
しかし、疫病の発生は時を選ばない。我々は与えられた手札で改善策を考えるしかない。与えらた手札の中での改善策という意味で、「一定年齢以下への通信料無償化」という策は、非常に真っ当なものだと思う。
50GBまで、というデータ量についても妥当だ。
東京大学大学院人文社会系研究科准教授の大向一輝氏が、オンライン講義に必要なデータ量をまとめている。
それによると、Zoomを使って音声+動画で講義をした場合、 週10コマ(1コマは105分)の場合で、月間14GBだという。この2倍・3倍の講義を受けたとしても、50GBならまだ余裕があるし、課題などの転送やコミュニケーションに使っても大丈夫だ。現在の4G向け大容量プランで提供される量を考えても、おおむね妥当な値と言えるだろう。
あとは、状況に応じて臨機応変に期間の延長を考えていただければ充分だろう。
「ルーター貸与」は課題山積、根本的解決はすべての国民にブロードバンド
一方、モバイルルーターの貸与については問題が多い。現状この方針についてはまだ詳細が発表されておらず、今後の検討に委ねられている部分も多いのだが、現状での課題を指摘しておこう。
まず、「通信費」の問題。
報道によれば、貸与されるのはモバイルルーターのみで、通信費については補助がない、という。これはいかにも現状に合わない。
特に「出費」が問題で固定回線を利用していない家庭の場合には、ルーターがもらえたからといって問題が解決するわけではない。ポイントは「毎月の通信費」なのであり、そこを重点的に補助しないと、結局効果的ではない。
次に「機材」。
この計画は、文科省が進めている「GIGAスクール構想」と連動している。子供1人1人にパソコンやタブレットを与える計画なのだが、それを持ち帰って使う際の回線として……ということのようだ。だが、「GIGAスクール構想」での機材配布が進まないと、モバイルルーターを配ってもしょうがない。そもそも、学習目的なら、ルーターを配るよりも配布する機器を「WAN搭載」にすることを考えるべきかもしれない。ただこれは、コストの問題で難しい面もある。
ルーターそのものの調達、という課題もある。
ちょうどいいデータが見つからなかったので筆者の記憶に頼った数字で恐縮だが、日本国内でのモバイルWi-Fiルーターの出荷台数は、そもそも多いものではない。スマホは日本だけで年間3,000万台近くが出荷されるが、モバイルWi-Fiルーターはその10分の1から15分の1も出荷されない。100万台から200万台というレベルなのだが、そこに一気に50万台・60万台というニーズがきても、すぐには供給が難しい。
一大特需なので、必要とあらばメーカーが作ることになるだろうが。現状は、リモートワークの増加で需要が急速に高まっており、市中在庫もそんなにない状況だ。
さらに大きいのが「サポート」だ。ルーターと機器の接続は、慣れた人(本誌読者の多くがそうだろう)なら1分で終わる簡単なことだが、通信機器についての知識に乏しい人にとっては難題だ。
「固定回線がなかった家庭」は、おそらくほとんどが、そうした「知識に乏しい家庭」になる。そのサポートをどこがするのだろうか? まさか、「消費者が自分で契約する携帯電話事業者」に押し付けるとか? それはなかなかな地獄絵図だ。
きっと、「固定回線を引かせるのは大変だからルーターを与えれば早い」と考えたのだろうが、そもそもそれが間違いだ。
家庭に回線を、というなら、無理に「回線と通信を分離」して提供する必要はない。申し出に応じて、1年分もしくは半年分単位で、通信費をカバーするバウチャーを発行するのがベストではないか。それを持って、固定回線の事業者なり携帯電話事業者なりに契約してもらう形を採るのがスムーズだと考える。
結局、家庭に「高速なインターネット回線」はもはや必須なのだ。それが固定か無線なのかは本質ではない。「安定して使い続けられるコストの回線」こそが重要だ。
そう考えると、そろそろ高速インターネット回線は、電話と同じく「文化的で最低限の生活」を営むために必須のもの、と考えるべきではないか。そうすれば、もっと広く、大きく、根本的な策としてセーフティーネットを用意できるはずだ。