西田宗千佳のイマトミライ
第46回
ついに始まった「5G」とその課題。時間と「4Gでのカバー」が当面必須
2020年3月30日 08:15
日本でもようやく5Gのサービスが始まった。先々週にNTTドコモが、先週にKDDIが発表を行なったことで全社の陣容がようやく出揃い、3月25日にはNTTドコモ、26日にはKDDI、27日にはソフトバンクと、相次いでサービスがスタートした。「3月中」という公約をなんとか果たしたような形である。
一方、エリア展開については相当、いやかなり問題もある。今後の普及がどうなるのか、そして、エリア展開がなぜ課題を抱えているのか、そうした部分について考察していこう。
5G端末を買ったがまだ「5G通信」に至らず
5Gのスタートということで、筆者も5G端末を用意した。一応携帯電話については、テストをする関係から3事業者すべてに契約している。しかし、いきなり3事業者分の端末をすべて5Gに、というわけにもいかないので(主に懐的な問題で)、まずはNTTドコモから5Gに切り替えてみることにした。選んだのはシャープの「AQUOS R5G」だ。
とはいうものの、実はまだ、5Gでの通信はまったく行なえていない。なぜなら、東京は外出自粛の最中で、しかも、端末が届いたのは金曜日(27日)になってから。自宅(東京都大田区内)はまだ5Gエリアではないので、端末を設定したはいいものの、4Gでしか使えていない、という状況にある。
同業の友人達がすでに都内などで5Gエリアに移動してテストしているが、彼らも「エリアを探すのに手間取った」と話す。現状の5Gエリアは、特定の建物の中だけだったりその建物の周囲だけだったりと、本当にごく狭い地域に限られているからだ。4Gがスタートした時よりもずっと厳しい状況と言っていい。今の状況で「自宅に5Gの電波が入っている」という人など、ほぼ皆無ではなかろうか。
もちろん、こうしたことは予想済みの自体ではある。ただ、新型コロナウイルスの影響もあって「5Gエリアのテストすらままならない」事態になる、とは予想していなかったが。
以下の画像は、各社が公開している5Gのエリアだ。とても狭い。3社の中でとても狭い。NTTドコモは「スポット」として確実に使える場所の名前をリストアップしている。地図になっていないので、一見「一番エリア拡大が進んでいない」ように見えるかもしれないが、むしろこれは「確実なところだけを誠実に表記した」形といっていい。
実のところ、先行して進んでいる海外でも、5Gが4Gと同じように、すぐにバンバン街中のあらゆるところで使えるようになっているのか……というとそうではない。初期には日本と同じような状態だったし、今も「5Gで4Gを置き換えつつある」とはいえない状況だ。
5Gの「電波の届きにくさ」がエリア拡大を難しくする
なぜこのような形になるのか?
シンプルにいえば、「5Gに使う電波の性質」による。
現状、5Gで使われる電波帯は4Gとは異なる。僚誌・ケータイWatchがまとめてくれているので、そちらを見ていただくのがわかりやすいだろう。
5Gで使われる帯域は、俗に「Sub6」「ミリ波」と呼ばれる。前者が3GHzから6GHzまでで、日本の場合には「3.7GHzから4.6GHz」になる。それに対して後者は24.GHzから52.6GHzまで。そのうち日本で使うのが「27GHzから29.5GHz」ということになっている。
現在、4Gで使っている帯域は700MHzから3.5GHzまでを、いろいろな形で使っている。
電波は、周波数帯が低いほど遠くまで届き、建物なども回り込みやすい性質を持つ。一方、高い周波数帯の電波は直進性が高く、様々なものに遮られやすい。建物や壁での反射を使う方法もあるのだが、あくまで一般論として「低い周波数帯を使っている方が、広いエリアのカバーには向いている」と思っていただいて構わない。
ソフトバンクが携帯電話に参入した当初、「プラチナバンド」という言い方をしていたのをおぼえているだろうか? あれは900MHz帯のことなのだが、「つながりやすい貴重な帯域=プラチナバンドを最初から使っているドコモやKDDIに対して不利だ」という孫正義氏一流のアピールの結果だ。2012年には900MHz帯の電波を得て、エリア問題は大きく前進した。
このことからもわかるように、単にエリアを塗りつぶすのであれば、低い周波数帯を使うのが有利ではある。
5Gは現状、高い周波数帯を使っている。3Gや4Gとは大きく条件が異なるのだ。しかも、3.7GHz帯は衛星通信との干渉問題もあり、なかなか活用が難しいとされている。
問題を解決するには、いままで以上に基地局を多数配置していく必要がある。そしてそれでも、面的にべったりと、確実な5Gのサポートが進むに、相当の時間が必要になる。そしてそれは、今回の新型コロナウイルス騒動によって、さらに長期化する可能性が出てきた。
「DSSがあれば大丈夫」は優良誤認?!
一方で対策もある。4Gに電波を使いつつ、同じ周波数で5Gを同時展開する「DSS(ダイナミック・スペクトラム・シェアリング)」という技術の導入だ。これを使うと、800MHz帯・900MHz帯といった低い周波数帯で5Gが展開可能になるため、エリア拡大においては劇的な効果が見込める。ソフトバンクやKDDIは活用に積極的、と言われている。年内には総務省との間で利用の調整がつき、利用が可能になると見られている。
「なあんだ、これで一件落着……」
そう思ってはいけない。NTTドコモはそうした認識を「優良誤認」とまで言う。筆者も同感だ。エリアカバーは重要だが、「5Gの高速ネットワークがどこでも使えるようになる」と考えるのは間違いだからだ。
5Gはなぜ速いのか? 新技術が導入されているから、というのは事実なのだが、それだけが理由ではない。「いままで使われなかった電波帯を広く使っているから」というのが最も大きな理由だ。
例えば、NTTドコモが使う例えば、NTTドコモが使う800MHz帯(バンド19)は、上り・下りそれぞれ15MHz分しかない。それに、それに、複数の帯域、例えば1.5GHz(バンド)や1.7G Hz(バンド3)、3.5GHz(バンド42)など複数の帯域を組み合わせると、より広い帯域にすることで通信速度を稼いでいる。いわゆる「キャリアアグリゲーション(CA)」という技術だ。各周波数帯で入る場所は異なるが、複数を組み合わせることで速度とエリアを充実させているわけだ。
だが、5Gは今のところ違う。
Sub6の帯域、ミリ波の帯域ともに各社へたっぷりと与えられているから、速度が出ているのだ。
4Gでも同様だが、高い周波数帯ほど使いづらいため、利用状況に余裕があって帯域を広く使える。5Gではさらに高い、利用が進んでいない帯域を贅沢に使うがゆえに速度が出ているのだが、それを無理矢理4Gの帯域で使っても、割り当てられる周波数帯は狭いので、速度は出ない。
たしかにアンテナの表示は「5G」になるけれど、Sub6やミリ波を掴まなければ結局速度は出ず、価値が最大化されないのである。
こうした課題のシンプルな解決方法はない。時間をかけてエリアカバーを広げていくしかなく、結果的にコストと時間が必要になる。
だからこそ、5Gエリアのカバーが完璧でない数年間は、「いかに4Gと同居して快適なサービスを作るのか」ということが重要になる。
KDDIの高橋誠社長は、「5Gのためには4Gをピカピカに磨きあげる必要がある」とコメントしている。これは、4Gのネットワークがまだ弱い楽天への牽制であると同時に、5Gが弱い数年間、通信会社が必要とされる本質的な価値を一言で示したものでもある。
「分離プラン」は状況を悪化させる要因に
冒頭で、筆者がまだ5Gサービスを使えておらず、「単なる使い放題サービスになっている」と書いた。だが、これはある意味、携帯電話事業者にとって「想定どおり」の状況だ。ほとんどの場所で4Gながら「使い放題」の状況を体験してもらい、じっくりと5G化していくことで「高速で使い放題」へと移行し、顧客体験を高める必要がある。
となると本来は、「エリア外に住んでいる人にも先行して気軽に5G端末を買ってもらい、エリア展開を待ってもらいつつ、顧客単価を高めていく」というのが、携帯電話事業者にとって望ましい戦略である。
だが、端末については、昨年「分離プラン」がルールとして定められてしまったため、高価になった5G端末が買いにくい状況になっている。XiaomiやOPPOなど、中国系メーカーがこの時期に、積極的な価格戦略に出て来ている。だから当面、「低価格な5G端末を求めるなら中国メーカーに」ということになるだろう。
本当は、「5G端末については販売奨励補助を認める」という産業推進が必要だと思う。低価格な機種はより安く、高価な機種でも手が届く価格になる……という形にして、ネットワークを先取りする形で5Gを広げることが重要だ。そうしないと、携帯電話事業者もなかなか「積極的な5G展開」に出られない。ユーザーの声があってエリアが拡大する、というのもまた事実だからだ。
だが、総務省の考えは逆だったようだ。
今の経済状況を鑑みても、「分離プラン徹底」はマイナスのようにも思えるのだが。