西田宗千佳のイマトミライ
第35回
CES 2020とビジョンの時代。新製品発表が減ったCESと今年のトレンド
2020年1月14日 08:10
この原稿を書いているのは、「CES 2020」の取材が終わった直後だ。先週この連載で「CESの予測をするのは難しい」という話をしたが、やはり非常に難しかった。事前の予想とはずいぶん違う方向がトレンドだったように思う。今回は、筆者の感じたCESのトレンドを説明していこう。
「製品」のCESから「ビジョン」のCESへ
CESは「家電見本市」と説明されることが多い。しかし実際には、「新製品が見本のように並んでいる」姿ばかりではない。むしろ、大手企業については、新製品をアピールする場ではなくなっているように思う。
例えば、ソニーブースにはテレビや一部のスピーカーをのぞき、新製品の姿がなかった。ソニーは年間を通じかなりの数の製品を発表するものだが、CESをその場にはしなくなっている。
サムスンやLGエレクトロニクスも、テレビなどの新製品が並んでいるように見えるが、どちらかといえば「技術のアピール」であり、家電連携などの「メーカーとしてアピールしたい価値」を見せる場になっている。パナソニックのように事業の軸をB2Bに向けているところは、製品はCESのブースには置かず、別途ホテルのスイートを借りて展示するようになった。
特に今年は、インテルもCES会場にブースを設置しなくなっている。PCメーカーは、CESに合わせてプレスイベントは開催しているが、CESの会場では製品を展示しなくなっている。
この辺、正直読者にはあまり関係ないことかとも思うが、PC WatchやAV Watchの記事をよく読むと、CESブースとは別の場所に展示されたものの話が多いのに気付くかと思う。
そういうことができるのは、名前が通っていて、予算にも余裕がある企業ばかりだ。商品の受注やアピールを目的にしている企業の方が多く、特に企業規模の小さなところにとって、CES会場で新たに製品を知ってもらうことは重要だ。
一方で、いまや製品の情報はCESでなくともアピールできる。製品発売のタイミングもバラバラで、過去のように「CESで受注の話を決めなければ」という状況でもなくなっている。
そうなると、大手としては単純に「商品を見せる」よりも、たくさんの人々が集まるところで「その企業のビジョンを見せる」ことの方が価値を持ち始める。
自動車メーカーがCESで価値を持ち始めてからは、特にそうだ。新車をCESで発表してもしょうがない。打ち出すべきは技術であり、ビジョンだ。
今年はデルタ航空が大きなブースを構えていたが、これも「ビジョンを打ち出す」ことに目的がある。大企業にとって、それを効率的に行なえる場は意外と少なく、CESがそういう場になりつつあるのだ。今年は、それをより強く感じた。
結果として「新製品のネタ」をまとめる場としては弱くなってきているのだが、技術トレンドや企業の方向性を確認するには、いまだ有効なイベントである。
少々ネタが拡散気味で、「どこをどう見るかわかりづらい」という話もあるのだが。
ソニーとトヨタに共通する「ビジョン」
特に「ビジョン」という面で特徴的な動きを見せていたのが、ソニーとトヨタだ。どちらも自動車に関する発表を行なった。
ソニーが発表したのは、自ら開発した「電気自動車」だ。「VISON-S」と名付けられたこの車は、全体に33のセンサーを搭載、内部には大きな液晶ディスプレイが搭載されている。
トヨタが発表したのは「街」だ。自動運転車の活用を前提とした、2000人の人が暮らす実験都市「Woven City」を東富士の自社敷地内に作り、自動運転があたりまえになった世界の課題掘り起こしと新規事業開拓を狙う。
トヨタ、街を作る。東富士に2千人のCASE実証都市「Woven City」
一見方向性が違うように見えて、両社の発表は同じ意味合いをもっている。それは「作ってみせないと話が始まらない」ということだ。
ソニーは2014年のCESで自動車向けセンサー事業への参入を発表した。現在はトヨタなどへの納入が行なわれているとはいうものの、まだまだシェアを広げられていない。その点についてソニーは、「今のセンサーの力を使えば、自動車はもっと変えられる」と考えているのだろう。
「VISION-S」の開発を担当した、ソニー・AIロボティクスビジネス担当 執行役員の川西泉氏は、開発の目的を「クルマの進化に対するソニーの貢献」と説明している。いい方を変えれば、自動車メーカーの言う条件だけを聞くのではなく、自ら用途開拓をすることで価値を最大化したい、ということだろう。
そのためには、まず自らが理想となる自動車を作る必要がある。そしてそこから課題を見つけ出し、自動車メーカーとの対話を進めるたたき台にする。
トヨタのWoven Cityも発想が近い。
トヨタは2018年のCESで、自動運転車「e-Palette」を発表、その上で、自動車を売るだけでなく、e-Paletteを使った「モビリティサービスを提供する企業」への脱皮を宣言した。
しかし、安全装備としての自動運転ならともかく、e-Paletteのような「サービスとして提供を目的とした自動運転車」を自由に走らせ、サービスを開拓するのは非常に難しい。海外でも日本でも、既存の都市の中で「理想的な自動運転環境」を構築するのは困難だ。人と自動運転車の移動する場所をどう分けるのか、自動運転車が使うセンサーを街中にどう設置するのかなど、課題は山積だ。
そうした諸問題を、地方自治体や他のサービス事業者がすぐに頭で理解できるか、というとそうではない。実際に「動かせる場所」を作って、目の前で見せないとわかりづらい。
ソニーは、センサーを売るためにショーケースとして自動車を作り、トヨタは自動運転車とそのサービスを売るために、ショーケースとして街を作った。スケールは異なるが、考え方は非常に似ている。
結局、人の想像力には限界がある。想像力が豊かな人だけでビジネスが回るのなら楽だが、世の中そうはいかない。察しのいい人でも、「自分がこれまで関わってこなかった領域」については、なかなか柔軟な発想ができないものだ。だが、今は事業がクロスボーダー化しており、幅広い発想力が求められる。
とはいえ、他社に「理解しろ」「発想しろ」と強制することはできない。だから、自らの示す世界を提示して発想を促す必要があるのだ。
大手企業にとってのCESが「ビジョン提示の場」になってきているのは、そうした方向性あってのことだろう。当然そのためには、5年・10年先を見据えた戦略が必須だ。必ずうまくいくとは限らないが、ビジョンを提示しないことには、変化を促すこともできない。
大手企業が「マスにIoTを売る時代」へ
もうひとつの面白い動きが、これまでならベンチャーがやっていたようなことを、大手企業もやるようになってきた、ということだ。
P&Gは、赤ちゃん見守りソリューション「Lumi by Pampers」を初めとした、IoT製品を発表した。正直どれも、製品としての新奇性はない。しかし、そこで「P&G」のロゴをつけ、「パンパース」のような強いブランドを使い、ちゃんと価格をつけて流通させることは大きい。スタートアップ企業が製品を少量出荷する段階から、大手企業がマスへの流通を想定して取り組むようになってきた、ということだろう。逆にいえば、「こうした差別化はもうあたりまえのことである」という、P&Gとしてのビジョンの提示、といえるかもしれない。
P&GのIoTおむつ「Lumi by Pampers」。睡眠時間や動きを検出
アシックスがスマートシューズを発表したのも興味深い。こちらもちゃんと近い将来の製品化を目的としている。
アシックス、足裏の着地法や傾きを検知し、走りを改善するスマートシューズ
AmazonやGoogleのブースには、音声アシスタントを組み込んだ製品が多数並んでいるが、その中にも、大手企業のものが増えている。もはや、IoT的な価値観を実現するのは技術的に難しくはない。そこに大手の持つブランドと流通を活かし、よりマスの市場を狙う動きが加速していると感じる。
「IoT的なものは、もう面白くなく、今は踊り場」
そういう感想は、会場でも聞かれた。それは事実だと思う。スタートアップ的発想でいえば、飛び抜けた工夫がしづらい時期だ。一方で大手がそこに入ってくるとなると、ますます「飛び抜けたもの」は出づらくなるかもしれない。
だがそれは、マス化のために大切な段階にはいった、ということではないか。そこで、単に「機能がある」のではなく、使い勝手やデザインに優れたものだけが生き残る。大手であることは流通やサポートの面では付加価値になるが、使い勝手やデザインの追求は、大手でなくてもできる。
本当の意味での「IoT製品化」の時期が、ようやくやってきたのではないか。筆者はそんな風にも思う。