西田宗千佳のイマトミライ

第5回

ファーウェイへのArmライセンス停止で危惧される「未来の分断」

HUAWEI P30シリーズと、スマートウォッチ「HUAWEI WATCH GT エレガント」

先週は、ファーウェイに対するアメリカ製品禁輸問題でテクノロジー業界全体が揺れた。同社が日本市場で製品発表/販売を控えていたこともあり、インパクトもひときわ大きく見えてしまった印象がある。

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筆者が特に注目したのは、スマートフォンのCPU製造に必要なアーキテクチャを供給する「Arm」へのライセンス供与停止というニュースだ。今回はこのニュースの背景と、考え得る未来について考えてみる。

Arm、ファーウェイへのライセンス供与停止報道にコメント

今も今後しばらくも「影響なし」。だが未来に困難が待ち受ける

ArmはSoC(System on a chip)やCPUそのものを出荷する企業ではなく、製造に必要なアーキテクチャを供給する企業だ。QualcommやApple、そしてファーウェイらは、Armからライセンスを受けたアーキテクチャに基づきオリジナルのSoCを作っており、半導体そのものはそれぞれ別。だが、アーキテクチャは同じであるためソフトには互換性があり、同じように使えている。

ファーウェイは自社スマホ、特にハイエンド製品では、自分達が開発・生産するオリジナルSoC「Kirin」シリーズを使っている。生産と設計を担当しているのは、ファーウェイの子会社であるHiSilicon。だから、SoCという製品を海外から直接輸入しているわけではないので、今回の制裁にも関係はないだろう……。初期にはそんな風に考える関係者が多かった。筆者も、そう思っていた。

だが、Armがライセンス供与を停止するという報道が流れたことで、この前提が崩れるのでは……という考え方も生まれた。

現実問題どうなるのか?

Armやファーウェイのコメントからは正確なところが読みとりづらいが、一般論としては以下のような流れだろう、と想定できる。

Armは多数のアーキテクチャをライセンス供与しているが、ファーウェイは最新の「ARMv8」アーキテクチャのライセンスを受け、Kirinなどを製造している。

重要なのは、このラインセンス形態がどうなのか、ということだ。ライセンス形態には、「永続的にアーキテクチャが利用可能」というものと、「期限を切って契約を更新する限り利用可能」なものがある。Armのライセンス形態は非常に柔軟性が高く、実際にどのようなライセンス形態が両者間で交わされているかは、明確にはわからない。

だが、ファーウェイのような形でスマホ向けのSoCを作っている企業の場合、「永続的にアーキテクチャが利用可能」というライセンスを交わすことが一般的であるようだ。

そうした契約を交わしているのであれば、すでに開発が終わり、生産も始まっているSoCについて影響が出ることは考えづらい。また、同じARMv8アーキテクチャに基づく新しいSoCの設計についても、問題は出ないだろう。

だが一方で、今後Armとライセンス契約を締結できるかどうか、供給を受けているアーキテクチャの内容や技術の更新を受けられるかどうかは別の問題だ。

わかりやすくいえば、ARMv8の次のアーキテクチャ、例えば「ARMv9」(未発表)などが登場した際、そのライセンス契約は、今の状況が変わらなければ難しいだろう、ということだ。

こうした想定が正しければ、「今のようなスマホをそのまま作り続ける限りは問題ない」と言えるものの、「新しいアーキテクチャへのジャンプアップが必要」な時期を考えると大変……ということになる。

現状、スマホに関しては、数年間はCPUコアのアーキテクチャを変更する必要はないだろうが、サーバー向けなどで新しいプロセッサを作る際には、スマホ向けより先に問題に直面する可能性がある。

「ITテクノロジーが国家で分断される」未来でいいのか?!

ではどうするか?

方法は2つある。

ひとつめは、すでにライセンスを受けたARMv8のアーキテクチャを使い、独自の改良をして先に進む方法。もう一つは、ライセンス問題が存在しないオープンな命令セットのアーキテクチャを使う方法だ。

後者としては、具体的には「RISC-V」の利用が考えられる。RISC-VはBSDライセンスによるオープンなプロジェクトであり、今回のような規制の影響を受けない。RISC-Vファウンデーションにはファーウェイも「ゴールド会員」として参加している。ボードメンバーではないものの、技術コミッティーやマーケティング・コミッティーに参加できる立場だ。

RISC-VでPCやスマートフォン、サーバーなどで使うプロセッサーを作れば、Armコアやx86系CPUなどの、アメリカの禁輸措置に伴う問題が絡む製品を使う必要はなくなる。

現在RISC-Vは、主にSSDのコントローラーや組み込み機器のような、小規模な組み込み用プロッセッサーでの利用が広がっている。単価が低く、設計の柔軟性が重要な用途では、Armなどから有料でライセンスを受けたアーキテクチャで開発をする必然性が薄れているからだ。また、CPUコアの性能よりも他の要素、例えば機械学習の高速化など、が重要なプロセッサーの場合にも、RISC-Vを採用する利点はある。

だが、より大規模なプロセッサーを作るとなると、そのための知見と技術の蓄積が別途必要になる。「今のスマホやPCと同じレベルのプロセッサー」に至るには、最低数年間、相当な努力が必要になるだろう。

こうしたことを考えると、「代替製品を作る」のは並大抵のことではない。だが逆にいえば、「数年間、コストと人的リソースをつぎ込む理由」があれば、できないことではない、とも言える。

ファーウェイは、Googleとの間で、Androidの利用についても問題が発生しており、「独自OSを開発する」との報道がある。スマホ向けについては、中国国内ではすでにGoogleに頼らないエコシステムに基づくOSで製品展開が行なわれているので、プロセッサーに比べるとハードルが低い。

ファーウェイは中国本土という大きな市場をもっている。だから、他国でビジネスができなくても「いきなりつぶれる」ことはあるまい。一方で、彼らが生き残るため、数年をかけて「脱アメリカ系技術」を本気で進めると、結果的に、他国とは違う技術基盤に基づく製品群が広がることになる可能性もある。そして、ファーウェイがそれを成功させれば、ノウハウや技術基盤は他の中国系企業にも広がっていくことになるだろう。

そうすると、世界は本格的に「中国とそれ以外」で別れてしまう可能性がある。

また、スマートフォンなどの普及が初期段階にあり、サービス基盤として米国系のサービスに依存する必然性が薄い国々、例えばアフリカの途上国などでは、現在の主流のアメリカ系技術を軸にしたエコシステムではなく、「ファーウェイが新たに作った中国系エコシステム」が広がっていく可能性もある。

市場の選択でなく国家の強制力による分断が、本当に幸せなことだろうか

アメリカが、防衛上のリスクや経済上のリスクから中国を警戒するのも理解できる。しかし、プラットフォームと技術ライセンスによって広がったITの世界を分断する結果につながることは、アメリカのためにも、日本を含む他の国々のためにも、プラスとは言い難いのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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