小寺信良のくらしDX

第11回

自治体DX推進とスーパー高齢化社会の未来

日本国民が必ず関係するDXがある。それが「自治体DX推進計画」だ。地方行政DXと言い換えてもいいかもしれない。計画は総務省が2020年12月にとりまとめた。

2020年と言えば、日本では新型コロナウイルスにより、行政組織間の連携や制度の在り方などが古いとして大問題になった年である。例えば病院から保健所への連絡はFAXしか受け付かなかったり、自宅隔離中の食糧支援申請が電話だけだったりと、自治体行政が未だ昭和時代のアナログ手続きのままという現状があきらかになった。これではダメだ、というのは多くの人の共通認識となったはずだ。

元々行政では、「2040年問題」への対応が迫られていた。少子化の進行とともに、団塊ジュニア世代が65歳を超え始めると、公務員は今よりもっと少ない人数で、世界でも類を見ない大量の高齢者の面倒を見なければならなくなる。行政を効率化していかないと、現状のままでは年金・医療・介護などの社会保障制度が破綻する。

それがコロナ禍の「これではダメだ」という風潮に後押しされ、DX化するならこのタイミングしかないということで進められることになった。2020年の段階で、2040年まで20年。かなり時間があるように見えるが、今の行政を止めずに、今の公務員の人数でシステムを作る事になる。法令等に基づく行政手続きの数、全体で約64,000種類。年間25億件以上の処理である。

まず計画の第1段階として、2025年度までに基幹業務17について、国が策定する標準仕様に準拠したシステムへ移行することになっている。この中には、個人住民税、国民健康保険、国民年金、介護保険、児童手当、生活保護などが含まれる。

窓口では未だ紙の書類を書いて申請みたいなことになっているが、システム自体はすでにほとんどの自治体でデジタル化されている。ただ各自治体独自仕様であるため、互換性がない。これを連携して行くために標準化プラットフォームに乗ってくださいね、という話である。

この標準仕様とは、なにを標準化するのか。ユーザーが触れるフロントエンドやUIのことではない。システムが持つべき機能や、データの持ち方を標準化していく。このデータは必ず持って下さい、逆にこのデータは一緒に持たないでください、といったことだ。

例えば昨年6月、マイナンバーを使った公的給付金受け取りにおいて、マイナンバー側に読みがなが登録されていなかったことから、銀行口座のカナ氏名と照合できないという問題があった。今後の標準化システムでは、漢字氏名と読みがなは必ず紐付けしてくださいね、といった事が求められる。

ただ実際には、かなり難航しているという話が漏れ聞こえてくる。

2025年度末に間に合わないんじゃないか問題

標準仕様システムへの移行を含む開発は、各自治体単位で行なわれている。これまで使ってきたシステムも各自治体がそれぞれで開発したり、汎用システムを独自にカスタマイズした仕様のため、そこからの機能やデータの移行は各自治体でやるしかない。

一般に自治体向けのシステム開発は、入札で事業者を決定するのが普通だ。だが2025年度末に締切を設定したため、開発事業者が一気に不足し、入札が成立しない状況となった。したがって現在運用しているシステム開発事業者に随意契約で開発委託するしかなくなり、委託費が高騰するといった混乱状態となっている。

またこれまでローカルシステムを受託してきたIT事業者も、クラウドの経験が無いということで標準システム開発を断わる、さらには今後関われる見込みがないとして自治体事業そのものから撤退するという動きにもなっている。

自治体間でも、DX化に積極的なところと消極的なところの差が開きつつある。消極的な理由としては、現状の業務で手一杯でDX化へリソースを回す余裕がない、DX化が推進できる人材が居ないといった課題がある。

一番のハードルは、DX化を推進する立場にある自治体の長が、DX化という作業に魅力を感じていない事だろう。知事の任期は4年で、再選しても8年である。20年かかる移行業務を、なぜ自分が担当しなければならないのか。今上手く回っているのに、なんでこれじゃダメなのか。

DXとは言うが、デジタル化はだいたい終わっている。終わっていないのは窓口業務のオンライン化ぐらいである。それよりもDXの本質はXのほう、つまり業務改革および最適化にある。個人情報の持ち方が変われば、場合によっては地方条例も改正しなければならない。個人情報保護に関わる条例は、全国に2000個以上あると言われている。

したがってこのXは、果てしなく続く。終わりのない業務に、自分の名は残せない。こうした思いは公務員にも伝わっていく。DX担当公務員は、実りのない職務をやっているかのような扱いを受け、他の部署の協力や理解が得られないところもある。

恐らくこれは、将来的にどうなればいいのかのゴールが見えていないからではないかという気がする。自治体DXのゴールは、公務員の職務が楽になること、だけではない。利用者である国民のメリットを最大化することにある。具体的には、「デジタルファースト」、「ワンスオンリー」、「ワンストップ」の3つだ。

「デジタルファースト」は、デジタルがメインでアナログがサブという在り方。手続きの入り口として紙の書類や帳票はあってもいいけど、原本はデジタルの方ですよという事だ。「ワンスオンリー」は、1度の入力で全ての手続きができること。役所に複数の申請を同時にするときに、いちいち全部に名前と住所書かせてンじゃないよ、という話だ。ワンストップは、1回の手続きで関連するもの全部できること。出生届を出したら自動手当金と育休給付金は自動で付いて来いよ、という話である。

自治体DXは、我々国民にはものすごくメリットがある。役所に行かなくても全ての手続きがオンラインでできれば、歳とって足腰が辛い中バスに乗って市役所まで行かなくていい。むしろ我々国民の側が行政に対し、「また名前書くのか」「まだ窓口に行かないとどうにもならんのか」と圧力をかけるぐらいでちょうどいい。

基幹17項目でさえ2025年には間に合わない自治体も出てくると思われる。地方で開発が難しいなら、国側がひな形のようなシステムを作ってそれに乗せるしかないのではないかという意見も出始めている。

だがこの自治体DXによる地方開発は、地方のIT企業支援や、地方公務員のDXスキル向上という側面もある。地方にいる人はなにもわからず、ただ国のシステムを動かしているだけでは、地方で人材が育たないばかりか、地方分権改革に逆行する。

2025年度末に第1段階がおわるまでは、色々な問題が噴出するはずだ。だがここの17個で躓いていると、全体の64,000個がいつ終わるのかわからない。これが終わらなければ、スーパー高齢化社会の未来はない。産みの苦しみが来るのは、ここ2年であろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。