小寺信良のシティ・カントリー・シティ
第41回
民放2局の宮崎に「TVerリアルタイム」到来 テレビはテレビらしく?
2022年5月1日 09:00
「東京を連れて帰る」をコンセプトに、Uターン生活を始めてはや3年。インターネットからもたらされる情報は、東京でも地方でも同じタイミングで到達する。その情報を処理し、加工し、分析して付加価値を付け、新しいコンテンツに仕上げるのが、筆者らライターの仕事だ。それが予想外のコロナ禍で、ほとんどの取材がリモートになってしまったことが逆にプラスとなり、仕事量でも収入も、ようやく東京時代と同じぐらいまで回復してきた。
一方で東京と同着で届かない情報の筆頭が、「テレビ」である。東京には民放キー局が5局(テレビ東京を含む)あるが、宮崎県には民放局が2局しかない。当然、残り3局分の放送は見られないことになる。そこで地方局では、1社で複数のキー局の系列局になるという方法論で凌いでいる。これを「クロスネット」と言う。
例えば「UMKテレビ宮崎」は、フジテレビ系列主体ではあるが、日本テレビ系列とテレビ朝日系列も乗り入れている、3局クロスネットだ。もう1つの「MRT宮崎放送」はTBS系列ではあるが、テレビ宮崎が放送しない日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京の番組を差し込んで放送している。
テレビ東京には元々、全国を網羅したネットはない。したがって昔からVTRを使って番組を送る、「番組販売」を主力としてきた。なのでリアルタイムではないが、テレビ東京の番組を放送する地方局はそこそこある。
とはいえ、5つを2つにまとめるわけだから、どうしてもリアルタイムで見られる番組は半分以下になる。人気ドラマや特別番組でネットが盛り上がっても、こちらでは5日遅れでようやく見られるといった事も出てくる。中にはすでにネタバレしていて、「あれ、この話知ってるな。再放送かな?」と錯覚することもある。
民放テレビは2局だけ! 九州・宮崎のコンテンツとネット事情('19年2月)
テレビで不自由な思いをしてきたのが、2年前に転居してきた子供達だ。埼玉生まれ埼玉育ちの彼らにとって、何曜日の何時からどの番組を見る、というルーチンが壊れるのは、大きなストレスだった。
それを解決するのが、4月11日からスタートした、TVerのリアルタイム配信である。18時過ぎから22時ごろまでの民放の番組がほぼリアルタイムでTVerアプリやパソコンから見られるというもの(テレビは除く)。在京5局の番組が30秒遅れ程度でそのまま視聴できることで、ようやく地方の情報格差が埋まると思われた。
テレビはテレビらしく見るもの?
4月11日に、TVerでライブ配信が始まったことを子供達に告げると、「マジで!」「神か」とテンションが上がった。だがそれから10日以上経過するが、TVerを喜んで見ている気配はない。
なぜなのかをよくよく聞いてみると、まあそれはそうだなという話が出てきた。
まず理由の1つ。筆者宅のマンションは最初からケーブルテレビ回線が付いており、宮崎の民放以外にも鹿児島の「鹿児島読売テレビ」と「KKB鹿児島放送」の2局が無料で見られるようになっている。鹿児島読売テレビは日本テレビ系列、KKB鹿児島放送はテレビ朝日系列なので、なんとテレビ東京を除く在京4局はすでにリアルタイムで見られる状況になっていた。
4月27日のゴールデンタイムのテレビ番組表で調べてみたところ、NHKが全国同じなのは当然として、テレビ東京以外はちゃんとキー局を網羅できているのがわかった。図のうち、赤が宮崎の放送局でカバーしている番組、オレンジ色が鹿児島の放送局がカバーしている番組、ピンクが宮崎ローカル番組に差し替わっている部分である。
特に子供達がテレビを見るのは、食事時である19時から20時ぐらいまでのゴールデンタイムぐらいなので、そこはTVerのリアルタイム配信でもカバーしているが、放送でもカバーされているというわけだった。
もう1つの理由は、一人でテレビを見てもつまらない、という事であった。
うちの子供達は年子で小さいときからなんでも一緒に過ごしているわけだが、テレビ番組も2人でああだこうだ言いながら見るのが習慣になっている。従って、リビングの大型テレビで一緒に見るならともかく、部屋に戻って1人で見るほどのものでもない、という事であった。
事実娘の部屋にもアンテナ線があり、小型のテレビも繋いであるが、ほとんど自室ではテレビを見ない。テレビとは、家族がいるところで大きな画面で見るものであり、スマホで動画を見るなら違うものを見るという生活習慣になっている。今はNetflixもAmazon Prime Videoもあり、YouTubeやTikTokもあり、高1と中3にもなればネットでのコミュニケーションもある。可処分時間が限られるなか、いつまでもテレビに付き合っていられないという事である。
実際高1の娘の1週間のアプリ利用を見てみると、コミュニケーションツールとしてのInstagramとTikTokで大半が埋まっており、TVerの入り込む余地はほぼない。中3の息子はYouTubeとLINE、TikTokであり、意外にABEMAを見ているのがわかる。
「テレビは録画しないでナマで見る」は放送局が散々夢見てきた世界、「テレビは家族団らんのリビングで見る」は家電メーカーが散々夢見てきた世界だ。それをきちんと実践していくと、「テレビをスマホでひとりぼっちで見るってなに?」みたいな消費者ができあがる。古い慣習を押しつけていくと、次のビジネスに繋がるユーザーが育たない。
かつて発売されたソニーのロケーションフリーは、ユーザーが自分でテレビ番組をネットに乗せる機器だった。その親機を預かるサービスを行なった「まねきTV」は2011年に著作権侵害の最高裁判決を受けた。
テレビストリームをネットに乗せることがタブーになって11年。ようやくテレビ局本体が番組のリアルタイム配信に動き出したが、すでに「テレビ難民」の地方であっても、そのテレビロスを他のものが埋めてしまったあとだった。
あと5年早ければ、話は違っていたかもしれない。実は日本でNetflixやAmazon Prime Videoが開始された2015年ごろから、テレビのネット再送信について議論が沸騰していたのだ。ただその時点では、地方局の反対が強かった。自分たちの頭を飛び越えてキー局がネットで番組を流したら、我々はどうなる、という事である。
だが地方局もいつかはその引き金が引かれるとして、独自に強い番組を育ててきた。上記のように、プライムタイムの19時台を1時間埋める人気ローカル番組も育ってきている。
TVerのリアルタイム配信は、地方局を脅かすほど大きなものにはならないかもしれない。テレビ視聴は生活習慣と一体化しているため、もし変化が訪れるとしてもあと数年はかかると見るべきなのだろう。