石野純也のモバイル通信SE

第42回

スマホと衛星の直接通信元年 2024年に起きること

KDDIは4日、Starlinkを展開するスペースXが、スマホとの直接通信可能な衛星の打ち上げに成功したことを発表した

KDDIは4日、Starlink(スターリンク)を展開するスペースXが、スマホとの直接通信を可能にする衛星の打ち上げに成功したことを発表した。KDDIは、同社の衛星を活用する予定。2024年には、まずSMSの送受信を可能にしたうえで、音声通話やデータ通信にも順次対応していく。

同様の直接通信は楽天モバイルも計画しており、楽天グループが出資したAST SpaceMobileの衛星を活用する。こちらも、サービスインは'24年以降を予定している。実現すれば、'24年は、スマホと衛星の“直接通信元年”になりそうだ。

スマホと衛星の直接通信 2024年に起きること

スマホと衛星との直接通信は、iPhone 14シリーズ以降の端末などが一部対応しているが、StarlinkやASTのそれは、専用の周波数帯を用いる必要がないのが特徴。地上で運営している基地局と同じ電波を吹くため、既存の端末にハードウェア的な変更を加える必要ない。サービスインの暁には、KDDIなり楽天モバイルなりのユーザーが、手持ちの端末をそのまま利用できるというわけだ。

バンド名は明示していないが、KDDIは同社に割り当てられた既存のミッドバンドを利用するとしている。

'24年にSMSからサービスを開始することは、昨年8月の会見で明かされていた。写真は当時のもの

Starlink自体は、すでにサービスを提供中。基地局のない場所でも通信が可能なため、1月1日に発生した能登半島地震でも緊急用のバックアップ回線として提供されている。また、KDDIは基地局のバックホール回線としてもStarlinkを活用しており、離島などの光回線を引きづらい場所のエリア化を行なっている。一方で、現在の衛星ではスマホとの直接通信はできない。利用には、比較的大型のアンテナが必要になる(と言っても、1人で持ち運べるサイズ感だが)。

衛星からの電波は、出力を上げれば地上に到達する。現に、Starlinkが通信できているのが、その証拠だ。

一方で、スマホとの通信になると、上りがネックになる。上りの電波はスマホ側から発するためで、小型の端末では信号が減衰してしまう。ダウンロードはできても、アップロードが難しくなるというわけだ。放送のようにコンテンツを一斉配信するような使い方はできそうだが、双方向通信が必要なスマホのデータ通信はしづらいと言えるだろう。

打ち上げには、Falcon 9というロケットを使用。V2 Miniと呼ばれる第2世代の衛星を軌道上に展開した

これを解決するため、スペースXは大型化した衛星を投入。4日に発表されたのは、その1つである「V2 Mini」という衛星だ。“mini”と銘打ってはいるものの、これはあくまで「V2」と対比した時の話。第1世代の衛星よりも大型化している。この「V2 Mini」に大型フェーズドアレイアンテナを搭載し、スマホとの直接通信を実現している。小さな声(信号)を聞き取るために、耳(衛星側のアンテナ)を大型化したという比喩が用いられることが多い。

V2 Mini

ただし、V2と比べると小型であることに変わりはない。KDDIのサービスが、当初SMS限定になると言われているのもそのためだろう。実際、スペースXを率いる起業家のイーロン・マスク氏も、V2 Miniの打ち上げ成功に際し、「ビームあたり最大で7Mbps」としており、その範囲が広いため、「地上にある既存のセルラーネットワークに対する競争力はない」とX(旧Twitter)でコメントしている。このキャパシティを上げるには、より大型のV2が必要になる可能性が高い。KDDIが音声通話やデータ通信の対応予定時期に幅を持たせているのには、こうした背景がありそうだ。

また、低軌道衛星から地上で使われているのと同じ周波数帯で電波を飛ばすには、制度の改正も必要になる。

例えば、総務省の「デジタルビジネス拡大に向けた電波政策懇談会」では、Starlink Japanからスマホとの直接通信に向けた要望が出されている。ここでは、24年内にサービスインを可能にするため、技術条件の検討や制度整備を進めてほしい旨がうたわれている。技術検証に加え、制度改正も並行していかなければならないというわけだ。

スペースXの日本法人にあたるStarlink Japanでは、24年内のサービスインを可能にする法整備を求めている

災害の多い日本で期待されること

これに対し、楽天モバイルが推す'ASTは23年6月に、市販の4Gスマホとの直接通信に成功した。衛星を軌道上に展開したばかりのスペースXより、サービスインまでの準備は進んでいる。その速度は10Mbps超。楽天グループの三木谷浩史会長兼社長も、22年9月に開催された同社のイベントで「おそらく2Mbpsは出る。(画質を落とした)YouTubeくらいなら見られるのでは」と語っていたが、実証実験もそれを裏付けている。楽天モバイルは23年11月に実験試験局免許の予備免許を取得しており、国内でもKDDI、スペースX連合を一歩リードしていると言えそうだ。

楽天モバイルとAST、英Vodafone、米AT&Tは、低軌道衛星と市販のスマホの音声通話やデータ通信の実験に成功している。すでに実証が進んでいる点は、同社が一歩リードしている格好だ
23年8月に開催されたRakuten Optimismでも、三木谷氏はASTを紹介。折に触れて、国土カバー率100%を目指すことを表明している

現状、スマホを含む携帯電話の人口カバー率は99.9%に達しているが、これはあくまで人が住んでいるエリアの話。国土カバー率という観点では、まだまだ電波の届かない場所は多い。低軌道衛星との直接通信は、こうした部分をカバーするのが主目的だ。遭難などをした場合でも、すぐにスマホで連絡できるようになるのがそのメリットと言えるだろう。

加えて、能登半島地震のように基地局が倒壊してしまったり、基地局をネットワークにつなぐ光回線が断線してしまったりした場合にも、素早いカバーが可能になる。Starlinkのアンテナは現在も展開されているが、どうしてもタイムラグは発生する。道路なども物流網が寸断されてしまっていた場合にも、運び込むのが難しくなる。衛星とスマホとの直接通信は、こうした問題を解決する有力な手段だ。日本は地震や水害などの災害が多い国なだけに、サービス開始への期待が高まる。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya